育児決定

あまりの衝撃的発言に固まってしまった伊作と澄姫だが、雑渡さんの声でハッと顔を上げた。

「もう少し詳しく、いろはちゃんに聞いてみたらどうだい?」

「そ、そうね…そうだわ、ねえいろはちゃん、あなたどこから来たの?どうしてあんなところで泣いていたの?」

不思議に思っていたことを問い掛けると、いろはの顔はくしゃりと歪んだ。

「あのねー、いっちゃんおそとでかあさまとあそんでたの、そしたらねー、ごろごろーってしてね、ぴかーってしたらかあさまいなくなっちゃってねー」

「…よく、わかんないですね」

「子供の話は難解だからねぇ…」

身振り手振りで必死に話すいろはだが、内容が全くわからない。外で遊んでいたら雷が鳴って、気付いたら学園の前にいたということなのだろうか?
困ったように笑う澄姫と、どうしたもんかと首を傾げる伊作。
そんな2人に溜息を吐いて、雑渡さんは立ち上がった。

「仕方ない、その子のことは我が忍軍に調べさせよう。どうせこれから忙しくなるでしょ?そろそろお暇するよ」

ご馳走様、と言って雨の中姿を消した雑渡昆奈門。そんな彼の言葉で、澄姫は額を押さえた。

「とても助かるけれど、いつか部下の人たち怒りそうよね…さ、じゃあいろはちゃん、学園長先生のところに行きましょうか?」

「がくえーちょーせんせー?」

「そうよー、いい子は学園長先生にご挨拶するのよー?」

「いくー!!いっちゃんいいこだからごあいさちゅできるー!!」

「そうなのー、偉いわねー」

嬉しそうに万歳するいろはを抱いたまま、澄姫は立ち上がった。まるで本当に母親のような彼女を見て、伊作は笑みを零す。

「じゃあ僕は留さんにいろはちゃんの着物や色々入用の物を用意させるよ」

「そう、じゃあお願いね」

「ばいばーい」

可愛く手を振るその姿に満面の笑みで手を振り返して、伊作は彼女たちを見送った。そして誰もいなくなった…筈の医務室の天井に、どかりと苦無を投げつける。

「おぅわ!!!」

「と、言うわけだから。すぐ用意できるよね、変質者?」

「誰が変質者だ!!だが任せろ!!」

悲鳴の聞こえた天井にそう言うと、ひょこりと顔を出した留三郎がぐっと親指を突き立ててとってもいい笑顔で答えた。




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いつの間にか弱まった雨脚。いろはを抱えて、澄姫は学園長の庵へと向かった。

「学園長先生、お話がございます」

「ん?珍しいのお、入りなさい」

庵の外から声を掛け、返事の後扉を開けて入室する。ヘムヘムとゆっくりお茶を楽しんでいた学園長は、彼女の姿を確認するなり勢い良くお茶を噴いた。

「なっ、なっ、」

驚きのあまり喋れない学園長に、抱えた少女のことを掻い摘んで説明すると、学園長は唸りながら何かを考え込んでしまった。

「わんわー!!わんわぁー!!」

「ヘムぅ、ヘムヘムっ」

「きゃー!!かーいーねぇ!!」

しかし、真剣な表情をしているのはどうやら澄姫だけだったようで、学園長はいつの間にかヘムヘムと戯れるいろはをだらしのない笑顔で見つめていた。

「ほー、かわいいのー。まるで孫ができたようじゃ!!澄姫、しっかり面倒見るんじゃぞー」

「は?面倒見る?」

突如投げかけられた言葉に、さすがの澄姫も処理ができずに思わず聞き返してしまった。

「は?って…お主こんな小さな子を放っておく気か!?親御さんが迎えに来るかもしれんし、タソガレドキの忍軍も動いとるんじゃろ?なら、その間の面倒はお主がしっかりと見ないと!!なー?いろはちゃん?」

でれりとした笑顔で、甘くいろはにそう話し掛ける学園長の姿はもう完全に孫ボケした只の爺さんで、澄姫は額を押さえた。

「…なんでこの私が…」

小さく呟くも、どうせどんな抗議をしたところで学園長命令じゃあと怒鳴られることは火を見るよりも明らか。

「がくえーちょーせんせ?」

「なんじゃなー?」

「あー!!いっちゃん、いろはっていうのー!!えとー、よろしくおねがー、しま、しゅ?」

遠い目をした彼女の隣で、思い出したとばかりに元気良く手をあげて挨拶し、頭を下げる真似をしてそのままころりと転がったいろはに、学園長は物凄く嬉しそうに頷いた。

「おーおー、お利口さんじゃのー!!」

「かーさまー!!いっちゃんごあいさちゅ、できたー!!」

「…はいはい、偉いわねー…」

「きゃはー!!」

こうして、忍術学園一の美貌と優秀さを誇る澄姫の育児は始まった。

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