瞳に映る

いつもならすぐにさぼって出ていってしまう作法室。
寒さを感じて窓から外を見てみれば、空から雪が舞い落ちてきていた。

「おやまあ、雪だ」

「はわぁ…寒いと思ったら…」

感動も何もなく呟いた僕の声に、可愛いお返事。
僕をこの部屋にとどめている可愛い声の主は、無邪気に積もるかななんて笑いながら、大きな瞳に僕を映した。
僕と三葉以外誰も居ない作法室。
外は雪が降っていて、きっと今頃皆この光景に夢中になっていて、多分だけど、誰もここには来ないと思う。
これを機に、僕はかねてから三葉に聞きたかったことを聞こうと口を開く。

ねえ三葉、好きな食べものは何?好きな色は?勉強は何が得意で、何が苦手?怖いものはある?今ハマっているものは何?長い休みの時は何をしているの?遊びに行くならどこが良い?今欲しいものはある?

だけどそれは言葉になってはくれなくて、また僕の喉の奥まで逆戻り。
三葉と仲良くなってからもうずいぶん経つっていうのに、他人にあまり関心を持たない性格が災いして、僕は三葉のことを知っているようで知らなかった。
そのことに気付いた時は、そりゃもうショックだったよ。
タカ丸さんや滝や三木や守一郎は、無責任に聞いてこいなんて軽く言ってくれるけど、そのハードルがどれだけ僕にとって高く険しいものなのか、あいつらは全然わかってないんだ。
実習の時の、指先で地図を辿るみたいにはうまくいかない。現にそのスタート位置にさえ、僕は立てていないんだから。

「積もるかなぁ?」

「どうかなぁ?」

「積もったら、雪合戦して遊びたいねぇ」

「そうだねぇ」

今の会話だって、三葉は雪が好き『かもしれない』ってことしかわからない。
降り始めた雪はどんどんと勢いを増して、地面を白く染めていく。
その光景だけを映す大きな瞳は、雪を反射してきらきらと煌めいていた。

「三葉」

その瞳の中に僕が映っていないことが気に入らなくて、名前を呼んでみる。

「なぁに?」

すると、心が温かくなるような笑顔で、三葉は振り返って僕を見た。
それを見て、僕は改めて思う。
何時までもこの笑顔を見つめていたい。その大きな瞳に、ずっと僕を映していて欲しい。
子供みたいな、情けない独占欲。
だけど三葉が笑うだけで、僕の世界は穏やかな色彩に彩られていく。いつでもどんな時でも、思い浮かべる三葉の笑顔だけは色褪せることがない。
降り積もる雪とよく似た髪のこの子は、今の雪みたいに僕の心の中にずっとずっと降り積もっている。それはいつしか花になって、僕の心に咲いたんだ。

「ねえ、僕と、…ちょっと、お話ししない?」

なんて情けない誘い方。
だけどこれが、今の僕の精一杯。
傍にいて、なんて恥ずかしくて到底言えない。
言葉にできない代わりに、三葉の小さな手に、そっと触れてみる。
すると三葉は、頬を桃の花のように染めて、こくりと頷いた。

「…いいよ」

大きな瞳の中にいる僕は、顔を真っ赤にして何か言いたそうな目をしていた。
ああ、忍者のたまごとして、なんたる大失態!!

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