デルタ△ガイ

閉じていた瞼を貫く眩しい日差しで目を覚ましたのは、6年は組の善法寺伊作。
あくびを漏らしながらむくりと体を起こした彼は、衝立に空いた拳大の穴から隣で眠る同室の友人を伺い、その大きないびきにそっと微笑んでから気配を殺さず布団から出て扉を開ける。
見上げた空はどこまでも澄み渡る青空で、心が洗われる光景に伸びをしながら、突き上げた手を胸の前でぐっと握った。

「よーしっ、今日こそ!!」

肝心な部分は声に出さず心の中でだけ強く誓った青年の頭に、ぽちゃっと鳥の糞が直撃した…。

いつもと変わらない決意の朝。彼はまず顔を洗うために井戸に向かう…途中で廊下で転び、助けに駆けつけてくれた同室の友人、食満留三郎と共に気を取り直して井戸に向かう。
そこで何故か鶴瓶桶が頭に直撃し、驚いてあわや井戸に落ちそうになったところを、力自慢の友人七松小平太に助けられ、心優しい友人中在家長次が大丈夫かと小さな声で心配してくれる。
それに笑顔で平気だよと答えれば、相変わらずだなと意地の悪い友人立花仙蔵が優しく笑い、まったくお前はトロ臭いなと世話焼きの友人潮江文次郎が水を汲んでくれる。
何度も何度も不運に心折られそうになった時、彼らだけは決して伊作に背を向けず、明日はきっといいことあるさと手を差し伸べてくれた。
素晴らしい友人たちに恵まれたことを今日も心の中で感謝し、伊作は今日も心から笑う。
さて、そんな青年の決戦の刻は本日午後。普段ならば委員会で忙しいはずなのだけれど、天からの祝福かそれとも奇跡か、伊作は本日医務室当番ではない。
と言っても下級生しかいない保健委員会が心配ないはずもなく、必ず一度は顔を見せて様子を伺うのだけれど。
『大丈夫かい?』と問えば『任せてください』と返してくれる頼もしい後輩を信じ、彼は笑顔で医務室の扉を閉め、長らく胸に住まわせていた想いを抱きしめる。
今にも踊り出しそうな軽い足取りで廊下を走り、途中先生に見つかり叱られ驚き足首を捻りかけたのだが、何とか体勢を整えて心に住まう少女を探す。

「三葉ちゃん…」

名前を口にするだけで、彼の表情は綻び胸は躍る。

「三葉ちゃん…」

春の化身のような、愛らしい少女。陽だまりのような笑顔で、優しくて、おっとりで、のんびりで、伊作をいつも助けてくれる、強い少女。
何食わぬ顔をしてそばにいたけれど、でも内心はいつだって少女を独り占めしたかった。紫の可愛くない後輩には悪いけれど、彼より2年も早くこの学園を巣立ってしまう伊作はここ数日間ずっと考え、思い、悩んで決めた。

「三葉ちゃん、僕ね、僕は君がずっと、ずっと好きなんだ!!」

廊下を曲がった先に見える校庭で日を浴びているだろう少女を見つけるよりも先に、口から勝手に零れてしまうほど大きな大きな気持ち。これをどうやってあの初心な少女に伝えようか、それも伊作の悩みの種の一つ。怯えさえないように、驚かせないように、やんわりと、でも自分の気持ちがちゃんと伝わるようにしっかりと、紳士的に…そうして立ちない頭を捻りに捻った傑作の告白を頭に浮かべ、あとは途中で噛まない様にとか色々考えながら頑張るぞと廊下を曲がったその瞬間、彼の腹にぽすりと衝撃。
下級生でも突き飛ばしてしまったかと慌てた伊作の顔が、青から白、その後赤く変わった。

「三葉、ちゃん…」

「は、はぅぅ…」

視線の先には、探していた少女。いまにも頭から湯気を出してぶっ倒れてしまいそうなほど真っ赤っかになってカチコチに固まっている少女は愛らしい鳴き声をあげ、同じくらい赤くなっている伊作の顔を見るなり踵を返して逃げ出した。
その行動で自分の大きな独り言が聞かれたことを悟った伊作は、ゆっくりと持ち上げた行き場のない手を火照る額へ無理やり誘導し、あああとか細い悲鳴を上げながらその場に蹲る。

「確実に、伝わったけどさぁ…!!」

最悪のタイミングで行われた最高の告白。僕ってなんでいつもこう…と弱音を吐きかけたがしかし、伊作は次の瞬間勢いよく顔を上げ、決意漲る表情で立ち上がり、逃げた少女を追いかけ始めた。



………のだが、勘のいい三葉を不運大魔王などが掴まえられるはずもなく。
彼が少女を掴まえる間の数日間に、事態は大きく動くのであった。

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