息も止まるくらいに

綾部氏回想


あの子との出会いは、僕がこの忍術学園に入学した、ぴかぴかの1年生の頃。
まだ力のなかった僕が、大きく感じていた踏み鋤で必死に穴掘りをしていた時、上級生に突き飛ばされて、あの子は僕の掘ったまだまだ浅い穴に落ちた。

あの子と初めて喋ったのは、僕が2年生になった頃。
今でも通過儀礼として行われている『くノ一教室の洗礼』で、あの年から既に『アイドル顔』なんて言われてた滝や三木と一緒に牽牛子入りの団子を貰った時、あの子は僕にそっと「かえっこしよ」と普通のお団子を差し出した。

あの子が普通じゃないと知ったのは、僕が3年生の頃。
身の丈ほどの穴が掘れる様になった僕が毎日毎日至るところに穴を掘っていた時、大勢のくのたまに囲まれたあの子が、墨色の瞳に涙を溜めて罵声を浴びていた。
怪我したのはあんたの呪いの所為だとか
不幸が続くのはあんたの呪いの所為だとか
どっかの部屋にお化けが出るのはあんたの所為だとか
彼が私を見てくれないのはあんたが邪魔してるからだとか
とにかくそんな下らない言い掛かりを、大人数であの子を囲んで叫ぶくのたまたちが鬱陶しくて醜くて。
確かにあの子といると不思議な現象に遭ったりとか、変な体験するとかって言う噂はあったけど、僕は体験してないし。


「何してるの」

きゃんきゃんと喧しい群れの中に、踏鋤の踏子ちゃんを担いで割り込む。

「あ、綾部くん!!べ、別に何も…」

子犬のように吠えていたリーダー格の女がしどろもどろに弁明をしていたけど、僕は気にせず三葉に歩み寄り、擦り傷がついている頬に手拭を当てた。

「いた…」

「時友、医務室へ行こ。ばい菌入っちゃうといけないから」

そう言って、当時は萌黄色だった制服を翻して、僕は三葉の小さい手を掴んで引っ張った。
三葉はおろおろしてたけど、でも構わず引っ張った。
すると黙っていたはずのくのたまたちがまた口々に三葉のことを罵倒し始めたから、僕は振り向かないまま踏子ちゃんで地面を強く叩いた。
その衝撃で、僕の半径5m四方に“たまたま掘ってあった”穴という穴は、大きな口をあけて彼女らを飲み込んだ。

悲鳴を上げて次々と穴に落ちていくくのたまたちを背中に、彼女達に聞こえるように語りかける。

「他人と違うってだけで、時友に意地悪するな」

怪我したのは僕が掘った穴の所為だし
不幸が続くのはあいつが保健委員会だからだし
どっかの部屋にお化けが出る噂はお化けじゃなくて寝惚けた三木だし
彼が私を見てくれないのは

「僕はね、君みたいな性格の捻じ曲がった子、大嫌い」

だからだよ。



そう吐き捨てて医務室へ三葉を引き摺っていく途中で、三葉泣いちゃったんだっけ。
普通と違うんだよって、変なもの見えるのはホントなんだよって。

「私のこと、怖くないの?」





* * * * * *

ある日の放課後、校庭の隅の木陰で、紫色の制服を風に靡かせながら、隣に座る三葉を見る。

「あったねぇ、そんなこと」

ぽわぽわとたんぽぽの綿毛みたいな髪を揺らして、三葉は笑う。
この子とこんなに仲良くなったのは、4年生になってから。
くノ一教室で上級生といわれる学年に上がった三葉は、今年から僕ら忍たまと授業を共に受けるようになった。
座学の教室は違うけど実技はほぼ合同だから、よく喋るようになった。
所属委員会も同じ作法委員会だから、もっとずっと仲良くなった。
噂の恐怖体験は、三葉曰く“寄せ付けない”僕はしないらしい。

「そういえば、あの離れのアレ、どうなったの?」

「ほわ、綾ちゃん知ってたの?」

「気配だけね」

「アレはね、もう大丈夫」

「そう」

三葉曰く“寄せ付けない”僕は、やっぱり三葉曰く“人よりちょっと敏感”らしくて、そういうのの気配だけわかる。少しだけだけど。
僕はそれが、少し誇らしい。
だって、三葉と近い世界を感じられるってことでしょう?

「おや、善法寺先輩だ」

両手いっぱいにトイレットペーパーを抱えて歩く不運と名高い先輩の姿を見つけ、僕は思わず呟いた。
善法寺先輩はあっという間に何も無いところで躓き、悲鳴を上げながらトイレットペーパーをぶちまけて転び廊下から転げ落ちた。
そしてその先には先日仕上げた蛸壺のターコちゃん43号。

ぼんやりとそれを見ていると、ターコちゃん43号の傍に同じく6年生の食満留三郎先輩が現れて、穴の中に手を差し伸べた。
しかし食満先輩の抱えていた工具箱が何かに押されたように穴の中へと落ちる。

僕と共にその光景を黙って見ていた三葉が木陰から立ち上がる。

「そっか、またアレなんだ」

そんな僕の言葉に、三葉は笑顔で頷き、木陰から駆け出して行った。
そんな三葉の小柄すぎる後姿を眺めながら、僕は踏子ちゃんを抱えてゆったりと微笑む。

「怖くなんて、ないよ」

他人と違うなら、罠を仕掛けることが好きな僕だってそう。
からくり大好きな後輩だって、ナメクジ大好きな1年生だって、鼻水垂らしっぱなしの1年生だって、いつもクールなのにその2人に纏わりつかれると途端にポカやらかす立花先輩だって、他人と違うと思う。
池で寝るって言う潮江先輩と三木だって、100kmマラソンとかしてる七松先輩や滝だって…いや、むしろそっちのほうが怖い。

「だって三葉、だって、僕はね」

普通と違ったって、変なものが見えたって



「君が好きだと思う度、息も止まりそうになるんだ」

僕は緩やかな癖のある前髪をくしゃりと握って、泣き出しそうな、でも幸せで笑みが浮かぶ顔を、膝に埋めた。




お題:確かに恋だった

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