悲劇の姫


私はこなもんさんの横に置いてあった本を手に取り、ぱらりと貢を開いて読み上げていく。

「この本を読んだら、七日以内に死ぬ。死にたくなければ物語を完成させること。これが大前提です。ここの物語というのは、おそらくこの本の持ち主の人生と、その想いを知れ、ということではないかと思います」

「想いを…知る、ねぇ…」

「はい。そして、私たちが調べた結果、この本の持ち主は」

「シャグマアミガサタケ城の姫君、か…」

「恐らく。この本の4貢以降はひたすらに墨で【助けて】と書いてあるだけです。しかし、その文字の下に、血文字で【卜占村にて待つ】と書いてありました。私たちはそこへ行き、その村の一番奥の家で、次の貢に【シャグマアミガサタケ城】という文字が浮かんできました。それから、えっと…なんと申しましょうか…得体の知れない女のような【モノ】に追いかけられました」

「えー、何それ怖いねー」

「因みに、昨日忍術学園の図書室で中在家先輩も襲われました。本を読むと一度は遭遇するんですかね?今日あたり潮江先輩のところにも行くかと思います」

「へー」

「それで、昨日不破先輩と鉢屋先輩に調べていただいた話によりますと、この【シャグマアミガサタケ城】は6年前にタソガレドキ城と戦になり落城、近隣の卜占村にて、城主だった姫が惨殺されたことがわかりました」

そこまで話すと、こなもんさんはにぃっと目を細め、たいしたもんだよ、と笑った。

「そうか、皆で協力してそこまで調べたのか。偉いもんだね」

「聞かせていただけますか?その姫様の話」

伊作先輩がそう言うと、こなもんさんは少しの沈黙の後、口を開いた。

「ああ。よく覚えてるよ、なんたってその戦は私が組頭になってすぐの事だから。シャグマアミガサタケのお姫様は、利発で、大人しいけど筋の通った可愛い子だったよ。そういえばどことなく三葉ちゃんに似ていたね。あそこの土地は豊かで、タソガレドキは最初同盟を組もうと持ち掛けたんだ。しかし、当時の城主幟竜武はそれを拒否。それで戦になった。その最中、幟竜武は病に倒れ、床に臥せった。その頃かな?

敵である筈のシャグマアミガサタケ城の家臣を、タソガレドキ城で見かけ始めたのは。

殿の身に何かあってはいけないと、私たち忍隊はその様子を伺った。どうやらその家臣は殿と交渉をしていたようで、度々密談に訪れていたようだね。その内容が『城主も村も差し出すので、我々の命と地位を保証してくれ』というものだ。しかし、殿はその要求を呑まなかった」

そこまで聞き、私と伊作先輩は顔を見合わせる。
先程聞いた不破先輩と鉢屋先輩の話によると、その話を呑んだタソガレドキ城主がシャグマアミガサタケ家臣に姫を殺せと命じたように思えたが、違うのかな?

「正直戦が長引きすぎてね、幟竜武も病死したことだし、跡継ぎもいない。だからタソガレ軍は撤退令を出されていたんだ。しかし、その伝令が出された直後、シャグマアミガサタケ家臣は独断で、姫を惨殺し、その首をうちの殿に差し出したんだよ」

こなもんさんは、やれやれ、と言った具合に肩を竦め、勝手だよね、と呟いた。

「私はその時城にいたけど、まだ忍隊に入りたての陣左が卜占村を偵察中に、その現場を目撃したと報告を受けた」

そう話を振られた高坂さんは、コクリと頷き、口を開く。

「今も鮮明に覚えています。まだ若い女子が、大勢の家臣に殴られ、斬られ、燃え盛る村の中でまるで見せしめのように嬲られていました。彼女は首を落とされるその寸前まで、家臣に対して恨み言を叫んでいました。『裏切り者』『許さない』『この恨み、忘れるものか』と」

黙って話を聞いていたら、突然床に置いてあった本が勝手にパタパタと捲れていった。
パタリ、と開かれた貢を見ると、そこには【許さない】の文字。その隙間にかすかに見える【絹】と【宝物】という文字。

「こなもんさん、そのお姫様のお名前は、絹という名では?」

「おや、それも調べたのかい?」

「いいえ、今ここに記されました」

本が勝手に!!と騒ぐ伊作先輩を無視し、こなもんさんはそうそう、と続ける。

「姫の名は絹、で合ってるよ。たしかその後、次々と卜占村で死体が見つかってるっていう噂があるらしいね」

「ああ、長次が言っていました。戦が終わったのに、卜占村で新しい死体が今も見つかり続けてるって言う噂ですよね」

伊作先輩と私は、数日前中在家先輩から聞いた噂のことを思い出し、こなもんさんを見た。
すると、私たちが聞きたいことなどお見通しとでも言わんばかりの笑顔で頷く。

「ああ、じゃあその噂を中心に詳しく調べてみよう。」

「「ありがとうございます!!」」

深々と頭を下げる私たちにうんうんと頷き、こそこそと何かを高坂さんに耳打ちすると、こなもんさんは立ち上がった。

「明日また顔を出すから、何処か人気の無い場所で会おうね、三葉ちゃん」

どことなく意味深にそう言うと、こなもんさんと高坂さんは天井裏へ消えた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「雑渡昆奈門さん、最後のはちょっと変質者くさかったけど、タソガレドキ忍軍の情報網があれば、もっと深いところまでわかるかもしれないね」

伊作先輩のその言葉に私は頷き、先程本に浮かんだ文字のことを伊作先輩に伝えた。

「伊作先輩、また新しい文字が浮かびました。今度は【絹】と【宝物】です」

「絹、はお姫様の名前なんだよね?宝物ってなんだろう?」

「あと今まで【助けて】だった文字が【許さない】に変わりました」

「えぇぇなにそれ怖い!!許さないってなにを!?僕たち!?」

あわあわと慌てふためく伊作先輩を横目に、私は思案する。
こなもんさんと高坂さんが『姫の最期』を語っている時に、本に浮き出た姫の名前と何かを示す言葉。
私は今まで頭の隅にちらついていた事を、確信を持って伊作先輩に話す。

「伊作先輩、この本、ちょっとおかしいです」

「そりゃ読んだら祟られるなんておかしいに決まってるよ!!」

「いいえ、そうじゃなくて。この本、限られてはきますけど、まるで何かに導くように言葉が浮かぶじゃないですか。ただ祟るだけならこんなの浮かんでこないと思いませんか?」

そう言うと、取り乱していた伊作先輩はぴたりと動きを止め、確かに、と頷いた。

「僕らには見えないけど、文次郎や三葉ちゃんには、見える文字があるもんね」

「そうなんです。少ないですけど、私たちのように見える人はいます。なぜこんな…まるで助かる術を教えるような文字が浮かぶのでしょう?私には、誰かがこの祟りを阻止し、助けようとしている様に思えます」

伊作先輩もその意見に頷き、しかし一体誰が、と2人で頭を抱える。
ふるふると頭を振り、伊作先輩が私を見てこう言った。

「三葉ちゃん、わかったことを最初から考え直してみよう。【この本を読んだら七日で死ぬ、助かるには物語を完成させろ】…これはさっき三葉ちゃんが言っていたように、この本はその絹姫の恨みが詰まった呪いの本で、物語の完成とは絹姫の過去や想いを知ることだと僕も思う」

「はい。彼女の過去や想いを知ることで、結果彼女がして欲しいことがわかると思います。この本…いいえ、絹さんは、本当は祟るんじゃなくて、助けて欲しいのではないかと思います」

「そこだよ。僕もそう思うんだけど、じゃあ何故、彼女は色々と調べる僕たちを襲ったりするのかな?」

「そもそも矛盾してきますもんね、助けて欲しいのに、調べることが書いてある本を読むと祟られるなんて」

『まるで、2人で何かを取り合うみたい』そう言い掛けた私の声を遮るかのように、突然がしゃん、という大きな音が医務室に響いた。

「あーらら…大事なお話中なのに、何か来ちゃいましたね」

私がそう言うと、伊作先輩が飛び上がった。

「えええ!!!?来たって何が!?どうしよう!!」

「伊作先輩落ち着いてくださいよぅ、今回は大丈夫です」

そう言って私は懐からまあるい小さな珠を取り出し、自信満々に掲げた。

「じゃじゃーん、三ちゃん印のお守り珠〜」

「三ちゃん印のって…ああ、夢前三治郎君?」

伊作先輩が不思議そうな顔をして、私が取り出した珠を見る。

「はい、三ちゃん特製のこの珠を、医務室の四隅に置いといたのです。三ちゃんのお守り珠はそりゃもう強力な結界を作り出すので、伊作先輩の不運だって防げますよ」

「何それ欲しいんだけど!!」

「でも不運が珠の許容量を超えた時、伊作先輩はとても凄惨な最期を遂げます」

「やっぱりいらない!!」

そんなやり取りをしている最中も、箪笥はがたがたと揺れ、何かが扉を開けようとばんばん叩く音が響く。
叫び声のような、唸り声のような、そんなよくわからない声が、伊作先輩の名を呼ぶ。
雰囲気に呑まれた伊作先輩が医務室の真ん中で私にしがみ付き身を縮めている。
その時、ぴしっという音が聞こえ、私は思わず苦笑いする。
ぱん、ぱき、という音が次々と聞こえ、今まで煩いくらいだった医務室が急に静かになった。

「…終わった、のかな?」

そう言ってきょろきょろと部屋を見渡す伊作先輩に、私は首を振る。

「いいえ、お守り珠が、割れちゃいました」

「え?でも強力なんじゃ…」

「恨みの方が、強かったみたいです。ねぇ、絹さん?」

私が苦笑いで話しかけた方向を見て、伊作先輩は叫んだ。
誰もいなかった筈の医務室の奥に佇む…恐らく絹さんであろう…【ソレ】。

伊作先輩が私の手を引き、揃って医務室から飛び出す。

「うわぁぁぁ!!えーとえーとあにまにまねままねしれいしゃりてしゃみゃしゃびたいせんてもくたびしゃび…」

「伊作先輩、その呪文は違うと思いますよ?」


廊下を走りながら、恐怖で錯乱する伊作先輩。
そこにタイミング悪く、苦無を1本ずつ両のこめかみの所に括り付けた潮江先輩が走ってきた。

「曲者ォォォォおおおお!!?」

既に退散していることにも気付かないのか、こなもんさんに対して叫ばれた言葉は、途中から驚きに変わり、潮江先輩は伊作先輩と並んで走り始めた。

「なんだアレは!!?アレも曲者か!!?」

「アレは曲者じゃなくて、例の本の祟りの権化みたいなモノだよ!!」

私の力に潮江先輩の力も加わり、【ソレ】の移動速度が少し落ちた。

「潮江先輩、仙蔵先輩か小平太先輩を見ませんでしたかぁ?」

「小平太は知らんが、仙蔵ならさっき校庭に綾部を探しに行くと出て行ったぞ!!」

その言葉を聞き、私たちは校庭へと飛び出した。
卜占村の時と同じように背後から聞こえる呻き声に肝を冷やしながら走る。
すると、校庭の隅に運よく仙蔵先輩と綾ちゃんを見つけた。

「あやちゃぁん、せんぞぉせんぱぁい」

間延びした私の呼び声に、仙蔵先輩と綾ちゃんは揃って振り向き、珍しく揃って顔を引き攣らせた。…潮江先輩の姿を考えれば仕方ないと思うけど。
そのままの速度で綾ちゃんに飛び付くと、意外と逞しい綾ちゃんは私を軽々と受け止めて抱き上げてくれた。

「おやまあ熱烈。三葉、どうしたの?そんなに慌てて」

「今ね、丁度祟りのお姫様に追いかけられてたの」

早めに見つかってよかったぁ、と、私は綾ちゃんの首にしがみ付く。
ふと仙蔵先輩を見ると、纏わり付く伊作先輩を蹴り飛ばしているところだった。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「しかし、アレが祟りの権化か…不気味なもんだな」

「いやいや、文次郎。落ち着いて見ると、君のその格好も不気味だよ」

「あ?何がだよ」

「その頭の苦無だよ!!」

「は?伊作お前このかっこよさがわからんのか?」

「わかりたくもないな」

「仙蔵の言う通りだね」

「10kg算盤が無いからか?持ってくるか?」

「「(だめだコイツ)」」


気付けば姿を消していた【絹さん】に、ホッとした先輩たちの会話は平和そのものだけど、私は依然としてはっきりしない【絹さん】の祟りの目的と、助けようとしている【何か】の存在、それから本に浮かんだ【宝物】のことが頭から離れなかった。
そうこうしているうちに、気付けば、私たちに残された日数は、たった3日になっていました。


[ 13/118 ]

[*prev] [next#]