最期の日
ぐすん、ぐすん、と誰かが泣いている。
幼いその泣き声は、可愛い可愛い大事な弟を彷彿とさせる。
私はのろのろと声のほうに手を伸ばした。
「どうし、たの?だい、じょう、ぶ?」
思っていたより小さな声しか出なかったが、私のその声で泣き声はますます大きくなってしまった。
「ごめん、なさいっ、三葉先輩、っごめんな、っさい…」
ごめんなさい、そう謝り続けるその声。
私は何故か痛む体を起こし、声のほうを見て、笑った。
「三ちゃん、謝り、過ぎ、だよ?」
体を起こしたはいいものの、ふらふらと安定しない上半身を、誰かが背中からそっと支えてくれた。
「あ、ありがとう、ございます、鉢屋先輩」
そう笑って、鉢屋先輩を見ると、何故か先輩はグッと息を飲み目を逸らした。
その反応に違和感を感じた私は、くるりと辺りを見回した。
今私がいるのは、忍術学園の医務室の布団の上。
そして、私を取り囲むように伊作先輩、留三郎先輩、小平太先輩、中在家先輩、不破先輩、鉢屋先輩、しろちゃん、さんちゃん、綾ちゃん、仙蔵先輩、潮江先輩が所狭しと座っていた。
「…あれ?私、シャグマアミガサタケ城で…」
そう言うと、しろちゃんと三ちゃんがわあわあ泣きながら飛びついてきた。
そんな2人にいつももにゃもにゃ言うはずの留三郎先輩は、黙ってじっと下を向いている。
記憶が曖昧なのと、どうしてこうも弟たちが泣いているのか、ひとつも分からない私は、困ったように眉根を寄せて、記憶の最後に残る鉢屋先輩に問いかけた。
「鉢屋先輩、一体何が…どうなったんですか?」
「…忍術学園に帰ろうとした時、三葉が黒い手の化物に襲われた。助けに行こうにもお前は私に来るなの一点張り。慌てて善法寺先輩と四郎兵衛を連れ戻し、お前の元に戻ったら、お前は…化物に、両の眼を抉られていた…」
「えぇ、そこは覚えてます。凄い痛くて気絶しちゃいました」
「ああ、三葉が気を失う寸前に、お前の懐に入ってた珠が粉々に割れて、化物が消えた」
懐に忍ばせてあったあのお守り珠が、守ってくれたのだろう。
なんともありがたいものだ、そう思って私は水を飲もうと脇に置いてあった水差しに手を伸ばし、首を捻った。
「おりょ?」
かつかつと水差しに指が当たり、感覚がいつもと違うことに気が付いた。
そこで、私はやっと理解した。
いつも騒がしい留三郎先輩や小平太先輩が、黙っている。
綾ちゃんと仙蔵先輩が、悲しそうに眼を伏せている。
中在家先輩と不破先輩と鉢屋先輩は、私を見ない。
伊作先輩と潮江先輩は、俯いたまま。
泣きじゃくる、しろちゃんと三ちゃん。
「あぁ、なぁんだ…仙蔵先輩、鏡を見せていただけますか?」
「ぁ…いや、それ、は…」
珍しく口篭る仙蔵先輩を見て、私は確信した。
「私の、目…どうなっちゃったんですか?」
固まる空気に、小さな泣き声は未だ止まらない。
そんな中で、私に鏡を差し出してくれたのは、伊作先輩だった。
「はい、どうぞ、三葉ちゃん。小さくてごめんね」
「ありがとうございます、伊作先輩」
私はそれを受け取って、とりあえずしろちゃんと三ちゃんを引き剥がし、鏡を覗き込んだ。
「…ぁ、はは…これは、すごいですねぇ」
しろちゃんと同じ墨色だった、私の両の目は
−−−−−−−−−−−血のような、赤色に変わっていた。
しかもどうやら左目は完全に視力を失っているようで、距離感がつかめない。
目の前で掌を握ったり開いたりしながら、私は口を開いた。
「三ちゃん、本当にありがとう。お守り珠がなければ、私殺されてたよ」
その言葉に、袖で乱暴に涙を拭いながら三ちゃんが首を振る。
「先輩の、目が、見えなくなって、色も、そんなになったのは、僕の力が至らなかったからです。ごめんなさい、ごめんなさい…」
「違うよ、三ちゃん。これはね、仕方ないことなの。私、本当は死ぬつもりであの城へ行ったの。でも生きてた。三ちゃんのお陰だよ」
私は、あの本に指名されるまま、この力を引き換えに、絹さんを消すつもりだった。恐らくそうすると、私は死ぬ。
でも、三ちゃんは何か感じ取ったのだろう。彼の危険回避能力は優秀だから。
だから、彼はあの珠を私に持たせた。命だけは、落とすことがないようにと。
なかなか泣き止んでくれない三ちゃんの頭を撫でて、私は弟を呼ぶ。
「しろちゃん、自分を責めちゃだめだよ?」
そう言うと、ぼたぼた涙を零していたしろちゃんが小さく頷いた。
「伊作先輩、中在家先輩、潮江先輩…もう、大丈夫ですからね」
満面の笑みでそういうも、医務室にいる誰一人として、笑ってくれなかった。
こうして、私たちの恐怖の七日間は幕を下ろしました。
結局あのおぞましい【絹さん】がどうなったのか、わからないまま。
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