きみのこと

ぽかぽかと暖かな日差しの中、僕は三葉と肩を並べて校庭で元気に遊ぶ井桁と青を見つめていた。
楽しそうにはしゃぎながら駆け回る彼女の弟を見ていると、不意に、なんとなく、彼女の幼少の頃の話が聞きたくなった。

「ねえ、三葉の幼い頃の話が聞きたい」

くるりと瞳だけを動かして、隣で楽しそうに揺れていた三葉に言うと、彼女は少しだけ驚いたあと、いいよ、と言ってぽわりと笑った。

「そうだなぁ…小さい頃はね、何もないところをじっと見て、たまに泣き出したりしてたって母様が言ってた」

「おやまあ、随分小さい頃から視えてたの?」

「そうみたい。記憶がある頃には、もうそれが世界の一部だったから。しろちゃんも同じでね、怖い、怖いって抱きついてきたなぁ」

懐かしむように元気よく遊ぶ弟の姿を見て、僕の肩にこてりと頭をもたれさせる三葉に、胸の奥がほわりと暖かくなる。

「そうそう、今でもよく父様と母様に言われるんだけど、私が小さい頃…しろちゃんがまだ掴まり立ちのときかなぁ?すごい雨の夜にね、1人の男の人が尋ねてきたの。旅の途中に雨に降られて困ってるから、一晩泊めてくれませんかって」

思い出したように語り始めた彼女。

「父様が『それはお困りでしょう、何もない家で小さい子も居てうるさいかもしれませんが、よければどうぞ』ってその人を家に入れようとした。でもね、私どうしても嫌で、父様に泣きながら泊めないで、泊めないでってお願いしたんだ」

「おやまあ、珍しい。三葉なら喜んで迎え入れそうなのに」

僕の言葉に、彼女はくすくすと笑ってそのどんぐりみたいなくりくりの目を伏せた。

「でしょう?そしたらしろちゃんも泣き始めて、あまりにもうるさいから、父様は申し訳なさそうにその人に謝った。そしたら、その人にっこり笑ってね。『構いません、こちらこそ急に申し訳ありませんでした』って言って、出て行ったの」

そこまで話して、三葉は悲しそうにその緋色の瞳を揺らした。

「…翌日、雨も上がって、綺麗に晴れた。そしたらね、外がやけに騒がしかったの。私、父様に抱かれて外に出たらね、お隣のお家、一家全員殺されたんだってご近所の人が噂してた。
昨日尋ねて来た男の人、そのあとすぐ捕まって…別の村でも同じようなことしたんだって。
それを聞いた父様と母様はすごく驚いて、でも私としろちゃんが家族を守ってくれたんだねって言ってくれたの。
…だけどね、私はそうは思えない。だって、あの雨の夜、私は見えてたの。尋ねて来た男の人にしがみついてる、たくさんの血塗れの人を。許さない、許さないって叫んでる真っ赤な人たち、あれはきっとあの男の人に殺された人たちだったって、もう少し大きくなってから気付いた。あの時、お隣の人たちは、私のせいで」

その続きを彼女の口から聞きたくなくて、僕は人差し指を彼女の柔らかな唇にぎゅっと押し当てた。ぷ、と可愛らしい悲鳴を洩らして、驚いた瞳で僕を見る彼女の目に、珍しく笑顔の僕が映っている。

「三葉、そんな風に言わないで。君が家族を守ったのは事実だから」

「綾ちゃん…そうだね、うん、ありがとう。でもなんかごめんね、暗い話になっちゃった。私って小さい頃からそういう体験が多いから、小さい頃の話し聞いても楽しくないね」

うるりと、一瞬だけ揺れた彼女の瞳。次の瞬間にはもういつも通りの優しい瞳に変わり、ずっと変わらないほにゃりとした笑みを浮かべる。
そんな彼女に、ぎゅっと胸が締め付けられるような気持ちを感じて、僕はその小さな手をそっと握り締めて笑った。

「そんなことない。三葉の話、もっと聞かせてよ。君の色んなこと、僕は知りたい」

「…えへへ、何だか恥ずかしいな。でも、嬉しい」

僕の言葉一つで君が楽しそうに笑ってくれるなら、誰に何を言われたって僕は君を守る。
何度も何度も、1人で誓ったその言葉をぐっと喉の奥に押し込んで、僕は三葉の小さな頭に気付かれないように唇を押し当てた。



それを見て鬼の形相ですっ飛んできた善法寺先輩が、特製ターコちゃんに落ちたのは見て見ぬフリをした。邪魔しないでください。



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綾部の愛は独裁的で攻撃的で甘くて優しいといい。
匿名希望様、リクエストありがとうございました



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