閉じ込められた僕等と天使

押しても引いても微動だにしない扉を前に、7人は嫌な汗を背中に滲ませていた。
古い建物なので、おそらく全員で力を合わせれば扉はたやすく蹴破れる。けれど誰一人としてその案を口にしないのは、雰囲気に呑まれたからか、はたまた、扉についた小さなガラスの向こうに見えるのが、不自然なほど真っ黒な闇だからか…。
暫く諦めきれずに取っ手を揺すってみたが、いつまでたってもらちが明かないので、仙蔵が大きな溜息と共に諦めの言葉を口にした。

「無理そうだな。他の出口を探すにしても暗すぎる、ひとまず明かりを探そう」

踵を返した仙蔵に無言で従う伊作たちは、てんてんと光る非常口の明かりを頼りに事務室へ向かい、そこで非常用の懐中電灯を2つ手に入れ、重い足取りで教室へと戻った。
先の見えない廊下に、またさっきのような不気味なものが潜んでいそうな雰囲気がする。また遭遇しては堪らないとばかりに慣れた教室へ駆け込んだ7人は、小さくともる灯りに驚き、それに照らされる光景に安堵した。

「天使…」

「ほぇ?」

小さな鉄の皿に、細い縄。油でも染み込ませてあるのか、縄はじりじりと燃え、周囲をほのかに照らし出している。暖かい光に照らされ、物憂げな表情をして佇んでいた三葉は、教室に飛び込むなり両の手を組んだ三郎に首を傾げた。

「その様子だと、やっぱりだめでしたか?」

「うん。出れなかった」

「そうですかぁ。なんとなくね、変な感じはしてたんです」

飛び出して行ったけれど結局戻ってきた7人に、予想でもついていたのか大して驚きもせず問いかけた三葉に、伊作が悲しげに頷く。
すると小さな手で彼の頭を撫でながら、少女はさりげなく明かりを彼らの傍に寄せた。

「変な、感じ?」

「うーん、むずかしいですけど、箱に蓋をするみたいな、部屋の扉を閉めるみたいな、そんな感じです」

訝しんだ仙蔵にそう説明すると、三葉はごそごそと懐や袖、帯、はたまた忍足袋の中をあさり、取り出したものを机の上に並べ始めた。
なんだなんだと目を見開く7人を尻目に、マイペースに持ち物確認を始める。

「苦無が1本、縄と、油と、火種、こしころ、棒手裏剣と手裏剣が4つかぁ…とりあえず武器はありますね」

持ち物確認を終え、一人でうんうんと納得しだした少女は、あっけにとられている彼らに笑顔で告げた。

「さあ、では出発しましょう」

「どこに?」

「お外です」

「…いや、扉が…」

「開かないんですよね?窓はどうでしたか?」

「まだ」

「試してませんよね?じゃあ確認しに行きましょう」

「でも」

「他の脱出場所を探すんですよぅ」

「他の脱出場所?」

「どこかにあるはずなんです」

「しかし」

「探さなきゃあるものも見つかりませんよ?」

伊作、長次、守一郎、兵助、喜八郎、三郎が少女の言葉に異を唱えようとするが、喋り終わる前に却下され、困惑顔。
それを見ていた仙蔵が、大きな溜息を吐きながら少女に言い聞かせるように言う。

「…下手に動くより、このままここにいて夜が明けるのを待った方がいいんじゃないか?」

すると、その言葉を聞いた三葉の瞳が、虹色に揺らめく。

「夜が…明ければいいんですけど」

「…明けるだろう?」

「というか、今は一体、何時なんでしょうね」

「…なにを……」

三葉の声に、かすかな怯えを見せた仙蔵。そんな彼に、少女は大きな瞳を向けた。
そして、意を決したように、教室の窓を見る。

「外、見えないんです」

何故、と聞こうとした仙蔵は、そこで言葉を飲み込んだ。
彼女につられるように視線を動かした窓の外側。普段なら、街の明かりがまぶしい位に見えるそこには、真っ暗な闇がある。
…いや。正確に言えば、それは闇ではなかった。

「ひっ…」

引き攣った喉から漏れた悲鳴に触発されたのか、それが蠢く。

「…あんまり、見ない方がいいですよ」

そう言って仙蔵の袖を引き、目を逸らさせた三葉の背後に位置する窓には、到底五体満足とは言えない“ナニ”かが、大量にへばりつき蠢いて、声にならない悲鳴を上げ続けていた。

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