おとしもの

「よーし、今日はこのぐらいにしておくかー」

用具委員会委員長である俺の掛け声で、後輩たちは動かしていた手を止め汗を拭い、元気よく返事をして使っていた工具の片づけを始めた。
今日は池のほとりに建つ倉庫の雨漏り修理。勿論高いところの修理は危ないから俺がやるんだが、後輩たちは自分のできることを自主的に手伝ってくれた。
ご褒美として今度町にでも連れてってやろうかと考えていると、1年生の平太が池の傍にしゃがみこんでいるのが視界に入った。
気分でも悪いのかと慌てて近寄り声を駆けると、平太はしゃがんだままくりとこちらを向く。

「平太?どうかしたか?」

「あ、食満先輩…これ、ここに落ちてたんですけど…」

そう言って、小さな手を俺に突き出して持っているものを見せた。
まだ傷も少ない小さな手に握られたそれは、綺麗な青色の簪だった。

「落し物か?気付かなかったな」

「ぼくもです。これ、あとで持ち主に返してあげないと…」

その言葉に首を傾げて平太に持ち主を知っているのかと問い掛けると、ふるふると首を振った。しかし平太は眉を下げて、大丈夫です、と笑った。

「ここに落ちていたということは、学園の誰かの持ち物ってことですよね?そしたら、夕食の時に誰かに聞けばきっと探せると思います」

平太の言葉に成程と頷き、度胸はないけれど優しさと思いやりに溢れる可愛い後輩の頭をぐりぐりと撫でてやった。




しかし、違和感を感じ始めたのは、それから割とすぐのことだった。

翌日、あの青色の簪は結局学園内の誰に聞いても持ち主がわからなかったと悲しそうに報告にきた平太は、その日から色々なものを拾うようになった。
勿論、きり丸のように意図的に拾い集めているわけでは決してない。
だが、不思議なことに平太のいる場所、例えば用具委員会の活動中だとか、授業で裏山に出かけた時など、まるで示し合わせたかのように平太の目の前に落ちているそうだ。
それは共通して綺麗な青色をしており、女性もの。
簪に始まり、手拭、手鏡、巾着、時には草履や帯なんてのも落ちていたらしい。

明らかに異常を感じた俺は、委員会が始まる前に作法室を訪れた。

「三葉、ちょっといいか?」

「ふぁ?」

こんこんと軽く扉を叩き、目的の少女の名を呼ぶ。ふわふわの髪を揺らして振り返った少女はそりゃあもう可愛らしいが、今は正直そんな場合ではない。
俺は手短に平太の身の回りでおきている不可解なことを三葉に話した。
俺の話に相槌を打っていたが、話し終わり少しの沈黙の後、彼女はこてりと首を傾げて、その赤い右目を俺に向けた。

「留先輩、もう一度教えてください。その落し物の共通点はなんですか?」

「え?えと、落し物は全部青色だ。あと、女性もの…」

「それ以外は、何かありませんか?」

「それ以外?えー…っと、平太が見つけてるとかか?」

三葉の質問の意図がわからず、俺は思い当たることを全て口に出してみる。すると、彼女の瞳がすぅっと細められた。その視線は、何故か俺の足元に向けられている。

「……水…」

ぽそりと零れたその一言に、俺は弾かれたように顔を上げた。

「そうか、水!!落し物は、全て水辺の近くで拾ったって聞いたぞ!!」

俺のその声に頷いた三葉が何かを言いかけたその瞬間、どたどたと物凄い足音が聞こえ、俺と三葉は驚いて廊下にひょこりと顔を覗かせる。
そこに駆けつけてきたのは、用具委員会の3年、富松作兵衛だった。

「作兵衛?そんなに慌ててどうかしたか?」

「食満先輩!!ここにいらしたんですか!!大変なんです!!へ、平太が!!」

いなくなったんです、と泣きそうな顔で叫んだ作兵衛。言葉が終わらぬうちに駆け出そうとしたがしかし、俺の装束はぐいと後ろに引かれた。
振り返るとそこには、俺の装束をしっかりと握った三葉がおろおろしている作兵衛の腕をしっかりと握って立っていた。

「落ち着いてください、留先輩。平太くんのいる場所なら、アレを辿ればわかりますから」

そう言って、三葉は何もない廊下を指差してにぱりと笑った。きっと俺には、俺たちには見えない何かがそこにあるのだろう。
俺はひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、彼女に案内を頼んだ。




三葉に連れられるまま向かったのは学園からもほど近い川だった。その川は流れも穏やかで、よく体育委員会が夏場に水遊びをすると聞いている。

「平太!!平太ァ!!」

見通しのよい川縁で大きな声で名を呼び探すが、平太の姿はどこにも見えない。まさか足を滑らせて川に、なんてちっとも笑えない妄想が鎌首を擡げてくる。
徐々に焦り出す気持ちを何とか抑え周囲を見渡していると、三葉が突然とことこと歩き出し、ある藪の中に進んでいった。
俺と作兵衛は顔を見合わせたものの、他に手がかりもないし、と彼女の後に付いていった。


「平太!!」

すると、そこには探していた平太の姿。
藪隠れて見えなかったが、そこには小さな沼があったようで、平太はその近くに座り込んで泣きそうな顔をしていた。
その手には泥に汚れた、それでも元はきっと綺麗な青い反物が握られている。

「大丈夫か平太、怪我してないか?どうして勝手に」

俺は駆け寄り、勝手にいなくなっては心配すると言い聞かせようとしたのだが、途中で言葉が詰まって出てこなくなった。

「食満先輩、ごめ、ごめんなさぁい…」

ぼろぼろと泣き出してしまった平太。その小さな手には、青い反物。
そこから覗く、白いもの。

俺は反射的に平太を抱き寄せて、幼い視界を遮った。
現状が理解できず眉を顰めて近寄ってきた作兵衛が、沼を覗いて口元を覆う。

「誰かに、見つけて欲しかったんだって」

言葉を発せない俺たちの後ろから、鈴の音のような声が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、三葉が悲しそうに笑っている。

「平太くん、怖がらないであげてね?その人、落し物を拾ってくれて、更に自分も見つけてくれたってすごく喜んでるから」

彼女の言葉に、少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、そっと平太を離してやった。すると、おっかなびっくりではあるが、平太は三葉に促されて、彼女と一緒に沼から突き出ている白骨化した腕にそっと触れた。

「落し物、お返ししますね」



その後、遺体を埋葬した俺と三葉は、それぞれ作兵衛と平太の手を引き学園へと戻った。
後日調べてわかったことだが、あの沼は見通しの悪いところにあり、通りかかった旅人などが気付かずに命を落としたことがあるそうだ。
きっとその中の一人が、どうしても見つけて欲しくてたまたま波長があった平太に自分の私物を拾わせて誘導したのだろうと、三葉は淋しそうに呟いていた。

「成程、『おとしもの』な…」

俺は1人呟いて、自室を後にした。


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初めての留視線。平太より作より留が出張った気がするのは気のせいにしてください
漣様、リクエストありがとうございました




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