夢でありますように。

※DEAD END注意



可哀想な人だと、思ってしまった。

その伸ばされた手に誘われるように、私はふらふらと彼女に近付いて、ぎゅっと抱き締めた。

ぬちゃりと、不快な感覚でハッとしたが、既に遅い。
がばりと顔を上げると、目の前には歪に哂う絹さん。

『本当に、いい子ね、三葉!!!』

頭が割れそうなその声で、私の意識は途切れた。




はたと気が付くと、そこは見慣れた忍術学園の校庭。
いつの間に帰ってきたんだろうかと不思議に思っていたら、私の名を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。
そこには、何故か深緑色の忍装束を着た綾ちゃん。気のせいか、いつも見ていた綾ちゃんよりも背が高く、体つきもがっしりしている気がする。

「三葉、探したよ。どこにいたの?」

【綾ちゃん…なんだかいつもと雰囲気が違うね?それに、どこにって、私、だって今まで…】

そこまで言うと、不意に湧き上がった違和感。
そして、驚くべきことに、私の背後から声がした。

『えへへぇ、日向ぼっこしてたのー』

それは聞き慣れた“私”の声。
なんで、どうして、ちょっと待って、これはなに?
全く理解できないで戸惑っていると、綾ちゃんは踏子ちゃんを肩に担いで、そのまま、そのまま…私の体を、通り過ぎた。

「もう、今日は一緒にターコちゃん掘ろうねって約束してたのに」

『ごめんねぇ、あんまりにも気持ちがよかったから、つい』

「仕方ないなぁ…ほら、行こう?」

茫然とする私の目の前で、綾ちゃんは“私”の手を引いて立ち上がらせた。

【違う…違うよ、こんなの違う!!綾ちゃん!!“それ”は私じゃない!!】

必死にそう訴えても、綾ちゃんは振り向きもしないで、“私”に向かって微笑んでいる。その笑顔が、私を更に絶望させた。
遠ざかっていく背中に縋ろうと、走り出そうとしたら、まるで何かに縫いとめられているように体が動かない。

【なんで…どうして!?私はこっちだよ!?私はここにいるよ!!?】

そう叫びながら、何かに引っかかっているのかと足元を見て、私は目を見開いた。
そこには、綺麗な花。赤い、赤い、花と、そして、大きな岩。
岩には、文字が刻まれていた。それを見て、私はがくがくと震え出す。

絹姫、と。確かに、そう刻まれている。

【なに、これ…なにこれ…何、なに!?なんで!?】

何一つとして理解できない状況にパニックを起こしかけていると、そこに見覚えのある萌黄色の制服がひとつと、紫色の制服がひとつ、見覚えのない井桁の手を引いて、歩いてきた。

【…さんちゃん、しろ、ちゃん…?】

相変わらずにこにこと懐っこい笑みを浮かべている可愛くも頼れる後輩と、大事な大事な弟。やはり、2人ともなんだか大きくなっている。
とうとう言葉も出なくなって、ただひたすらにずっと見つめていたら、見覚えのない井桁が不思議そうに紫に問い掛けた。

「四郎兵衛先輩、これは、一体どなたのお墓なのですか?」

「これはね、僕の姉が命を懸けて救ったとある城のお姫様のお墓だよ。もうそのお城も領地もないから、忍術学園にお墓を建てさせていただいたんだ」

「へぇ、そうなのですか!!」

「ふふふ、時々ね、このお墓の近くで気配を感じることがあるんだ。お姫様、三葉先輩に感謝していたらしいから、見守ってくださっているのかもしれないね」

「さ、三治郎先輩、それは、ほ、本当ですか!?」

「本当だよ。だって僕は山伏の息子だからね、そういうのは良くわかるんだ」

くすくすと、まるで怯える後輩が可愛くて仕方ないとでも言うように、萌黄は笑う。それを聞いて、私はふと、自分の手を見てしまった。
視界に映る、白い手。
それが伸びているのは

【いや、そんなの、いやだ、嘘だ、ちがう、やだ、やだやだやだ】

見覚えのある、綺麗な赤い、着物。

【やだぁぁぁぁぁああああああああ!!!!】










私の声は、もう誰にも届かない。
だって、私はもう私ではなくなってしまったから。
あの時、同情心なんて出さなければ、こんなことにならなかったのかな?
可哀想だなんて思わなければ、私はあの中にいられたのかな?

ああ、でも、もう何も考えられない。
意識が黒く、黒く、塗り潰されていく。

大好きな同級生たちを見送り、弟を見送り、後輩を見送り、忍術学園が戦火の炎に包まれていったのも見送り、時代が変わり、景色が変わり、それでも私は変われない。





(ねえねえ、知ってる?あの山の奥深くにある、呪い岩の話)

(知ってる!!有名だよね、あの岩。昔のお姫様の霊が出るんでしょ?)

(そうそう、綺麗な赤い着物を着たお姫様がね、私じゃない、私じゃないって泣いてるんだって)

(私じゃないって、一体どういう意味だろうね?)

(さぁ?そこまではわかんないけど、でも、会っちゃったらね、こう言わないと呪い殺されちゃうんだって)



三葉


(なぁにそれ?呪文にしちゃ変だね、なんか名前みたい)


−きみの目 終幕−


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