1年は組と彼女

お風呂上りにくノ一長屋へ向かう廊下を歩いていたら1年は組のよい子、三治郎に会った。

「あ、三葉先輩、こんばんは」

「あ、三ちゃん、こんばんは」

お互いにぺこりと頭を下げて、挨拶をする。

「三葉先輩、今晩お時間ありますか?」

「今晩?別に大丈夫だけど?」

「実は、は組の皆で百物語をすることになって…兵太夫も居るけど、不安になってきちゃって…」

もし迷惑じゃなかったら、一緒に来てもらえませんか?
そんな突然の申し出に驚きつつも、可愛い後輩に頼られては断れない。まして、弟と歳も近いものだから何とかしてあげたいという気持ちになってくる。

「うん、いーよー。じゃあ着替えてから三ちゃんの部屋に行けばいい?」

「あ、僕たちの部屋はからくりがあって危険なので、学級委員長の黒木庄左ヱ門の部屋に来てください」

「わかった、じゃあ、あとでね」

そう手を振って一旦別れた私たちを、偶然通りかかったらしい留三郎先輩がまたもにゃもにゃ言いながら見ていたらしく、仙蔵先輩に蹴られていた。


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準備を済ませた私は、三ちゃんに言われた通り黒木庄左ヱ門くんの部屋に向かった。
部屋の中には既に何人かのよい子がいて、誰一人訝しがることなく私を部屋へと迎え入れてくれた。

「「「「こんばんは、三葉先輩」」」」

「こんばんはー、お邪魔しまぁす」

そう挨拶していたら、すぐに蝋燭を抱えた三ちゃんと兵ちゃんが合流し、自己紹介を済ませてから早速始めようということになった。

「えっと、時友三葉です。よろしくねぇ」

「僕と兵太夫はいいとして、こっちから黒木庄左ヱ門、二郭伊助、摂津のきり丸、猪名寺乱太郎」

「「「「よろしくお願いしまーす」」」」

「他の子は?」

「しんべヱと喜三太はおねむ、団蔵は会計委員会、金吾と虎若は筋トレで不参加です」

大変だねぇ、と感心している私をよそに「じゃあ始めよう」と兵ちゃんが蝋燭を一本ずつ配り始めた。
私は三治郎をちょいちょいと招き、準備の手伝いをお願いする。
三ちゃんは快く頷いて、井戸に水を汲みに行ってくれた。

「三葉先輩、お水なんてどうするんですか?」

庄左ヱ門…庄ちゃんが不思議そうに聞いてきたので、私は小皿に塩を盛りながら今やっている事を説明する。

「あのね、部屋の四隅に盛り塩を置いて、水を張った桶を置いておくとね」

「ふむふむ」

「『何か』が来たときにすぐわかるんだよ」

「な、『何か』、ですか?」

「そう、『何か』」

ごくりと唾を飲む庄ちゃんににこりと笑い、準備が終わった私と三ちゃんは蝋燭に火を灯しては組のよい子の円に混ざった。


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今回の百物語は7人と数が少ないので、略式をとることにした。
3巡。それぞれ3話ずつ話し、3回ずつ蝋燭を消したらおしまい、というもの。
そして既に3巡目、きりちゃんが話を終えようとしていた。
あと乱ちゃんが話して、私が話したら、おしまい。

「…そこには、誰もいなかった」


ふぅっ、ときりちゃんが蝋燭を吹き消し、どんどんと部屋が暗くなっていく。

「なかなか雰囲気出てたね、きり丸」

そう兵ちゃんが話し終えたきりちゃんを褒めた。

「色んなところでバイトしてると、色んな話聞くからなぁ」

そろそろ終わりということもあって、皆気軽な雰囲気で楽しんでいるようだった。

「じゃあ、次は私の番」

そう言って乱ちゃんが蝋燭を持つと、隅の桶にひとつだけ波紋が広がった。



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「…で、私は慌てて『違います』って言ったんだ。でも次の瞬間」
ドンドンドンドンドン

「そうそう、こんな音が聞こえてきて…え?」

乱ちゃんの話しが佳境に差し掛かった時に、何かを叩くような音が聞こえた。
一気に雰囲気に飲まれたは組のよい子が、三ちゃんと私の傍にぎゅっと集まる。

「な、なんですか、今の」

伊助くんが不安そうに呟いた。すると、その呟きに答えるように、ドン、とまたひとつ大きな音が鳴る。
私は三ちゃんと顔を見合わせて、思わず苦笑いを零した。

「やっぱり来ちゃったねぇ」

「ですね、やっぱり乱太郎の時でした」

私は横目で桶の水が揺れていないことを確認すると、完全に怯えてしまった乱ちゃんに続きを促した。

「乱ちゃん、お話、早く終わらせちゃおう」

「ええ!?こんな状態で続けるんですか!?」

「だって、略式とはいえ百物語を始めちゃったんだもん。終わらせないとだめだよ」

ほらほら、と促すと、あうあう言いながらも乱ちゃんは続きを話し始めた。

「…ドンドンと、けたたましく扉を叩く音と共に」

ドンドンドンドンダンダンダンダンガンガンガンガンガン!!

「『お前だ!!』そう言われて、私はそこで気を失った」

ふぅっ、と乱ちゃんが蝋燭を吹き消すと、残る明かりは私のものだけとなった。

「せ、先輩…」

蝋燭を投げ捨てて、乱ちゃんがぎゅうっとしがみついてきた。
ずっと鳴り続ける、どんどん酷く激しくなる、何かを叩く音。
部屋の真ん中でお団子みたいにぎゅうぎゅうにくっついて、カタカタ震えるは組のよい子。さすがに可哀想になってきて、私はさっさと終わらせてあげよう、と努めて明るい声で話を始めた。


「えーとね、じゃあ短い話にするね」


ごくり、と誰かの喉が鳴った。







「んー……今、私の、後ろにいるもの、なぁに?」






そう言うと、私の背中からありえない方向に無数の手や足が蠢いた。
風も無いのに蝋燭の火が消え、その瞬間聞こえた女の叫び声。

「「「「「ふぎゃあああーーーー!!」」」」」

「やっかましーーーい!!」

は組の悲鳴が響き渡り、次の瞬間勢いよく部屋の扉が開かれ土井先生が怒鳴った。

恐怖も限界に達したところで土井先生にとどめを刺され、私と三ちゃんを除いたよい子は揃って泣き出してしまった。

「な、何も泣くことないだろう!!」

頼りになる学級委員長の庄ちゃんも泣いていたので、慌てた土井先生が駆け寄ってきたよい子を抱きとめる。

「どうした、何かあったのか?」

「お化けが「女「三葉「凄い」先輩の」「音が」叫び「足と」が」ぶあーって!!」

「まったくわからん…」

「大丈夫です、もういなくなりましたから」

ねー、と三ちゃんと顔を見合わせて笑うと、三ちゃんも笑顔で頷く。

「でも乱太郎でアレって凄いですねー」

「ねぇ。伊作先輩だったらもっと大変なことになってたねー」

そんな私たちの会話にぐずぐず鼻を鳴らし土井先生にしがみついていた乱ちゃんがどういうこと?と問いかけてきたが、私はなんでもないよ、と首を振り、土井先生に叱られる前にくノ一長屋へと戻った。




翌日三ちゃんにあの後大丈夫だったか聞いたら、兵太夫は三ちゃんと同室だから一緒に部屋に戻ったけど、あとの伊助くん、庄ちゃん、きりちゃん、乱ちゃんは怖くて土井先生と一緒に寝たんだよ、と教えてくれた。


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