貴方の、目
授業が終わって、さて今日はどこで日向ぼっこをしようかなと考えていたら、タカ丸さんがにこにこしながら私を呼んだ。
「三葉ちゃん、お客さんだよー」
そう言われ、ふと教室の出入り口を見ると、にこにこした笑顔の鉢屋先輩が立っていた。
「鉢屋先輩、今日はなんだかご機嫌ですねぇ?」
「やだなあ三葉ちゃん、僕は不破雷蔵だよ?」
「何かいいことでもあったんですかぁ?」
「………はぁ…そろそろ心が折れそうだ」
肩を落として溜息を吐く鉢屋先輩に訳がわからず首を傾げていると、鉢屋先輩は力なく笑って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「兵助がまた大量に豆腐料理作ったんだ。今ハチと勘右衛門が必死に食ってんだけど、来るか?」
「いただきます!!」
兵助先輩のお豆腐、と聞いて、私のお腹がきゅるりと鳴いた。以前一度だけご馳走していただいたことがあるんだけど、あのおいしさは尋常じゃない。お店で売ってるのよりもおいしかった。またあのお豆腐を食べられると思うと、天にも昇る気分です。
私は早く早くと鉢屋先輩の手を引いて、大急ぎで久々知豆腐店が店を出している食堂に向かった。
食堂では既にお腹を押さえた不破先輩がのんびりとお茶を啜っており、竹谷先輩と尾浜先輩は暗い顔をしてお豆腐を食べていた。
「おーい、救世主連れてきたぞー」
「あ、お帰り三郎。いらっしゃい三葉ちゃん」
「おえっぷ…豆腐って水っ腹になるんだな、俺知らなかったよ勘右衛門」
「うっぷ…俺も。お互い頑張ったよね、もういいよね、ハチ」
「なんだ、皆もうご馳走様か?じゃあ三葉、こっち来てここ座りなよ」
兵助先輩に促されるまま、匙を持って倒れた竹谷先輩と尾浜先輩の隣にちょこんと腰掛ける。目の前にどんどんと並べられていく色とりどりのお豆腐料理に、私はしっかりといただきますをして、ぱくぱくと口に運んだ。
「ふはぁ、やっぱり兵助先輩のお豆腐はすごくすごくおいしいです!!いつまでも食べ続けられますよぅ」
「そうか?そう言ってもらえると嬉しいなぁ。また今度作ってやるから」
てんてんになったお腹を摩りつつ、ごちそうさまでしたと兵助先輩に告げると、兵助先輩はとても嬉しそうににこにこしながらそう言ってくれた。
カチャカチャとお皿を片付けている兵助先輩を手伝おうと思い、重ねられたお皿を持ってカウンターに向かったその時、死角になっていた左側に何かがあったらしくて、私は見事にそれに躓いた。
「はわっ、はわっ、はぁぅ!?」
「三葉!!」
食堂にガチャガチャと食器の割れる音が響く。青褪めた先輩たちが素手で割れたお皿をどかし、破片塗れの私を抱えてその場から遠ざけてくれた。
「三葉ちゃん大丈夫!?怪我は!?」
不破先輩が慌てて私の体を確認していると、その隣から鉢屋先輩が私の体を抱え上げた。
「こけた拍子に破片で足を切ったのを見た。医務室行ってくるからここ頼んでいいか?」
「わかった、三郎、よろしくね」
いうが早いが、鉢屋先輩は私を抱えて一目散に医務室に駆け込んだ。
驚いた伊作先輩から救急箱をひったくり、鉢屋先輩は私の裂けた袴を傷に触れないように捲りあげ、安堵の息を吐いた。
「よかった…深い傷じゃない…」
そう言って、あの…と言い淀む伊作先輩を華麗にスルーして、沁みないように優しく手当てをしてくれた。
綺麗に包帯を巻かれた足を見て、鉢屋先輩はしゅんと眉を下げる。
「悪かった…お前の死角に勘右衛門が倒れてたの気付かなくて…」
「そんな、私がぼうっとしてたからで、鉢屋先輩も尾浜先輩も悪くないですから、そんな顔、しないでください…」
鉢屋先輩にそんな顔をして欲しくなくて、困ったように笑うと、鉢屋先輩はお前は優しいなと言って私の頬を人差し指で擦った。
それがくすぐったくて、でも気持ちよくて、まるで小動物のように鉢屋先輩の手に頬を擦り付ける。
「はは、三葉はハツカネズミみたいだ。白くて、ちっちゃくて、ふわふわして、いつもちょろちょろして、危なっかしくて目が離せない」
そういいながら、徐々に顔が近付いていく。まるで何かに魅入られたように、鉢屋先輩の深い深い瞳から目が逸らせない。
唇が触れるか触れないか、そんな距離になった瞬間、突然バァンとすごい音がして目の前が真っ白になった。
「はぁーちぃーやぁー…!!!」
「いっ、つー…何もそんな凶悪な書類の束を全力で振り抜かなくてもいいでしょう!!三葉に当たったらどうするんですか!?」
「当たらないように気を付けるから大丈夫だよ!!それよりも、君は何をやってるのかなぁ!?僕がいるって気付かなかったのかなぁ!!?」
「………キヅキマセンデシタ」
しらっとほらを吹いた鉢屋先輩は、伊作先輩から目を逸らした。突然のことにぼうっとしていたら、ばちりと目が合って、ふっと悪戯に笑った鉢屋先輩。
その顔が何故か見れなくなって、私は頬を押さえて医務室を飛び出した。
「………どうしてくれるんだよぉ!!!三葉ちゃん完全に君のこと意識しちゃったじゃないかァァ!!!」
「いやーあっはっは…のんびりしてる善法寺先輩が悪いですよ。あんまり余裕ぶっこいてると、私が争奪決勝戦進出しますからね」
バチバチと医務室に飛び散る火花。悔しそうに拳を握り締める善法寺伊作と、べぇっと舌を出して挑発する鉢屋三郎の会話の内容なんて、そんなこと、私は知る由もないのでした。
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伊作がギリギリどころか全面戦争になってる。
いちごシロップ様、リクエストありがとうございました
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