失った光

※BAD END注意



差し出された彼女の手を、そっと握った、その瞬間。
ばりんと、懐から大きな音がした。

『ギャアアアアアア!!!』

耳を劈くような悲鳴に続いて、手に走る鋭い痛み。まるで火傷でもしたようなその痛みに驚いて、咄嗟に一歩下がる。

『オのれ、おノれぇぇ!!!忌まワしイ珠め!!!私を死霊扱イしテ祓おウとイウのか!!呪ってヤる!!祟っテやる!!コノ恨み、決シテ消エハシなイぃぃぃぃ!!』

おぞましい叫び声をあげて、ばらばらと何かが落ちる音がする。
しかし、何かがおかしい。
私は違和感のままにきょろきょろと辺りを見回す。しかし、何も見えない。
何がなんだかわからないとその場に立ち尽くしていたら、背後から聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り向いた。

「三葉ちゃん!?よかった、無事…」

聞き慣れた伊作先輩の声が、途中で途切れる。おかしいな、伊作先輩の声が聞こえるのに、この真っ暗な中じゃ何も見えない。ここは外だったはずなのに。片目だけは、見えるはずなのに。

「伊作、先輩?何で急に真っ暗になっちゃったんですか?何があったんですか?」

首を傾げてそう問うと、目の前で息を呑む音が聞こえた。

「ま…まさか、三葉ちゃん…目が…」

そう言われて、私は頭が真っ白になった。それでも、ゆっくりと目の前に両手を翳してみる。いくら真っ暗でも、夜だとしても、これだけ目の前に手があれば影くらいは見える。そう、信じて。

「……そ、んな…」

でも、私の目は影すらも映さない。何も、全て、真っ暗。

「わた、しの…目…」

あまりの絶望感から、私は意識を失った。




ふと、気が付いたのはいつだろう。時間も、昼か夜かでさえ、私にはもうわからない。傍に誰かがいるかどうかが、気配でやっとわかるくらい。

「あ、三葉ちゃん…気が付いたかい?どこか痛むところはある?」

感覚で何とか体を起こすと、かけられた優しい声。

「伊作先輩…と、お薬の臭い…ここは医務室ですか?」

「うん、そうだよ。気を失っちゃったから、慌てて連れて帰ったんだ」

優しげな声。きっと普段のように穏やかに笑っているのかな?
けれど、もう、その笑顔を見ることもできない。

「…あは、生きてるだけでも、有難いのに………ッ!!!」

じわりと涙が浮かぶ。目が見えなくても、涙って出るんだなあなんて考えていたら、ふわりと薬の匂いが私を包み込んだ。

「…ごめん、ごめんよ!!僕が、僕たちがもっと早く辿り着いていれば、君は…きみの目は…!!」

小刻みに震えながら私を包み込む、薬の匂いがする、伊作先輩。きっと泣いているのだろう、伊作先輩は誰よりも優しい人だから。

「…先輩の、せいじゃありません。命があるだけ、私は幸せですから」

幸せ。そう自分に言い聞かせる。そう、忍になれなくても、もうこの学園にすらいられなくなっても、命があるだけ幸せだ。

「幸せ、ですから…」

そう何度も呟くけど、呟くたびに、心の中の何かがどんどんと壊れていく気がした。



−−−−−−−−−−−−−−
小鳥の囀りが聞こえる天気のいい日。私は正門で、伊作先輩と手を繋いでいた。

「では…学園長先生、先生方、先輩方、皆、今まで大変お世話になりました」

「…うむ、達者での…」

「ありがとうございます。皆様も、お体にはくれぐれも気をつけて」

ぐす、と誰かが鼻を啜った。だけど、誰かまではわからない。私は包帯に覆われた目を晒さないように、深く笠をかぶり直す。

「おねえちゃん…」

「しろちゃん、しっかりね。立派な忍者になるんだよ」

「三葉…」

可愛い弟の泣き声に続いて聞こえた声に、私はびくりと肩を揺らす。そんな風に呼ばれたって、私はもう、決めたの。

「ごめんね、綾ちゃん。今まで本当にありがとう。綾ちゃんなら天才トラパー忍者として名を馳せるって、私、信じてるから」

ぎゅっと口角を上げてそう告げると、もう誰も何も言わなかった。

「それでは、三葉を送ってまいります」

くいと優しく手を引かれ、伊作先輩が出発を促す。私はそれに従い、ゆっくりと足を踏み出した。
背後から聞こえる泣き声は、一体誰のものなんだろう。4年生の皆は、お見送りに来てくれたのかな?仙蔵先輩は、最後まで見送ってくれるだろうか?
ぼろぼろと溢れる涙を拭いもせず、私は手を引かれるまま歩く。

「……これから、どうするつもりなんだい?」

ざくざくと土を踏みしめる音に混じって、伊作先輩の声がした。

「…出家しようと思います」

少し声が震えてしまったが、伊作先輩は悲しい顔をしていないだろうか?もうこれ以上、悲しい顔をしないで欲しいな。
そう思っていると、繋がれた手に力が篭った。

「………あと1年だけ、待ってて」

「ふぇ?」

突然聞こえた伊作先輩の真剣な声に、私は間抜けな声を上げてしまう。
しかし、先輩は相変わらず真剣な声で、もう一度繰り返した。

「僕が、卒業するまで待ってて。僕、タソガレドキの忍隊に薬師として就職するって決めたんだ。それで、君を…三葉ちゃんを必ず迎えにいくから、だから、それまで」

「やめてください」

語尾を強める伊作先輩の言葉を、ぴしゃりと拒絶する。
きっと、伊作先輩は責任を感じている。医務室でも“あの時僕が”って何度も言っていたから。
でも、そんな同情で、伊作先輩の人生の重荷になるわけにいかない。
そんなの、絶対になりたくない。

「私は嫁ぎません。絶対に、誰にも、一生。もう決めたんです」

「三葉ちゃ…」

「ありがとうございます、気を遣っていただいて。でも、こうなったのは誰の責任でもないですから、そんなに気に病まないでください」

口角を上げて、少しだけ小首を傾げてそう言うと、伊作先輩はそれ以上何も言わなくなった。
伊作先輩だって、忍を目指して6年間、あの学園で必死に頑張ってきたのだから、私なんかのために未来を閉ざさないで欲しい。

「……伊作先輩なら、大丈夫ですよ。こなもんさんのコネなんかなくたって、立派なお城に就職できます。そして、きっと強くて優しい忍者になれます」

だから、私のことなんて、もう忘れてください。
そんな気持ちを込めて言ったのに、伊作先輩は何も言ってくれなかった。

ざくざくと、休みの度にしろちゃんと通った自宅へ続く道。
もうこの道を通ることは、きっと二度とない。
せめて馴染んだ景色と楽しかった記憶だけは消えてしまわないように、そう祈りながら、無言のまま歩く。



【きみの目は、もう、見えないんだ…!!】

何故か伊作先輩のその言葉が、呪縛のように耳から離れない。


−きみの目 終幕−


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