いざ決戦
結局あの会議で牽制したはずなのに、しろちゃん、鉢屋先輩、伊作先輩、留三郎先輩がついて来ることになってしまった。
伊作先輩なんて完全に危ないのに、どうしても聞いてくれなくて、もうしかたないから留三郎先輩同伴でって苦渋の決断を下した。
綾ちゃんも最後まで粘っていたけど、結局仙蔵先輩がなんとか言い含めてくれた。
かなりぶすくれてたから、戻った時が怖い。
無事に、忍術学園に、戻れるかなぁ…
正直1割も無い希望に、小さく笑う。
さあ、【彼女】に、会いに行こう。
「と、いうことで、鉢屋先輩、おんぶ」
「なにが、ということで、だ。嫌だね。大体お前4年生だろ、走れよ自分で」
「なるべく急いで着きたいんですよぅ、おんぶー」
「三葉、三葉、俺がおんぶしてやるからこっちおいでって離せ伊作!!」
「鉢屋!!押さえてるから早く三葉ちゃんをおんぶして!!」
「三葉乗れ!!急げ!!早く!!」
「あわわわ…」
「っち!!四郎兵衛〜おいで〜」
「さあ、僕と行こうね四郎兵衛」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ちっくしょぉぉぉおおおお!!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
真っ暗闇の中、城とはいえない瓦礫が佇む広い野原。
シャグマアミガサタケ城跡地。
異様な雰囲気のその地は、禍々しい空気で息苦しい。
私は意を決し、伊作先輩から本を受け取り、単身瓦礫の中に足を踏み入れた。
長いこと背中に聞こえたしろちゃんの涙声も、いつしか聞こえなくなっていた。
しっかりと本を懐に仕舞い込んで、私はきょろきょろと周囲を見渡した。
「こんばんはー、三葉ですよー、絹さーん」
適当な方向に大声でそう呼びかけると、背後でがらり、と岩の崩れる音がした。
振り向くとそこには、いつしか追いかけてきたおぞましい絹さんが佇んでいた。
しかし今回は襲ってくる様子は見受けられない。
私はごくり、と唾を飲み込み、そっと、彼女の腕に触れた。
その瞬間私の脳裏には、たくさんの映像が浮かんできた。
絹さんの過去なのだろうか、頭が割れそうなほどの悲しみと、信じていたものに裏切られ、嬲られ、殺される屈辱。
大切なものを失い、自分の命も失い、最期までその心のうちは【憎悪】で染まっていた。
それは留まる事も収まる事も無く、ただひたすらに奪うことを望んだ。
家臣を殺し、殺し、殺した挙句、まだ収まらないその感情に振り回され、仕舞いには全く関わりの無い人をも殺してしまった。
【欲シイ…】
【欲シイ…】
『私の力が、ほしいの?』
頭に響く言葉に、私は問う。
しかし返答は無く、記憶の濁流から吐き出された。
瓦礫の中で尻餅をついていた私は立ち上がり、また先へ進む。
先程見た絹さんは、もう消えている。
しばらく進み、恐らく本丸であった場所に出ると、そこでまた佇む絹さんを見つけた。
しかしそれはおぞましい姿ではなく、生前の綺麗な姿で泣きじゃくっている絹さんだった。
「絹さん、泣かないで?」
そう言って、悲しげに顔を歪ませて大粒の涙を流す絹さんの頬に触れた。
また同じように見えたその映像は、平和な時のもだろうか?
とても綺麗な花畑に立つ、儚い少女。
とても幸せそうに笑い、楽しそうに父であろう男性に駆け寄っていく少女。
しかし、少女が父に抱きつく寸前に、父はどろりと溶ける。
悲鳴を上げる少女は、あっという間に大勢の男に囲まれる。
それは皆、少女が幼い頃からそばで優しく、時に厳しく見守っていてくれた男たちだった。
優しい笑顔は醜く歪み、頭を撫でてくれた手が少女を殴り、城を守るはずの刀で、少女を斬り付ける。
どうして!?
少女は問いかける。
生きるためだ、と男たちは答える。
何故!?
少女は問いかける。
お前の首を持ち込めば、私たちは変わらぬ暮らしが出来る、と、男たちは嗤う。
少女は叫ぶ。許さない、恨んでやる、祟ってやる。
死んでも忘れるものか、忘れるものか。
しかし、少女は想う。
この恨み、忘れるものか。
(与えられた優しさも、忘れられない。)
どうしてこんなことに、どうしてこんなことに。
私はただ、わたしはただ
【助ケテ、欲シイ…】
【モウ止メテ、欲シイ…】
『…そっか、辛かったね』
私はそう呟く。
絹さんは、殺されたのが恨めしかった。
その憎悪が、血に込められて、宝物だった本に移った。
そして出来上がってしまった、“呪いの本”。
しかし絹さんは、悲しかったけど、怖かったけど、それでも家臣たちにまた優しくされたいという想いがあった。
優しくて幸せだった時間が、戦に壊されてしまったことが辛かった。
そんな複雑な想いが、【本来の彼女】と【恨みに染まった彼女】を分けてしまった。
ゆっくりと、絹さんの本が元通りになっていく。
綺麗だけど禍々しい赤い表紙は、薄汚れた白いものへ戻り、今まで無かった題名が記されていく。
はらはらはら、と風もないのに勝手に捲れて行く貢には、黒い墨で彼女の幸せで凄惨な過去がつらつらと綴られていく。
ぱたり、と地面に落ちた本の前に、絹さんの姿が浮かぶ。
『…ありがとう。三葉』
何処か穏やかに涙を流す彼女に、私は首を振る。
「んーん、いいよぉ」
『これで、ゆっくり…』
「うん、よかったねぇ」
よかった。これで、もう先輩たちは大丈夫だろう。
そう思って安堵の息を吐く。しかし
『でも……、が……さい……け…て…』
消えゆく間際、彼女は申し訳なさそうな顔をして何かを呟いた。
よく聞こえなかったその言葉に首を傾げるが、光の粒と化して天に消えたその姿を見送り、私は心配して泣き腫らしているだろう弟のところへ、駆けていった。
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