三日目


伊作先輩があの本を拾ってから、もう4日が過ぎた。
あまりにも短い4日の間に色々なことがわかり、色々な体験をした。
初日は特に何も起こらなかったけど、翌日は卜占村に赴き、そこで私と伊作先輩は【絹さん】と思われるモノに襲われた。
その翌日は不破先輩と鉢屋先輩が卜占村周辺の集落で情報を集めてくださっている一方で、私と伊作先輩は平気だったけど、中在家先輩が学園の図書室で【絹さん】に襲われた。
昨日は、丁度学園を訪れたこなもんさんと陣左さんに【絹さん】のことと卜占村の【噂】について調査協力をお願いして、その後、私と伊作先輩と潮江先輩が【絹さん】に襲われた。

「…伊作先輩、ほぼ被害に遭ってるなぁ」

そこまで思い出し、不運な伊作先輩が私たちよりも多く襲われていることに気が付き、小さく呟く。
その瞬間、私の頭にコン、とチョークがぶつけられた。

「ふにゃっ!!」

「時友三葉、授業中だ。私語は慎むように」

「ごめんなさぁい」

教室に小さな笑い声が響き、私はチョークをぶつけられた部分を摩る。
しまった、考え込んでいたけど、今は授業中だった。ちゃんと集中しないと。
そう思って前の黒板を向くと、締め切られていた出入り口の扉ががたっと音を立てて揺れた。
先生も含めて、教室にいる生徒全員が一斉に扉を見る。
しかし、誰も入ってくる様子の無いそこを見て、先生が首を傾げる。

「なんだ?」

先生がそう言って扉を開けるが、そこには誰もいない。
私は隣に座っていたタカ丸さんと顔を見合わせて、小さな声で、変なの、と呟いた。タカ丸さんも、ねー、なんて言って首を傾げていた。
その時
突然校庭に面した窓ガラスがバンバンとけたたましい音を立てて激しく揺れ出す。

「なっ、なんだ!!?」

さすがの先生も驚いた様で、ざわつき始める教室内。
青い空が見える窓ガラスは、割れんばかりの激しさで揺れている。
一体どういうことだ、と先生は窓越しに外を見る。校庭や山の木々を見ても、そこまで強い風は吹いていない。というか、どんな強風でも窓はこんな揺れ方しない。
不自然に揺れ続ける窓ガラスを見ていると、私はその一点に視線を奪われた。

「あ…」

私が思わずそう声を漏らしたら、見続けていた一点に急に異変が起こる。

「な…」

先生も、教室の皆も、隣のタカ丸さんも、思わず絶句した。

バン、バンバン、と音は鳴り続けている。
音だけだったそこに、急に真っ赤な手形が付き始めた。
それはあっという間に、教室中の窓を赤く染める。
夥しい数のその赤い手形に、私は既視感を覚えた。

「まるで、あの本の貢みたい…」

ぼうっと窓を見つめ、私がそう言うと、突然全ての窓ガラスが割れた。
破片が教室内へと降り注ぐ。

「三葉ちゃん、危ない!!」

そう叫んだタカ丸さんに抱え込まれて、私は皆と廊下に出た。
廊下から呆然とガラスだらけの教室を見ている先生と4年は組の生徒。
一体何が起こったのか、私以外は誰も理解できていない。


とりあえず、片付けないと授業が出来ないので、先生が教室の外を見に行き(といっても教室が4階なので悪戯の可能性は低いが)その後掃除当番が教室の片付け、それ以外の生徒は自習となった。

「突然なんだったんだろうねー?」

タカ丸さんは不思議そうに、でも相変わらずのほほんとしながら首を傾げている。

「うーん、ちょっと他の教室も心配ですねぇ…私見に行ってきます」

いってらっしゃーい、と暢気に手を振るタカ丸さんに手を振り返し、私は一番心配な6年生の教室へと向かった。


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6年生の教室、特には組の周辺は、私たち4年生のところよりもっともっと酷かった。廊下に散らばるガラスに木片、更には血痕。
私はとりあえず一番手前の6年い組の教室をひょこりと覗いた。

「三葉、どうした?」

すると私に気付いた仙蔵先輩が、潮江先輩と一緒に近付いてきて私を抱えて教室に入れてくれた。

「なんだか凄いことになってますねぇ…大丈夫でしたか?」

「別にい組は平気だ」

潮江先輩にそういわれ、今日室内を見回すと確かに綺麗なものだった。
ところどころ物が落ちたりしてはいるが、破損箇所は見当たらない。

「そですかぁ、よかったです。じゃあ私、ろ組とは組も見てきます」

「おい三葉、…俺たちも行く」

そう気遣わしげに潮江先輩が声を掛けてくれて、それに同意した仙蔵先輩が私を抱えたまま立ち上がった。

ひょいひょいっと軽く、廊下に散らばる破片を飛び越えて、仙蔵先輩はあっという間にろ組の教室の中に入った。
そこには4年の教室と同じように散らばる窓ガラスと、その中で腕を押さえて蹲る中在家先輩と心配そうな小平太先輩がいた。

「中在家先輩、大丈夫ですか」

私は仙蔵先輩に降ろしてもらい、中在家先輩に駆け寄る。
中在家先輩はこくりと頷き、隣の小平太先輩が詳しい状況を話してくれた。

「授業中、突然窓と扉ががたがた揺れ始めて、そのうち女の声が聞こえ出したんだ。その女の声が一番でかく聞こえたら、窓ガラスが一斉に割れて長次に飛んできてな…まあ避けてたけど、ちょっと掠ったみたいだ」

「そうですかぁ、中在家先輩破片を避けるなんてさすがですねぇ」

「…恨めしい…許さない…そう叫んでいる、声だった…」

それだけ喋って、小平太先輩が中在家先輩を保健室へ連れて行った。
私はまた仙蔵先輩に抱えられて、廊下の際奥、は組へと向かった。



「…なんだ、こりゃ…」

そう呟いた潮江先輩の気持ちは痛いほどわかる。私もそう思ったから。
は組へと向かう廊下は、ぐちゃぐちゃだった。
物が散乱しているほかに、何故か穴が開いていたり、柱が突き刺さっていたり…それにも増して、教室はもっと酷かった。
黒板は落ちて真っ二つに割れ、掛かっている掛け軸は破れ落ち、床板は剥がれ、窓ガラスは枠ごと全滅、扉もばきばき、まるで爆発でもしたかのような光景だった。
その中で、唖然と座り込んでいる伊作先輩と留三郎先輩を見つけて、駆け寄る。

「伊作先輩、留先輩、大丈夫ですかぁ?」

私のその問い掛けに反応を示さない2人を見て、仙蔵先輩は私を留三郎先輩の膝の上に乗せた。

「留先輩、留先輩、大丈夫?」

「っは!!三葉可愛い!!大丈夫だ問題ない!!」

「いや問題大有りでしょ、留三郎が」

「「気持ち悪いな」」

「あんだとてめぇこの鍛錬バカが!!」

「んだとプチ不運勝負バカがァ!!」

きーきーと殴り合いを始める留三郎先輩と潮江先輩をよそに、私は伊作先輩に大丈夫ですか?と問いかけた。

「うん、なんとか大丈夫。でも怖かったぁ…」

「ええ、私のとこもですよう」

私は6年は組の教室をぐるりと見渡し、急がないといけませんね、と呟いた。
それに対して、伊作先輩は気まずそうに笑う。

「あ、あの…怪異現象?はね、扉と窓ガラスが壊れたくらいなんだ」

その言葉に、私と仙蔵先輩は首を傾げる。だって、教室はもっと…そこまで考え、私と仙蔵先輩は同時に、まさか、と口角を引き攣らせる。

「授業中突然扉と窓ガラスが揺れてね、真っ赤な手形と女の叫び声が聞こえて、扉と窓ガラスが割れて飛び散って、それに驚いた僕が留三郎にしがみ付いたら、留三郎が体勢を崩して机に手を付いたら机がひっくり返ってそれが前の席の人に当たって、その人が倒れたら床板に穴が開いて、ガラスを避けようとした人がその穴に足を取られて転んだ拍子に持ってた宝禄火矢に火種が引火して爆発して窓側の壁が吹っ飛んで、その爆風に押された人たちが黒板にぶつかったり掛け軸引っ張ったり廊下に飛んでって柱にぶつかったり、そのぶつかった柱が倒れて廊下に突き刺さってね…」

つらつらと長ったらしく語られる怪異というよりは途中から完全に不運の連続に、私は安堵の溜息を、仙蔵先輩は失笑を漏らした。

「伊作先輩が祟り殺されなくてよかったですぅ」

「なにそれ怖いよ三葉ちゃん!!」

「私はお前の不運のほうが怖いがな」


その言葉には、内心激しく同意しますよぅ、仙蔵先輩。


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