変装名人と彼女

「ごちそうさまでしたぁ」

食堂で夕食を終えた私は、忍たま4年生の皆…綾ちゃんと滝くんと三木くんとタカ丸さんと一緒にお茶を飲んでいた。
長屋は別々だけど、授業を一緒に受けている私と皆は仲良くしてくれている。
特に同じ委員会の綾ちゃんは相性もいいから、よく一緒に居る。
しろちゃんと同じほわほわした綿毛のような私の髪をタカ丸さんが触りながら、まったりと談笑を楽しんでいたところに、後ろから声が掛けられた。

「やぁ」

「今日は珍しく皆一緒なんだね」

ふわふわの髪を揺らして、5年生の不破雷蔵先輩と、いつも雷蔵先輩の変装をしている鉢屋三郎先輩がにこにこと笑いながらやってきた。

「こんばんは、不破先輩、鉢屋先輩」

私もにこにこと笑って挨拶を返す。

「こんばんは、三葉ちゃん」

そう言って柔らかそうな笑顔を浮かべた先輩に、私は思わず驚いてぱちくりと瞬きを繰り返した。

「どうしちゃったんですか、鉢屋先輩。いつも私のこと呼び捨てなのに」

すると目の前にいた先輩は途端に苦虫を噛み潰したような顔になり、その隣に居た不破先輩に肘で突かれ窘められていた。

「どうしていつも見破られるんだ…」

「だから言ったじゃないか、無駄だから止めろって」

まったく同じ声で、同じ笑顔だった2人の先輩は、誰が見ても見分けが付くような声と表情に変わった。
そんな私たちのやり取りを見ていた滝くんが、

「だが三葉は確かに凄い。先生や6年生、この優秀な滝夜叉丸ならともかく、ぽあっとしている癖に鉢屋先輩の変装を見破るとは見事なものだ」

と褒めてくれたので、私は嬉しくなってえへへ、と頬を掻いた。

「だってね、よく見ればわかるんだよ」

その言葉に不破先輩がすごいねぇ、と撫でてくれたので

「あのですね、不破先輩はよく見ると橙なんです、それで、鉢屋先輩は青なんですよー」

だからわかるんです、と自慢げに言った私に、何故かその場の空気が一瞬固まった。

「なんじゃそりゃ」

呆れたように鉢屋先輩にそう言われ、だから、と私が繰り返し説明しようとしたら、綾ちゃんが急に立ち上がり不破先輩と鉢屋先輩の傍にずいっと顔を近づけた。

「おやまあ、なるほど」

そして納得したように、また席に戻ってお茶を啜り始めた。

「…なんなの?不思議ちゃんらは理解したみたいだけど…」

「僕ら当人完全に置いてけぼりだね」

のほほんと笑いながら、不破先輩は私の隣に腰を下ろして、同じようにお茶を啜り始めた。

「三葉ちゃんは僕と同じ橙っぽいよねー」

にこりと笑いかけられそう言われたので、私も笑う。

「さすが不破先輩ですね、あたりです」

「滝夜叉丸くんはー?」

「滝くんは紫です。三木くんが赤で、タカ丸さんは黄色ですよー」

「おやまぁ、三葉、僕は?」

「綾ちゃんは鉢屋先輩と同じー」

「えー」

「えーってなんだ綾部喜八郎、不満なのか」

「ふっ、さすが高貴な私。そんな私には高貴な紫が似「滝うるさい」黙れアホはちろー」

わいわいと盛り上がって、ゆっくり夜が更けていった。




−−−−−−−−−−−−−

「うー、お茶飲み過ぎちゃったぁ」

夜中に目が覚めてしまい、厠に行った帰り道。
くノ一長屋はしんと静まり返り、風の音がやけに大きく響く。
なんだか嫌な雰囲気だなぁ、と思って、私は急いで自室へと戻った。

ほのかな明かりに照らされた自室は寂しいものの、廊下よりは安心できる。
早く寝ちゃおう、そう思って扉を開けると、そこには『私』が立っていた。
しかしその『私』は、私よりもかなり背が高く体格もよい。

「あ、鉢屋先輩こんばんは。こんな夜更けに何かご用ですか?」

そう声を掛けると、『私』の姿をした鉢屋先輩はがっくりと項垂れた。

「いくら体格が違い過ぎるとはいえ、暗がりにもう一人自分が現れたんだから、もう少し驚くとかないのか…」

「自分の顔にですか?」

「そーじゃなくてだな」

後ろでに扉を閉めてじゃあどういうことだろう、と首を傾げたら、鉢屋先輩はあっという間にいつもの不破先輩の姿へと変わった。

「お前はいつも簡単に私の変装を見破るなぁ…夕食のときに話していた橙とか青とか、一体何なんだ?」

「えっと、あれは空気というか雰囲気というか…」

私が説明しあぐねていると、


【三郎、ここにいるのかい?】


と、声がした。

鉢屋先輩が驚きつつも「雷蔵?」と声を掛けると【うん、そうだよ】と返事が返ってくる。

「何だよ、わざわざ探しに来てくれたのか?」

そう言って扉を開けようとする鉢屋先輩の腕を、私は慌てて掴んで止めた。

「先輩、だめです」

そんな私の行動に驚きつつも、訝しげな顔をした鉢屋先輩は私をずるずると引き摺って扉に向かう。

【そうだよ、迎えに来たんだ】

その声に、私は必死に鉢屋先輩を止めようと引っ張る。

「だめです、だめですよぅ、鉢屋先輩」

「なにがだよ、どうしたんだ?」

「だめです、ここに居てください」

必死に行かせまいとする私を引き摺りつつも、私の言葉にニヤニヤとした鉢屋先輩が茶化すように笑う。

「なんだ、寂しくなったのか?」

「いいからここに居てください!」

「でも雷蔵が迎えに来てくれたのに」

「『あれ』は不破先輩じゃありません!!」




私のその言葉に、鉢屋先輩の動きがぴたりと止まる。

「雷蔵じゃ、ない?」

ぎぎぎ、と油の切れた螺子みたいな動きで、鉢屋先輩は私を見た。
それにこくりと頷いて、私は扉に向かって

「鉢屋先輩は裏裏裏裏山のそのまた向こうまで天井裏を通って行きました」

そう言い放った。



しばらくして、扉の向こうから

【わかった】

という声が聞こえ、直後天井裏を『何か』がものすごい勢いで這っていった。
その音が聞こえなくなると、私はやっと息を吐いた。
鉢屋先輩は青褪めながら、私の布団の上に力が抜けたように座り込む。

「なん、だったんだ…今の」

「わかりません。でも鉢屋先輩が連れて『逝』かれなくてよかったです」

「え?」

「だって『迎えに来た』って言ってたじゃないですか」

「え!?」


その夜鉢屋先輩は、私が怖いだろうからって私の部屋に泊まってくれました。


翌日鉢屋先輩に連れられて不破先輩に話を聞きに行くと、案の定くノ一長屋になんて来てなかったそうです。
「というか、三郎が抜け出したことすら気付かなかったよ」
のほほん、と笑う不破先輩とは対照的に、それを聞いた鉢屋先輩の顔は真っ青になっていました。

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