見透かすモノと喜八郎

ここのところ、雨が続いている。
どんよりとした空模様に、大好きな日向ぼっこが出来ない三葉の心もまた沈んでいた。

「はぁ…昨日も今日も雨、明日も明後日も雨かなぁ?」

「珍しいよね、梅雨時でもないのにこんなに雨が続くなんて…」

教室の窓から外を眺めて、タカ丸さんと『ねぇ』なんて言って首を傾げていると、がたんと激しい音を立てて滝くんが飛び込んできた。
そのあまりの勢いに驚いてぱちぱちと瞬きを繰り返していると、すぐ来てくれと腕を引かれ体育委員会仕込のダッシュで廊下を引き摺られた。
小平太先輩ほどではないにしろ、やはりがくがくと揺れる視界は慣れないもので、私はあわあわしながら目を回さないように耐えるのが精一杯だった。

慌てた滝くんに連れられてやってきたのは、忍術学園の中でもちょっと古い、校舎からも長屋からも倉庫からも離れた場所にある、今はもう使われていない離れだった。
以前この離れには何か良くわからないものが住み着いていたが、今はそれも居ないはず…にも拘らず、私の左目にざりざりとしたノイズが走った。

「滝くん、ちょっと落ち着いて。一体どうしたのか、説明してくれるかな?」

白と黒がちらつく左目をそっと押さえながらも、私は滝くんに問い掛けた。
すると、彼ははっとして謝った後、口を開いた。

「実は今日、先生にここの離れの掃除を申し付かって喜八郎と訪れたんだ。そして中に入り掃除をしていたら、得体の知れないものがいて、喜八郎を…」

私が大人しく話を聞けたのはそこまでで、勝手に足が動きだす。
あの寄せ付けない綾ちゃんが一緒に居ても現れたモノ…しかもそれが綾ちゃんに危害を加えただなんて、許せない。
制止の声を上げる滝くんを無視し、私は血が上った頭で離れの扉に手を掛けた。
ガタガタと立て付けの悪くなった扉を滝くんの助力もあって何とか開けた私は、綾ちゃんの名前を呼びながら中に飛び込む。

「あ、あ、綾ちゃんいじめちゃだめぇ!!」

「おやまあ」

怒りのあまり潤んだ瞳をそのままに叫ぶと、中から相変わらず抑揚のない声が聞こえた。ばっと顔を上げて声の先を見て、無事な彼の姿を確認し、あれ、と思わず首を傾げる。綾ちゃんは苛められるどころか普段通りの無表情で、大きなもさもさの隣に立っていた。
これは一体、というよりもあのもさもさはなんだろうと思い素直に問いかけようとしたが、驚くべきことに私が口に出すより先に、そのもさもさから不気味な声が響いた。

【イジメテナイ…モサモサジャナイ…】

私の考えに的確に返ってきた答えで、脳裏にひとつの名前がぽかりと浮かぶ。すると、そのもさもさはまたしても私が言葉を紡ぐより先に、しゃがれたような声で【当タリ…】と呟いた。

「滝くん、あれ、サトリだ…」

「サトリ?」

「山に棲んでいるモノでね、人の心を見透かすの。怖がったり怯えたりすると、隙を見て食べられちゃうって聞いたことある…でも、一体どうして学園に?」

今度は考えると同時に発言した。すると、サトリはもごもごと口があるらしき部分を動かして、遊ンデ、遊ンデ、と呟いた。

「ずっとこれしか言わんのだ。だからどうにかしてくれと三葉を呼びに行ったのだが…」

困ったように眉を下げて頬を掻く滝くんは、怯えた様子は見られない。綾ちゃんも同じで、サトリの隣で悠々と踏子ちゃんをくるくると回している。
どうしたものかと頭を抱えていたら、サトリがまたボソボソと【ウデ相撲…】と呟いた。
はぇ?と目が点になったら、隣に立っていた滝くんがすまんと小さく謝った。

「遊んでといわれたら七松先輩を思い出して…」

何か辛いことがあったのか、滝くんは目頭を押さえてぐすんと鼻を啜った。
そんなこんなで、全く本意ではないけれど、サトリとの腕相撲大会が幕を開けてしまったのです。


「一番手はこの私、忍術学園一優秀な平滝夜叉丸が行こ「滝、巻きで」喜八郎ォ…」

もさもさの腕を握りながら滝くんがそう言うと、綾ちゃんがぼそりと呟いた。滝くん話し出すと長いもんね。
私の掛け声で両者力を込めた。体育委員会で鍛えられた滝くんはフェイントを織り交ぜながら巧みに勝負を仕掛けるんだけど、相手はサトリ。
全て見透かされ、滝くんの手の甲がばたりと床に着いた。

「おやまあ、大変だ。あとで七松先輩に“滝は頑張ったけれど力及ばず腕相撲で負けました”って言わなきゃ」

「喜八郎ォォォォ!!!」

しれっととんでもない発言をした綾ちゃんに怒鳴る滝くん。そんな二人を苦笑いで見て、私はふんと気合を入れて腕まくりをした。

「私、頑張るね」

勝つぞぉ、と意気込むと、何故か滝くんに肩を叩かれた。

「三葉、無理はするなよ。いいな、絶対無理はするなよ?」

「三葉、怪我しないでね?」

「が、頑張れるもん…」

綾ちゃんまで心配そうな顔で私の頭を撫でる。ちょっと悲しくなった。
滝くんの掛け声でふんと力を入れるも、悲しいかな、あっという間にべちんと私の手は床についてしまった。

「きゃうぅ」

じんじんと痛む手の甲を撫でながら負けちゃったと小さく呟くと、綾ちゃんの目がギラリと光った、様な気がした。

「頼むぞ喜八郎、お前が負けたら何をされるかわからん」

「おー」

滝くんがそう言うと、綾ちゃんは普段通り抑揚のない声で返事をした。
床に肘をつき、サトリと綾ちゃんが睨み合う。
滝くんが開始の合図をしようとしたその時、サトリが小さく呟いた。

【怒ッテル…怒ッテル…三葉イジメタッテ…喜八郎、三葉ス】

「とー」

その瞬間、ダンという大きな音と、ごきゃりというちょっとアレな感じの音が響いた。
サトリは飛び上がって腕を押さえたまま脱兎の如く走り去り、その姿を消した。唖然とする私と、額を押さえる滝くん、そして、ふんと鼻で笑った綾ちゃん。
一体何があったのか全くわからないが、とにかく綾ちゃんが勝ってサトリを追い払ったと言うことだけは理解した。

「すごいねぇ、やっぱり綾ちゃんは力持ちだねぇ」

ぱちぱちと手を叩きながらそう言うと、綾ちゃんはにこっと笑った。

「さ、三葉、医務室に行こ。手、痛いんでしょ?」

サトリよりも私のことをお見通しな綾ちゃんにそう言われ、私は痛くないほうの手で綾ちゃんと手を繋ぎ、医務室に向かった。
1人その場に残った滝くんは、小さな声で『掛け声とは裏腹に恐ろしい力だ』と青褪めながら呟いた。




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(喜八郎、お前昨日のあの勝負、珍しく全力出したな)

(とーぜん。三葉に怪我させたし)

(お前、妖怪でも人間でも三葉に危害を加える奴には容赦ないな)

(…それに、僕より先に僕の想いを告げようとしたし)

(そっちが大半を占めてないか?)


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