好きかも、しれない

善法寺氏回想


僕が3年生の頃、あの子は忍術学園へ入学した。
同年代の女の子達よりも更に小柄なあの子は、たんぽぽの綿毛のような髪を頭のてっぺんでちょんと結って駆け回る元気な子だった、と記憶している。

僕が4年生の頃、あの子は2年生になった。
相変わらずふわふわした髪を揺らして、でも去年より大人しくなった気がした。

僕が5年生の頃、学園に変な噂が蔓延したことがあった。
なんでもくノ一教室の3年生の女の子が、妙な力で学園に不幸を呼んでいると。
その頃既に保健委員5年目だった僕は、まぁ今とそう変わらないくらい不運ではあったから、そんな噂なんて気にせず毎日を過ごしていた。

でもある日、保健委員の当番で医務室に行くと、珍しいことにくノ一教室の女の子が1人で医務室にいた。

「あ、ごめんね、新野先生今外していて…怪我でもしたのかな?」

なるべく音を立てて扉を開け、驚かせないようにそう声を掛けると、女の子はたんぽぽの綿毛のような髪を揺らして振り向いた。

「あ、すみません。勝手に救急箱をお借りしました」

ぽにゃん、となんとも和む笑顔で、女の子は僕に救急箱を差し出した。
自分で手当てさせて申し訳ないな、という気持ちを抑えてそれを受け取り、念のため怪我した場所を問いかけると、不思議なことにきょとんとした顔で逆に問いかけられてしまった。

「わかりませんか?」

「え…?」

不思議なことをいう子だな、そう思って首を傾げていると、その子は急に傷付いた様な…どこか泣きそうな顔をして、医務室から飛び出して行った。

「あ、」

止める間もなく、伸ばした僕の手を振り切って、走り去った彼女が今まで座っていた場所には、包帯がひとつ、“何かに結ばれていたように”落ちていた。

数日後、その頃から同室だった留三郎に“噂のくノ一教室3年生の女の子”がその子だということを聞いて、僕は気になり、見かける度に声を掛けるようになった。
最初は思いっきり避けられていたものの、めげない僕に徐々に慣れてきたその子は少しずつ話してくれるようになった。
廊下で顔を合わせれば挨拶して少し話したり、食堂で会えば挨拶して一緒にご飯食べたり…って言うのはなかったけど。
その子の名前が三葉ということを知り、弟も入学して1年生なんだということを知ったのも、その頃かな。
三葉ちゃんにまつわる噂を聞いてはいたんだけど、そんなことより僕は三葉ちゃんと一緒にいるといつもの不運に見舞われないということのほうが大きくて衝撃的で、全然気にしていなかった。
でもある日、当時3年生だった綾部喜八郎に手を引かれて泣きながら医務室にやってきた三葉ちゃん。
綾部から聞いた話だと、例の噂を真に受けたくノ一教室の子が集団で三葉を囲み、怒鳴り、責めていたらしい。
酷いことを言われたであろう三葉ちゃんは、決して恨み言ひとつ零さず、その大きな瞳にいっぱいの涙を溜めて、黙って耐えていたと、綾部は言っていた。
医務室で綾部の制服の袖をぎゅっと握り締めて、いじらしく嗚咽を零すその姿を見て、優しく頭を撫でてやったことを良く覚えている。



「君は、昔からそうだったね」

医務室で静かに眠る、三葉ちゃん。
昔とそう変わらないあどけないその寝顔は穏やかだが、彼女の左目には痛々しく包帯が巻かれている。
数日前から起こり始めた騒動が、今日、彼女の犠牲の上で収束した。

「優しいから、自分が傷付いてばかり」

ふわり、綿毛みたいな髪をそっとおでこから払いのけて、寝顔を覗き込む。

「はは、いつからだろうなぁ」

そう1人で呟きながら、痛々しい包帯にそっと触れる。

「留三郎のこと、もう罵倒できないや」

ふくふくとした三葉ちゃんの頬に、そっと唇を落として笑う。
ちゅ、と小さな音を立てて離された自身の唇にそっと触れた後、熱を持った頬をごしごしと擦る。

「どうしよう僕、君のこと…好きかも、しれない」


音にしたその言葉が異様に恥ずかしくて、僕は桶を掴んで医務室を飛び出した。


* * * * * * * * *
伊作はこの後廊下で転んで桶の中の水を全部ぶちまけてびしょびしょになって食満に見つかって問いただされて罵倒されればいい

お題:確かに恋だった

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