燻る気持ち

秋も深まり、風が大分冷たくなってきた頃。
学園の裏山も赤や黄色で色づき始め、そろそろ冬の訪れを匂わせている。

そんな裏山の一角で、静かに佇む深赤色。
彼女の足元には、ほんの少しだけ周囲と色の違う土が微かに盛られていた。
そこに向かって、俯く。

そんな彼女の後ろの茂みから、小さく声が掛けられた。

「…澄姫」

控えめに彼女を呼びながら姿を現したのは、彼女の恋仲である中在家長次。
しかし、彼女は俯いたまま返事もしなければ振り向きもしない。
さして気にした様子も見せないまま、長次は静かに澄姫の隣に並んで地面を見つめた。


「…ごめんなさい」

突然小さく呟かれた彼女の言葉に、長次はふと顔を上げる。
彼の隣で、悲しそうに眉を下げる澄姫。

「私、彼の力になれると思って色々相談を受けていたけれど…そもそもの原因は私だった…私のせいで滝があんな辛い思いをして、仙蔵も留三郎も怪我をして、まだ小さな1年生たちに怖い思いをさせてしまったのね…」

そう呟き、唇を噛む。
そんな姿を見て、長次は首を振った。

「…澄姫の、せいではない…」

そっと彼女を抱き寄せながら、しっかりと告げる。
そう、そもそも、何故あんなに彼は…青龍院朱雀は澄姫を嫌っていたのだろうか。彼女が何かしたとは考えられないし、気に障る行動を取ったとも思えない。彼女の身代わりを勤めた鉢屋三郎にも聞いたが、そっけない態度を取っただけで悪口を言ったり、まして攻撃を仕掛けたこともないと言っていた。
あの日彼が口走っていた言葉も、ひとつも理解できない。

ただわかっていることは、彼がとても自己中心的な理由で彼女たちを傷付けたことと、何か深い闇を抱えていたということだけ。
一体どうしてこんなことを、と考えたところで、返ってくる答えはない。

彼の存在が、忍術学園に深い傷を残した。

長次はぎゅっと澄姫を抱き締め

「…澄姫が、無事でよかった…」

小さくそう呟いた。




−−−−−−−−−−−−−−−−−
あの日、喜八郎と共に学園に戻った長次は学園長に報告を済ませてから、ずっと彼女の傍にいた。
1年は組の子供たちが次々に元気になり、仙蔵と留三郎が何とか起き上がれるようになっても、彼女だけは目を覚まさなかった。
伊作と新野先生が、ずっと付き添っている長次を酷く心配したこともあった。
心遣いは有難かったが、それでも長次は頑として彼女から離れなかった。
仙蔵と留三郎が歩けるようになった頃、ようやっと澄姫は目を覚ました。それに安心した長次は、一日しっかりと睡眠をとり、そして、裏山へと足を向けたのだ。
あの日のあの場所へいくと、そこには当時のままの大きな穴があった。
長次が中を覗き込むと、不思議なことに中は空だった。
懐に苦無と縄標があることを確認した彼は、徐に穴に飛び込んだ。穴の中の壁のあちこちに引っ掻いたような跡や登ろうと足を掛けたような跡が見られたが、そのほかには何もない。
通りがかりの誰かに助けられたのか、それとも運良く1人で登りきれたのか、詳しいことはわからないが、長次はそこで安堵の息を吐いた。
それは彼が生きているということよりも、まだ4年生である後輩の手を汚さずに済んだという安堵感から零れたもの。
あの時はすっかり頭に血が上っていたが、冷静になってみるとぞっとする。

長次は穴の壁に苦無を突き立て、それを足がかりに穴を出た。
そして、学園に戻り見てきたことを喜八郎たちに教えてやった。


そうして、ゆっくりゆっくり時間をかけて、学園はその傷を癒していった。
次第に彼女も回復し、怪我を負った1年生たちも元気に遊びまわる姿があちこちで見かけられるようになり、いつも通りの…彼が編入する前の学園の姿を取り戻したと、誰もがホッと胸を撫で下ろした。

そんなある日、彼女に聞かれたのだ。
あの後、彼が一体どうなったのかを。

長次は少し躊躇ったが、真剣な彼女の瞳に負けて、全てを話した。
悲しそうな顔をして聞いていた彼女は、最後に小さく、そう、とだけ言って、ふらりと姿を消した。



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「…いつまでも、うじうじしていたらだめね…」

澄姫は長次の腕の中でそう呟いて、一度だけふるりと頭を振った。

「彼のことは何一つ、最後までわからなかったけれど、生きているのならいつかまた会えるかもしれないし…」

心の中でどうしても燻ってしまう思いを無理矢理抑え込んで、長次はじっと彼女の瞳を見る。

「何も失わなかったのだから、もう許して頂戴?」

そう可愛くお願いされて、長次は長い溜息を吐いた。

「…澄姫に、おねだりされては…断れない…」

困ったような長次の微笑に、澄姫は鮮やかに笑った。



−2人目の天女編 完−

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