帰還

夜明け前の空を背負い、澄姫は学園の裏山を駆けていた。
もう少しで忍術学園、というところで、覚えのない気配を感じ取る。
忍務に出て今日で丁度十日目。出かける前には感じなかったその気配に、胸の奥がざわつく。
太い木の枝を強く蹴り、一際高く跳躍し、音もなく地面に降り立つ。
目の前には出発前と変わらない忍術学園の看板。校門。
ふう、と息を吐き、こんこん、と軽く門を叩く。
するとはーい、という返事と共に、重い音を立てて門が開く。
相変わらずのほほんとした顔の事務員小松田さんがひょっこりと顔を出し、こちらの姿を確認するとにっこりと笑って、おかえりと入門表を差し出してきた。



「ただいま戻りました。」

さらさらと慣れた手つきで入門表にサインをすると、小松田さんの後ろから仙蔵がひょこりと顔を覗かせた。珍しいこともあるものだと目をぱちくりさせていると、更にその後ろからもっと珍しい顔がぴょこっと出てきて、ますます驚いてしまった。

「仙蔵はまぁともかくとして、小平太までお出迎えなんて珍しいわね」

「澄姫、戻って早々申し訳ないが、少し話があるんだ」

どことなく落ち着きのない仙蔵の様子に困惑し、小平太を見やると、彼にしては珍しくむっとしたように下唇をかんで黙りこくっていた。

「わかった。学園長先生と山田先生に報告したら、話を聞くわ」

仙蔵にそう告げて踵を返そうとしたら、腹の辺りが後ろに引っ張られた。
振り返ると小平太が、俯いたまま装束の裾をぐっと掴んで

「…私も行く」

と、らしくもない小さな声でぼそりと呟いたので、澄姫は思わず溜息を零す。
結局ぞろぞろと三人で学園長の庵まで移動することとなり、小松田さんには仲良しだねーなんて笑われてしまった。




学園長の庵に行くと、そこには山田伝蔵の姿もあり、澄姫はぺこりと頭を下げた。

「平澄姫、只今忍務より帰還いたしました。」

「おぉ、澄姫。ご苦労であった。入ってきなさい」

学園長先生に促され、澄姫は障子を開け学園長の前まで進む。
勿論、仙蔵を引き連れ腰の辺りに小平太を引っ付けたままで。
その状態に学園長も伝蔵も驚きを隠せないようだった。

「なんじゃ、珍しいものをくっ付けておるのぅ」

「はい。まずは報告からですが、忍務は当然無事に遂行いたしました。勿論学園一優秀なくのたまの私澄姫の実力があれば問題など発生するはずもないのですが、忍術学園ナンバーワンの澄姫といえども、さすがに遠方のため移動に時間がかかってしまい十日も日数がかかりました」

一息で存分に自画自賛を含んだ報告を終え、それで、と澄姫は続ける。

「学園の裏山で、覚えのない気配を学園の中から感じました。私が不在の間、何かあったのですか?」

疑問を学園長にぶつけると同時に、腰にくっついた小平太の腕にぐっと力が篭り、澄姫は思わずぐふっと呻いた。

「さすがは澄姫じゃの。気配を感じ取っておったか」


お茶を啜る音と共に、学園長から聞かされたのは、まるで御伽話のようだった。





一刻ほどの後、庵から出た澄姫の顔には疲労が滲んでいた。

「まぁ、そう言うことでな。小平太がそんな調子なのも天女様のお陰だ」

嫌味をたらふく含み、仙蔵がちらりとそっぽを向く。

「話はわかった。わかったから、小平太。いい加減離れなさい。内臓が「いやだ、くさい」うぐぅ」

そう、澄姫が学園に戻ってからずっとくっついている小平太は、先程学園長から天女様とやらの話を聞かされてからずっとくさい、くさいと澄姫の装束に顔を埋めて離れてくれないのだ。

「こ、小平太。確かに忍術学園一の美貌を誇るこの澄姫、忍者とはいえ滲み出る美しい香りが馨し「澄姫は血と硝煙臭いぞ」殴るわよ」

いくら説得しても離れてくれない小平太の無邪気な暴言に、澄姫はこめかみのあたりをひくつかせ、忍務帰りだし、と言い訳じみた独り言をぶちぶちと零した。


「そう言ってやるな。人間にはわからんが何か感じるものがあるんだろう。澄姫が戻るまでは私から離れなかったしな」

「へぇ、いつもは真っ先に長次にくっついていく小平太が?珍しいこともあるのね」

軽い気持ちで返した澄姫だったが、その瞬間二人の表情が引き攣ったのを見逃さなかった。
そして、仙蔵の一言で学園に戻る前から感じていた胸騒ぎの正体を知ることとなる。

「…澄姫、長次は、長次、は…天女様の傍に居る」


目の前が真っ赤に染まった。

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