そのままの君が好き

大型連休のある日、偶然だろうけれど4年生皆が休みを利用して町に出掛けるというので、私も便乗することにした。
各々目的は違うけれど目的地は同じなので、珍しい全員でのお出掛けに私はわくわくしながら萌黄色の小袖を纏い、母から貰った山吹色の帯を締めて待ち合わせ場所である正門前に小走りで向かった。

「お待たせー」

既に準備を終え待っていた4人のところへ行くと、綾ちゃんが待ってないよと優しく頭を撫でてくれた。
さあ行こうか、と小松田さんの差し出す出門表にサインをしていると、背後から三つのひそひそ話が聞こえてきた。

「おい、あれって確か1年生の時も…」

「まぁ、そんなに体型が…」

「でもちょっと…幼すぎない?」

次々と耳に飛び込んでくる言葉に、私はぷっと頬を膨らませる。
3人…三木くん、滝くん、タカ丸さんの言いたいことは痛いほどわかる。私が今着ている小袖は確かに、私が1年生の頃から着ているからだ。
どうせ成長してませんよ。身長だってしろちゃんに追い抜かれそうですよ。でもだって、そんなの私の意志じゃないもん。どうしようもないもん!!
そんなことを思いながら膨れていると、何を思ったのか突然滝くんがぐっと拳を握り締めながら大きな声で叫んだ。

「予定変更だ!!今日は各々用事を済ませたら三葉改造計画(我々プロデュース)をするぞ!!」

「はぇ!!?」

「三葉、大船に乗ったつもりでいろ!!」

「はわわわ…!!」

珍しいことに滝くんの発言に三木くんまでノリノリで、私はあっという間に町まで引き摺られた。


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滝くんの宣言通り、町に着くや否や颯爽と用事を済ませた4人は私を古着屋に引っ張り込んだ。
にこにこと優しそうな店主に滝くんが何かを話すと、店主のおじさんは何度か頷いて、唖然としている私の目の前にいくつかの小袖を広げ始めた、の、だが。

「……店主よ、もう少し、大人っぽいものはないのか?」

滝くんが呆れたような困ったような顔をして、おじさんにそう言う。
それもそのはず、私の目の前に広げられた小袖は確かに可愛いのだが、それはまるで小さい子が着るような柄のものばかりだったから。

「おやおや、背伸びしたい年頃ですかな?お兄さんも大変だねぇ」

「あのぅ、私これでも十三です…それに兄妹じゃなくて、皆同い年です…」

滝くんの言葉を聞いておじさんは暢気に笑っていたが、私が訂正を入れると、ぴたりと固まった。が、次の瞬間更に大きく笑って、ごめんよと軽く謝ってきた。

「そうかいそうかい、じゃあこれではだめだね。ちょっと待っておいでよ」

気まずい空気にも負けず、なんて気さくなおじさんだろうと感心していると、おじさんはまた店の奥からいくつかの小袖を持ってきて、私の目の前に広げた。
それは同じ学年や少し上のくノ一教室の女の子たちが好みそうな、ちょっと大人っぽい、綺麗ながらの小袖。
色とりどりの小袖が綺麗で、広げてみようと思い手を伸ばしたら、背後から物凄い速さで三本の腕が伸びてきて驚いた。

「三葉、これはどうだ?深みのある青に椿の赤が映えて綺麗だし大人っぽいぞ?」

「ハッ、これだから田村三木ヱ門は!!三葉、こっちのほうがいい!!鮮やかな紫に牡丹柄なんて高貴だと思わんか?さすが高貴なこの私が選んだうんぬんかんぬんぐだぐだぐだ」

「僕はこれが良いと思うなぁ。渋みのある緑で大人っぽいけど、可憐さを損なわない白い小花柄。三葉ちゃんのイメージにぴったりじゃない?」

ぽかんと間抜けに口を開けていたら、物凄い力で姿見の前に引き摺られ、こっちはこれはと3方向から小袖を宛がわれる。
しかし、鏡に映る自分の姿を見て、私は大きく溜息を吐いた。

「ねえ、綾ちゃん、正直に言ってね?」

「なあに?」

「これ、どう思う?」

「…おやまあ、小さい子がお母さんやお姉さんの小袖を背伸びして着てるみたいだねえ」

綾ちゃんのその言葉に、私はだよねえ、と眉を下げて微笑んだ。
別にそんなつもりはなかったのに、ちょっとだけ悲しそうな顔になってしまって、滝くんたちの動きがぴたりと止まる。

「…あは、折角選んでくれたのにごめんね?やっぱり私童顔だからこういう大人っぽいの、似合わないね」

なるべく笑顔で言った筈なのに、3人は眉を下げた。
その瞬間、私の背後からばさりと何かが掛けられた。

「おやまあ、似合うよ三葉」

間髪いれずに聞こえてきたその声に、反射的に顔を上げると、目の前の姿見に映った私は淡い卵色の小袖を羽織っていた。

「綾ちゃん、これ…」

「埋もれてたやつ。やっぱり三葉にはこういう柔らかい色が似合うよ。無理して背伸びなんかしなくたって嫌でも大人になるんだし、大人になったら童顔のほうが何かと有利じゃない?」

そういいながら、綾ちゃんは私の肩を撫でる。淡い卵色に、浅葱や桃色の花が可愛らしい。私は彼の言葉に嬉しくなって、そっとその柄を撫でて呟いた。

「…きれい……」

すると綾ちゃんは微かに瞳を和らげて、私に羽織らせていた小袖を持つと、笑顔で眺めていたおじさんにそれを渡して一言二言何かを告げた。
するとおじさんもにこにこと頷き、店内に飾ってあった朱色の帯を持ってくると、それらを包んで綾ちゃんに渡した。

「はい、あげる」

そしてとことこと戻ってきた綾ちゃんはおじさんから受け取った包みを私にぐいと押し付けて、さっさと店から出て行ってしまった。
あまりのことに呆然としてしまったが、私ははっとして慌てて財布を取り出し、出て行った綾ちゃんを追いかけた。
姿を消していたらどうしようかと焦ったけれど、店から飛び出すと綾ちゃんは壁にもたれてゆったりと笑っていた。

「綾ちゃん待って!!だっ、だめだよ、これ!!」

「いらない」

「だめだってば!!安いものじゃないのに!!」

私は財布を強引に綾ちゃんに押し付けるが、一向に受け取ってくれない。
こうなったら無理矢理にでも懐に入れようと手を伸ばすと、その手はしっかりと掴まれてしまった。

「いいの。だってそれは僕が衝動買いして、でもいらないからたまたま近くに居た三葉にあげただけだもん」

「そんなのっ…」

「ね、お願い。受け取って」

とんでもなく無理矢理な理由だったのに、綾ちゃんが珍しいことに笑顔でそう言ってきたから、私は声が出なくなってしまう。
熱が集まってきた顔を隠すように俯いたら、しめたとばかりに綾ちゃんは私の手を取って歩き出した。
突然引き摺られ始めたことに驚いてぱちぱちと瞬きを繰り返すと、綾ちゃんはこてりと首を傾げながら穏やかに微笑んだ。

「そうだ、僕女装用の簪とか髪紐が欲しかったんだ。滝たちまだ出てこないし、2人で小間物屋見に行っちゃおう」

「え、ちょ、綾ちゃん!?どうしたの?今日はなんだか、ちょっと、変」

しっかりと繋がれた手が熱いのを隠すように大きな声でそう問い掛けると、綾ちゃんはくるりと振り返って、無邪気な笑顔でこう言った。

「別に変じゃないよ。ただちょっと、ほんの少し、嬉しいだけ」

その言葉を聞いて私の顔が真っ赤になったのは、いうまでもない。



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そんな甘酸っぱい光景を、3人は古着屋の出入り口に隠れて覗いていた。その顔に浮かぶのは、笑顔。

「あーあー、喜八郎のやつ浮かれちゃって。小袖まで買ってあげちゃってさ」

「僕喜八郎くんのあんな嬉しそうな顔、初めて見た、かも」

「仕方ない、親友の恋路の邪魔は出来んからな。小間物屋では2人きりにしてやるか」

そう小さく囁きあって、顔を見合わせてくすくすと笑う。
そしてこっそりと2人の後をつけ、小間物屋の出入り口から見守っていたが、店から出てきた親友が至福の時間が終わってしまったとぶすくれる姿を想像して、3人は顔を見合わせてまた小さく笑った。


翌日、誰かからその話を聞いた善法寺伊作と鉢屋三郎が抜け駆けはさせんと同じように三葉に貢いだらしい。



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綾部はスマートに贈り物とか出来なさそう。すごいぶっきらぼうにいらないからあげるとか言いそう。なんだかんだで4年生は綾部の恋を応援しています(笑)
チョビ様、リクエストありがとうございました




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