とある少女の物語(後)
その日を境に、朱雀はどんどんおかしくなっていった。
朱雀の周りにも変化はあったのだが、それに気付かないほど、力に溺れていた。
ある日、朱雀は澄姫とあまり接触が図れなくなった。同時に、その弟である滝夜叉丸も常に誰かと行動を共にするようになった。
募る苛々を持て余していた時に、萌黄色が大きな籠を抱えてぶつかってきたので、感情のままに手を挙げようとした。
すると、どこからか飛び出してきた友人であるはずの伊作と留三郎が、鋭い目つきで朱雀を睨み、あろうことか武器を構えた。
(これも、あの女の影響か…)
何故かそういう考えに至り、朱雀は留三郎を完膚なきまでに叩きのめした。
いつの間にか血塗れで動かなくなった彼を、その場に置き捨てて、彼はその場を去った。
(これで、留三郎は伊作に手厚く看護してもらえる…)
ある日、朱雀は珍しくついてきた澄姫に刺々しくあしらわれた。その晩、真剣な瞳で部屋を訪れた彼女を、本気で殺してやろうと思った。
しかし、彼女を殴っている途中で体に違和感を感じて、ふと思いつく。
幸い、今は男の体。彼女を孕ませてやれば、長次は愛想を尽かすし、彼女もまた学園を去るしかなくなるだろう。
正直戸惑いしかないが、まぁ何とかなるだろうと思い、抵抗する彼女を組み伏せて事に及ぼうとした。
残念なことに駆けつけた5年生と6年生に阻止されてしまったが、朱雀の放った一言ですごすごと退散していった彼らを見て、朱雀はくつくつと喉の奥で哂う。
(ほら、皆従う…俺に、私に、従うんだ…)
それからというもの、まるで足元の崖が崩れたように、朱雀は堕ちていった。
敵意を向けるものは力で制し、不信感を抱くものは説き伏せる。
それが、できていると思っていた。
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どうして、こうなってしまったのか。
逆さ吊りにされたまま、朱雀は怯えた瞳で目の前に立つ少年を見る。
あちこち痛む体、止まらない血、そして
「、ま、待って!!いやだ!!このままじゃ殺されちゃうよ!!助けて!!長次!!」
必死に縋りつくように助けを求める朱雀の言葉を聞いて、振り返った長次の瞳に浮かぶ、激しい怒りと憎悪。
「…ふ、ざけるな…嫌だ?助けて?…彼女には…澄姫には死んで当然だと言っておきながら、自分は死にたくないとでも言うのか?澄姫には生きる権利がなく、お前にはあるとでも言うのか!?」
彼の激しい怒号に、朱雀の顔が歪む。
朱雀の前に立っていた少年…綾部喜八郎は、あーぁ、とその大きな目を伏せた。
「おやまあ、本当、救いようもないね」
そう呆れながら呟き、近くにあった大きな岩を踏み鋤で叩いた。
かーん、という音が響いた直後、ぱん、という軽い発砲音が遠くから聞こえ、それとほぼ同時に朱雀を吊るしていた縄がぶちりと切れた。
朱雀は叫ぶ間もなく、重力に従い大きな穴へどさりと落ちる。
「おやまあ、三木ったら良い腕」
暗い穴の中に落とされた朱雀の耳に届いた最後の声。
そして、どんどんと遠ざかっていく足音。
「い、いやだ!!出して、助けて!!何でもするから!!助けてぇ!!」
必死にそう叫ぶも、返ってくる言葉などない。
一体どうしてこんなことになってしまったのか、どうして自分ばかりがこんな目に遭わなければいけないのか。
空想の中では、朱雀はとても人気者だった。全学年、教師からも大幅の信頼を受け、楽しい騒動を友人たちと解決して暮らしていくはずだったではないか。
「どうして思い通りにいかないの!?なんで私だけがこんな辛い思いをしなきゃいけないの!?どうして、どうして!!」
がりりと壁に爪を立て、足を掛けて何とか登ろうと試みるが、物凄く丁寧に均された穴の中の壁は、朱雀の手も足も拒む。
遠く遠く見える空は、まるであの時と同じ。
「私何も悪いことしてないのに、どうしていじめられるの!?じゃあ私はどうすればよかったの!?誰か助けて!!死にたくない、死にたくないよぉ!!」
完全に取り乱した朱雀は、がりがりと爪が剥がれるのも厭わず壁を登ろうと手を動かす。
「弱かったからいじめられたの!?だから強くなったら、強く…」
そう叫んで、朱雀の動きがぴたりと止まる。
恐怖に支配されて、自分よりも強いと思う者の瞳を見て、朱雀は唐突に気が付いた。自分が学園でしてしまったことは、向こうの世界で自分がされたことのもっともっと酷いものだと。
気付いてしまった。優しく伸ばされた手を振り払ったのは、自分だと。
自分の考えた空想なんかにしがみ付いて、拘って…いつしか、妄想までもを練り込んで。
アニメでも、確かに皆仲はよかったが、誰と誰がくっついて…なんて話はない。そして、いくらここが忍術学園だとしても、“アニメの”忍術学園だとは限らない。いくつもいくつもある不思議な世界の、まったく違う忍術学園だとしたら…朱雀の中では“アニメ”でも、ここの世界の彼らは確かにしっかりと“生きて”いる。
剥がれた爪を眺めて、朱雀はポロリと涙を零した。
せっかくやり直せるチャンスを、自分で潰してしまったことが悲しかった。
あんなに憧れた空想を、自分の手で滅茶苦茶にしてしまったことが悲しかった。
「…ごめ、ん、なさい…!!!」
そして、あんなに憧れた学園を、自分が壊そうとしてしまったことが悲しかった。
小さく呟いた朱雀の体は、あの日と同じように突然消えた。
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『−−それでは本日のニュースです。今日未明、閑静な住宅街で痛ましい事件がありました。中学2年生の女子生徒が、自宅のマンションの屋上から転落、発見した通行人が通報しました。女子生徒は病院に搬送されましたが、全身を強く打ちまもなく死亡しました。死亡したのは事故のあったマンションに住む宇賀原史雄さんの長女で宇賀原寿々子さん14歳。警察は事故の方面で捜査しつつ、学校でいじめなどがなかったか調査を開始し−−−』
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