ノイズ

「綾ちゃん、滝くん、三木くん、タカ丸さん、おはよぉ」

「おやまあ、おそよう三葉。面白い眼帯してるねえ」

「えっへへ〜、かわいいでしょ?」

綾ちゃんとほのぼの会話をしていたら、驚いた顔の滝くん、三木くん、タカ丸さんに突然詰め寄られた。

「ど、どうしたのぉ、その眼帯!!」

「いやタカ丸さん!!眼帯じゃなくてまず目!!目でしょう!?」

「三葉!!一体何があったというのだ!!」

仰け反るほどに顔を近づけて口々に尋問のように質問を投げかけてくる3人にどうしたものかと困っていると、いつの間にか私の分の朝食を取ってきてくれた綾ちゃんが、お盆を私の目の前に置いてから3人の顔をがっしり掴んで押し返した。
綾ちゃんの腕力と握力で顔を押し返された3人は顔面を押さえながら暫くのた打ち回っていたけど、相変わらずマイペースな綾ちゃんはお構いなしで私の代わりに説明してくれた。

「詳しくはいえないけど、三葉はある事情で左目を失明して、目の色もかわっちゃったの。気配探るのも下手だから、死角から急に声掛けて驚かせたらだめだよ」

珍しくつらつらと喋る綾ちゃんに驚きながらも、3人はしっかり頷いた。

「あ、それと距離感に慣れるまで注意してあげて」

まるで保護者のように懇切丁寧にそう言う綾ちゃんに感動し、私はその逞しい腕にしがみ付いた。

「綾ちゃんありがとう、大好きっ」

「おやまあ、僕も大好きだよ」

箸を持ったまま綾ちゃんと抱き合う私を滝くんが『お行儀悪い』と叱る。
タカ丸さんは『仲良いねぇ』と笑い、三木くんは『困ったら何でも言えよ』と気遣ってくれた。

「ありがと、皆も、だいすき」

今まで当たり前のように過ごしてきたこの日常が、当たり前でないことを、あの本の事件で知った。
わいわいと楽しくご飯の続きを、と箸を伸ばした瞬間



「ぇ…?」



もう世界の何もかもを映すはずのない左目に、ざざ、と砂嵐のようなものが一瞬だけ映った。
左側に振り向くと、見えていなかった死角の部分が見えるようになる。
そこには、カウンターで朝食を頼む伊作先輩の姿があった。
じっとその姿を見つめていると、おかしなことに気が付く。
私は冷や汗を流しながら、右目を閉じて、同じ場所に顔を向ける。

右目を閉じたので、私の世界は真っ暗。

になるはずなのに、眼帯で覆われた私の視力を失った左目には、何かにしがみ付くような格好をした這い蹲る【何か】が暗闇に浮かぶようにはっきり見えていた。

「危な」

小さな私の声を遮るように、食堂に大きな音が響き渡る。
驚いて右目を開けると、カウンターの傍で転んでお盆をひっくり返した伊作先輩が見えた。
その足には、しがみつく【何か】。
私が睨むと、妙な悲鳴を上げてどこかへ消えたそれは、恐らくさっき伊作先輩の足を引っ張ったのだろう。

私は伊作先輩と、彼を助け起こす留三郎先輩を見つめながら、小さく溜息を吐いて呟いた。





「【アレ】だけは、映るんだ…」



そっと左目の眼帯に触れる。
それを綾ちゃんが無表情で見つめていたことを、私は知らない。


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