六畳一間と彼女

ある日、とある城に戦の動きがあるとかで潜入調査を言い渡された私と5年生。
なんで私に?と思っていたら、どうも女中さんに変装して潜り込むことになったらしいのだけれど、人数が足りないらしくて(竹谷先輩が苦笑してた)私に白羽の矢が立った、ということらしい。
調査は滞りなく済んだのだけれど、連絡役の尾浜先輩と竹谷先輩が同じく調査に現れていたどこかの城の忍びと交戦し負傷。
軽い怪我だけれど、大事をとって忍術学園までの道中にある寂れた家屋で一夜を過ごすことになった。

「悪いな、三葉。俺らの所為で雑魚寝になっちまって…」

「そんな、気にしないでください。それより怪我、大丈夫ですか?」

申し訳なさそうに謝る竹谷先輩にぶんぶんと両手を振り、痛々しい傷が見える腕をそっと掴んだ。

「これくらい大丈夫だって」

にっこりと、まるで太陽のように笑う竹谷先輩にホッと安心すると、隣で横になっていた尾浜先輩がそういえばさぁ、と口を開いた。

「俺、この前本で読んだんだけど、6畳の部屋に6人で泊まると美女のお化けが出て、口吸いしてくるんだってさ」

くすくすと悪戯っぽく話す尾浜先輩に、不破先輩が首を傾げた。

「そんな本、図書室にあったっけ?僕知らないよ?」

そんな不破先輩の隣に腰を下ろした兵助先輩が、ふるふると首を振った。

「違う違う、勘ちゃんの趣味。百物語なんとかっていう…」

「ははは、勘右衛門、お前そんな本読んでるのか?」

「うん。今度三郎にも貸してあげるよ」

けらけらとそんな話をして笑っているうちに、まぶたがどんどんと重たくなってきた。そんな私の様子に気付いた竹谷先輩が、ぽんと膝を打つ。

「ほら、もう三葉はおねむみたいだから、俺らも寝ようぜ」

「お子様」

「うっしゃいですよ、鉢屋先輩…」

「あは、かーわいー」

ふんと鼻で笑ってきた鉢屋先輩に対して非難の声を上げるが、眠さのあまり呂律が回らない。くすくすと楽しそうな尾浜先輩の声を最後に、私の瞼はくっついて離れなくなった。




どれくらいたった時だろうか、ざりざりという不快感を感じて、私はうっすらと目を開けた。
辺りはまだ暗く、すうすうと先輩たちの寝息がかすかに聞こえる。
まだ寝れる、と再度瞼を閉じかけた時に、私は気が付いた。

左目に走るノイズと、明らかに一つ多い人影。

途端にばくばくとうるさくなる心臓をそっと押さえ、暗がりに目を光らせた。
すると、やはり人影がひとつだけ、闇の中ごそごそと蠢いている。
それは一番入り口の近くで寝ていた鉢屋先輩の上に跨るようにしていて、私は目が離せなくなった。
その時丁度、月を覆っていた暗雲が晴れ、微かだが月明かりが差し込んで蠢く人影を照らした。

それは、とても綺麗な女の人だった。

長い髪が艶やかに月光に輝き、そこから覗く顔は整っている。
しかし、その顔色は真っ白で、とても生きているものだとは思えない。

鉢屋先輩に危害を加える前に何とかしなければ、と思い体を起こそうとすると、それよりもほんの少しだけ早く、女性が動いた。

「(え?……わっ、わっ)」

ゆっくりとした動作で、鉢屋先輩に顔を近付けていく女性。その行為はまるで、恋仲になったらするような、その、口吸いのような行動で、私は先程とは違う意味で目が離せなくなってしまった。

あわあわと慌てながら、それでも何とかしなければと完全にパニックを起こしてしまっているうちに、鉢屋先輩とその女性の唇は触れるか触れないかギリギリのところまで近付いていた。

目が離せないまま、それでも壊れそうなほど激しく動く心臓を無理矢理押さえつけようとぎゅうと装束を握ったところで、静かだった部屋にぱしりと何かがぶつかる音が響いた。
驚いてがばりと体を起こすと、てっきり眠っていると思っていた先輩たち4人が揃って鉢屋先輩の口を掌で覆っているところだった。

「…勘右衛門の言う美女ってのは、お前か」

4人に掌で口を覆われたまま、もごもごと鉢屋先輩が問い掛ける。
それににこりと妖艶に笑った女性だったが、見てみろ、と指で示され、くるりと私のほうを見た。

『………』

「可哀想だと思わない?」

困ったように笑った不破先輩が、そう言って女性に話しかける。すると、鉢屋先輩に手を払いのけられた竹谷先輩も、兵助先輩も、眉を下げて微妙な笑みを浮かべて私を見た。

「…?」

意味がわからないまま首を傾げていると、なんと、女性までもが微妙な笑みを浮かべて、ごめんなさい、と小さく呟いて、すぅっと姿を消してしまった。
結局最後まで意味がわからないままに、さぁ寝よ寝よと全員に言われ、私は大人しく眠りについた。



翌朝、差し込む朝日で目を覚ました私たちは、さっさと戻ろうと忍術学園に向かって歩いていた。
その時、思い出したように尾浜先輩が口を開く。

「そういえば三郎、昨日の女に口吸いされなくてよかったね」

その一言に首を傾げる4人の先輩たちをよそに、あの出来事を思い出した私の顔はぼぼぼっと音がしそうなくらい真っ赤に染まった。

「どういうことだよ、それ」

「実は昨日の話には続きがあってね、6畳の部屋に6人で泊まると美女のお化けが出て口吸いしてくれるけど、舌を引っこ抜かれて殺されるんだよ」

不愉快そうに聞き返した鉢屋先輩に、尾浜先輩がにっこりと答える。その内容に、4人の顔が一気に青褪めた。

しかし、すぐに5人揃って私を見て、昨日と同じ微妙な笑顔を浮かべる。

「ふぅん…まぁ、じゃあ三葉がいて助かったってことか」

「そうだね、さすがにあんな状態じゃあねぇ…」

鉢屋先輩と不破先輩が、少しだけ困ったように頬を掻いて私を見ながらそう言った。

「…ふぇぇ……」


だがしかし、私はそれどころではなく、どうしたら昨日のことを早く忘れられるかを考えるので精一杯だった。




(あんな顔真っ赤っかにして泣きそうになってる子供の目の前で、不純な行為なんてできねぇよなー)

(ハチの言う通りだな)

(あはっ、ほんと、かーわいー)


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