”霊感少女”と彼女

※オリキャラ登場、喜八郎が酷い奴注意。



珍しく丸一日実技の授業で、体のあちこちから疲労を感じる放課後。
定番の木下で日差しにまどろむ私と、そのすぐ傍でざっくざっくと踏子ちゃんを忙しなく動かしている綾ちゃん。実技の後なのに、凄い体力。

「今日もいい天気だねぇ、お昼寝日和だねぇ」

「おやまあ、三葉は毎日がお昼寝日和じゃないか」

「あは、そうだねぇ…ほにゃ?」

踏み鋤を動かす手は止めず、それでもしっかりと私の言葉に反応を返してくれる綾ちゃんの半分くらい地面に隠れかけている灰色のふわふわの髪を見つめていた時、そのもっと向こうに、桃色の装束。

「珍しい…下級生の子かなぁ?」

見覚えのある…というよりも、現在進行形で私も身に纏っているその桃色を見て、こてりと首を傾げる。
くノ一教室の子達は、基本的に放課後はくノ一長屋で過ごす事が多い。稀に、ごく稀に、私みたいに上手く馴染めない子とかは、裏山とか忍たまの多い運動場とかに居るけれど。

ともかく、その桃色の子が気になってじっと見ていると、彼女はなんだか睨むように、校庭の隅の大きな古い木を睨んでいた。
私はいたたまれなくなって、立ち上がり彼女のほうへと歩き出した。

「三葉待って、僕も行く」

歩き出した私に気付いた綾ちゃんがひょいと製作中の穴から飛び出し、隣を歩く。2人並んで彼女のところへ行き、なるべく驚かせないように気をつけながら背後から声を掛けた。

「ねぇねぇ、どうかしたの?」

私のその言葉に一瞬びくりと肩を震わせた彼女はばっと振り返り、私と綾ちゃんを認識し、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「…この木の上に居るのが、気になっただけです」

ちょっとつり上がった大きな瞳の、可愛らしい顔立ちの少女。そんな彼女から発せられた言葉に、私はどくりと心臓が脈打つのを感じた。

ひょっとして、この子、視えるのかな。

容姿は全く正反対なのに、過去の自分が彼女に重なる。いろいろなものが視えるせいで、辛い思いをした記憶が蘇り、妙な親切心が顔を出してしまう。

「…そ、そうなんだぁ…あ、でもね、この木の上のは…」

そこまで喋ると、背後からパタパタと数人が駆けてくる足音が聞こえた。

「雛菊!!やっと見つけた!!もう、急にいなくならないでよ!!驚くじゃない!!」

「そうよそうよ、何かに連れてかれたと思って、桔梗も私も心配したんだから!!」

振り返るとそこには2人の可愛らしい少女。目くじらを立てて怒鳴っているが、その瞳は心配に彩られている。

「ん、ごめんね…ちょっと、どうしても気になって…ほら、皆に危害が加わると嫌じゃない…だから…」

雛菊と呼ばれた少女は、悲しそうに笑いながら2人の少女の手を握る。目の前で繰り広げられているが、彼女たちの話がいまいち理解できない。
ぼうっと立っていると、私に気付いた少女…先程桔梗と呼ばれていた子だろうか、その子が慌てて頭を下げた。

「あ…えっと、くノ一教室4年生の…時友三葉先輩…ですよね?」

まるで確認するようにそう問われ、私もぺこりと頭を下げてそうです、と頷いた。驚いたように目を丸くする少女2人と、どこか気まずそうな桔梗ちゃん。
小さな声で、もう行こうよ、と囁きあって、少女たちは踵を返した。
それに慌てて声を掛ける。

「あ、あのね、この木の上のはね、悪いのじゃないから大丈…」

大丈夫だから、睨まないであげて…そう言おうとして、言葉につまる。
だって、3人の少女たちの瞳が、物凄く冷たくなったから。

「ご存じないかもしれませんが、雛菊は物凄い霊感の持ち主で、忍術学園にいる色々な悪いモノを祓ってくれてるんです」

「この木のだって、雛菊が気分悪いのを堪えて祓ってくれてるんです。適当なことを言わないでください」

「桔梗ちゃん、百合ちゃん、いいの、やめて。私平気だから。そんな態度、綾部先輩にも失礼だよ?」

2人の少女を諌めて、雛菊と呼ばれた子は一礼してくノ一長屋へと走っていった。その後ろを、2人の少女が慌てて追いかけていく。

彼女たちが見えなくなってから、私はばくばくとうるさい音を立てる胸を押さえて俯いた。脳裏に、嫌な記憶が蘇る。ぎゅっと目を瞑ったその時、ポン、と頭に暖かいものが乗った。

「…三葉、大丈夫?」

今の今まで始終無言だった綾ちゃんが、どこか心配そうに私を覗き込んでいる。

「……うん、大丈夫。なんだか変な空気になっちゃったねぇ」

にぱりと、なんでもない風を装って笑う。しかし、綾ちゃんはいつもの無表情に少しだけ不機嫌を織り交ぜて、小さく呟いた。

「…あの子達、くノ一教室の1年生でしょ。前に滝が話してたの思い出した。なんでも物凄い“霊感少女”がいるって」

その言葉に、ざわりと木がざわめいた。
ふと視線を上に向けると、左目に、ほんの微かにだけれど、ノイズが走る。

「………怒っ、てる…」

「三葉、今日は作法室でお菓子食べよう」

私の呟きが聞こえたのか、それとも綾ちゃんの勘か、どちらかはわからないが、不穏な空気を纏い出したその木から引き剥がすように、綾ちゃんは私の手を掴んで作法室へと歩き出した。



−−−−−−−−−−−−−−−−
翌日も、そのまた翌日も、雛菊ちゃんが気になった私は何度もあの木の下へ行っては説得を試みるも、綾ちゃんの前とは打って変わった彼女の冷たい態度に情けなくすごすごと引き返す日が続いた。

「…という訳なんだけど、どうしたらいいと思う?」

「…三葉、お前それでも4年生か…1年生に言い負かされて情けないと思わんのか?」

「はぅ…それは、滝くんの言う通りだと思うんだけどね…」

「うーん…でもその子も“霊感少女”なんでしょ?じゃあ例え“何か”あったとしても、自分でどうにかできるんじゃないのかなぁ?」

「た、タカ丸さん…それはちょっと無責任じゃないかなぁ…」

「だが何度言っても三葉の忠告を聞かないんだろう?そもそも“霊感少女”なのに三葉の言葉を聞かないとか…本当にその子は“霊感少女”なのか?」

放っておけ、とでも言うような滝くんとタカ丸さんに苦笑を零していると、三木くんがそう呟いた。その言葉に、しん、と沈黙が落ちる。

「…だったら余計に危ないから、困ってるの…」

目を伏せてそう呟くと、2つの溜息が零れた。

「なんだ、やっぱり【自称】“霊感少女”か…」

「なんと下らんことを…それこそまさに何が起きても自業自得じゃないか」

三木くんと滝くんが呆れたようにそう言って、タカ丸さんは苦笑い。
ほっとけほっとけ、と変わりばんこにぐりぐりと頭を撫でられて、私はもやもやしたままくノ一長屋に帰された。


−−−−−−−−−−−−−−−
それでもやっぱりどうしたって放っておけなかった私は、翌日綾ちゃんに【お人好しだね】と呆れられながらも、またあの木下にいる雛菊ちゃんに会いに行った。

「こ、こんにちは、雛菊ちゃん…」

「………またですか。毎日毎日よく飽きませんね」

氷のように冷たい視線をちらりと一瞬だけ私に向けて、相変わらず木を睨んでいる雛菊ちゃん。数日前より明らかに激しくなったノイズにくらくらしながらも、何度も話した言葉をまた繰り返す。

「あ、あのね、何度も言うけど、もうやめてあげて欲しいの。かなり怒ってるから、何か起こる前にちゃんと謝って…」

「やめて欲しいのは私のほうです!!」

私の言葉を遮った激しい怒号に、反射的に足が竦む。

「毎日毎日よせ、止めろって、それで学園の人たちに危害が及んだらどうするんですか!!それに、上級生の先輩たちから先輩の噂聞きましたよ!!妙な呪いの本をでっち上げて忍たまの先輩たちを危険に晒したって!!先輩こそ“霊感あるフリ”やめたらどうですか!?そんな嘘で綾部先輩たちの気を引いて、卑怯ですよ!!」

怒りに顔を歪めてそう叫ぶ雛菊ちゃんは、右手を伸ばして私の眼帯を奪い取ろうとした。避けなくては、と思ったが、足が竦んで動かない。

「ひゃあ!!」

自分でも情けないと思ったけれど、1年生の子相手に悲鳴を上げて顔を庇う。
が、しかし、何故か私の眼帯は外されず、それどころか急に体がぐるりと回転して、何かにぼすりと嵌った。うん、土の匂いがする。
一面紫に染まった視界、顔を上げようとしても、苦しくない程度に後頭部を押さえつけられていて動けない。

「えーと、えーと、綾ちゃん?」

「だーいせーいかーい」

確信を持って問い掛けると、珍しいことにくすくすと笑い混じりの返答が返って来た。

「あ、綾部先輩…!!いつから…って、な、なに、きゃぁぁ!!!」

「おやまあ、よかった間に合って」

背を向けているから見えないけれど、左目にノイズが走り、雛菊ちゃんの悲鳴が聞こえてひやりとしたが、綾ちゃんのその声で助けてくれたのだとほっと安堵の息を吐いた。

「…三葉、1人で懸命に説得を続けたのは偉いと思うけど、怖いのなら僕を呼んでよ…まだくノ一教室の子達、苦手なんでしょ?」

「はぅ…!!ご、ごめんなさい…」

明らかに拗ねています、という感情を声に滲ませて、綾ちゃんは私の後頭部を押さえつけたまま囁く。
綾ちゃんたちとこんなに仲良くなる前の…辛すぎた過去3年。私の心の奥底にはくノ一教室の子達…というよりも、歳の近い少女たちのあの冷たい瞳と罵倒の数々が今もまだ深く根付いている。幾分か和らいだとはいえ、完全には消えないその恐怖心を綾ちゃんに指摘され、私は小さな声で謝罪した。

「…苦手なものがあっても良いと思う。でも、僕を頼ってくれなかったら、お仕置きだよ?」

「お、お仕置き!?って、ふわっ…わっわっわ…!!」

「今日は夕食まで、このままだからね」

どこか楽しそうにそう言った綾ちゃんは、私の顔を装束に押し付けたままとことこと歩き始めた。目が見えない上に後ろ歩きって凄く怖い。

「あわわわ…綾ちゃん、怖いよう!!許して、お願いぃ!!」

「だめー」




結局作法室までそのままの体勢で移動させられたわけなのですが、すぐお仕置きに飽きて穴掘りに行きたくなった綾ちゃんにあっという間に解放された。

何だか腑に落ちない、と頬を膨らませている私に、藤内くんが苦笑しながらお茶とお菓子を差し出してくれた。
−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−−−−−−−
「…善法寺先輩」

「やあ綾部、珍しいね。どこか怪我でもしたのかい?」

「いえ、運動場の木陰にこの子が倒れていて…」

「え!?大変だ、すぐ向こうに寝かせて!!僕は新野先生を呼んでくるから!!」

できればあまり足を踏み入れたくない医務室、その奥に強いてある布団の上に少女を寝かせる。善法寺先輩が慌てて出て行ったことを横目でちらりと確認し、僕は少女を見下ろした。
焦点のあっていない瞳、ぽかりと開いた口、力の入っていない体。
まるで魂でも抜かれてしまったようなその姿に、数刻前の気丈な面影は一切ない。

「…【自称】“霊感少女”さん。あの木はね、三葉曰く霊木で、もうすぐ神様になるモノがいるんだって。そんな神様になるモノを怒らせちゃったなら、これは正しく“天罰”なのかもね?」

小さな声で、そう呟く。勿論返ってくる声などない。

「本当に…『三葉が巻き込まれる前に』間に合ってよかった」

僕はそう言いつつ、ぐるぐると頭を巡らせる。
この【自称】“霊感少女”が気を違えたことを知ったら、三葉は気に病むだろう。それだけは絶対に阻止しなければいけない。
なるべく早く保健委員長の意識からこの子のことが薄れるように、僕は保健委員会がよく通る場所にいつもの倍以上罠を仕掛けるために、医務室を出た。

[ 38/118 ]

[*prev] [next#]