下された決断

その日の夜、青龍院朱雀は学園長の庵に呼ばれた。
彼が扉を開けると、庵には学園長と土井先生、山田先生、そして6年生の潮江文次郎と善法寺伊作、5年生の久々知兵助と鉢屋三郎、4年生全員と3年生の三反田数馬が神妙な顔で正座していた。

「待っとったぞ」

「はぁ…俺に何か用ですか?」

眉を顰めた朱雀に文次郎が舌打ちするが、それを制するように学園長が咳払いをした。

「うむ、お主に少し聞きたいことがあっての」

そう言って、学園長は朱雀に座るよう勧めた。大人しく学園長の正面に腰を下ろした彼は、わざとらしく首を傾げる。

「聞きたいこと、ですか?なんでしょう?」

「…お主も知っていると思うが、6年生の食満留三郎と平澄姫、それに1年は組全員が何者かに襲われて大怪我をした。先生たちに調べてもらったが学園周辺に不審な者はおらなんだ」

そこまで聞いて、朱雀の眉がひくりと跳ねた。

「更に、ここに居る者たちに詳しく話を聞いたところ、お主の名前が挙がっての…その真偽を、確かめるために呼んだのじゃ」

学園長がそう言うと、暫くの沈黙の後、部屋にひとつの大きな溜息が零れた。全員がぎょっとして朱雀を見ると、彼はふるふると首を振った。

「言ってる意味がわかりません」

「…っ!!君がやったんじゃないのかって聞いてるんだよ!!」

失笑交じりに呟いた朱雀を見て、珍しく伊作が声を荒げる。すると、朱雀はニヤニヤとしたいやらしい笑みで伊作を見た。

「っ何を笑ってるの!?何がおかしいの!?留さんは、留三郎はッ、もう少しで…もう少し遅かったら…!!」

「仲が良いんだねぇ、そんなに心配?」

「当たり前だろう!!」

激昂したように叫ぶ伊作を文次郎が宥めるが、朱雀はますます楽しそうに笑う。ともすれば彼に飛び掛っていきそうな伊作を見て、学園長は小さな声で落ち着きなさい、と呟いた。

「…わしは何もこの者たちの話を鵜呑みにしているわけではない。お主からも、話を聞きたいと、そう言っておるんじゃよ」

「ふふふ…まぁいいですけど」

「ふむ、わしが聞いた話では、お主は4年生の滝夜叉丸を脅し鬱憤晴らしのように暴力を振るっていた、3年生の三反田数馬を殴ろうとして止めに入った6年生の食満留三郎に大怪我を負わせた、弟への暴力を止めるように言った澄姫に同じく大怪我を負わせた、そして、噂の真偽を確かめるべく話しかけた1年は組の猪名寺乱太郎、福富しんべヱ、摂津のきり丸に暴力を振るい、止めに入った同じく1年は組の8人にも同じように暴力を振るった、と聞いておるが…」

学園長が上級生から聞いた話を纏めて、被害に遭った者たちの名前を挙げながら一連の事件を問い掛けると、朱雀は大袈裟に肩を竦めた。

「全くの誤解です。嘘ばっかりですよ、それ」

「そうか…では、お主の話を聞こう」

「はい。まず滝夜叉丸くんに暴力…と言うものですが、もともと俺が彼に暴言を吐かれたんですよ。脅すなんてもってのほか、戦輪まで取り出されたらさすがに…正当防衛です。三反田くん?は、ぶつかってきて謝りもしないから、ちょっと叱ろうと思って、そしたら勘違いした留三郎が鉄の棒みたいなの振り回して殴りかかってきたんです。やりすぎたのは確かですが、俺だって必死に抵抗したんです。澄姫は相談に乗ってもらってて…そしたら何を勘違いしたのかあの女、俺に迫ってきたんです。抵抗したら暴れ始めて、自分であの怪我を。1年生の子達は、物凄い言い掛かりで、罵詈雑言の嵐。殴りかかってくるもんだからいなしてたら、勝手に転んだりしてあの怪我をしました。以上です」

笑いながら、ぺらぺらと饒舌な朱雀の言葉。それにより庵の中に殺気が満ちる。伊作と滝夜叉丸に至っては、怒りでぶるぶると全身を震わせていた。
しかし、学園長はぶっふぉ、と咳払いをすると、朱雀に向かってわかった、と呟いた。
驚いた表情の山田先生と土井先生が声を荒げかけたが、それは学園長によって制止された。

「そうか…いや、わざわざすまんかったのぅ、もう下がってよい。皆も、もう下がりなさい」

怒り心頭状態の上級生たちも、学園長にそう言われては退室せざるを得ない。ニヤニヤと笑う朱雀を筆頭に、彼らは渋々庵を後にした。

しかし、庵から少し離れたところで、朱雀は鉢屋三郎によって呼び止められた。

「よくもまぁあんな嘘を飄々と吐けたもんだな」

刺々しいその言葉に、朱雀の眉がぎゅっと吊り上る。くるりと三郎を振り向いた彼は、先程のいらやしい笑顔から一転、まるで敵でも見るような鋭い目つきで三郎を睨んだ。
しかし、そんな朱雀に怯みもせず、三郎は地面に唾を吐き捨てる。

「こっちにゃ証人がこれでもかって程いる。あんたの編入取り消しも近いさ」

「真実は明るみに出ます。あなたがいくら隠蔽しようと、それは変わらない」

「学園の誰もが、もう君に近寄らないと思う」

三郎に触発されたように、兵助とタカ丸が無表情で告げた。すると、突然朱雀がだん、と地面を激しく踏みならして叫んだ。

「…んだよ、なんだよ、なんだよ!!うっざいなぁ!!自分たちの意見が通らなかったら集団で悪口言って!!私が何したって言うのさ、なんでこんな目に合わなきゃいけないの!!強かったら何しようが良いでしょ!!弱いのが悪いんだから!!お前ら弱いんだから黙って私の言う通りにしてれば良いのよぉぉ!!」

取り乱したようなその叫びに、その場にいた全員が固まる。がらりと変わった朱雀の口調に、驚きを隠せない。
その隙に、彼は自室に向かって駆け出した。
唖然としたまま残された上級生たちは、各々が先程彼が叫んだ内容を反芻する。そして、誰もがわなわなと拳を振るわせた。

「なんっ、だよ、それ!!」

そう叫んで、怒りに任せて近くの木を殴ろうとした三木ヱ門の拳を、何者かが止めた。
驚いた三木ヱ門が顔を上げると、そこには悲しそうに目を伏せた山田伝蔵が立っていた。

「山田先生…」

「…皆、黙ってついてきなさい」

山田先生はそれだけ呟くと、さっさと踵を返して学園長の庵へと再び向かった。状況を理解できない上級生たちだったが、言われるままに庵へと引き返す。
すると、そこには神妙な顔で座っている学園長と、何故か七松小平太、立花仙蔵、中在家長次の姿もあった。
首を傾げるまま勧められるままに腰を下ろした上級生たち。
そんな彼らに、学園長は小さな声で、しかし凛としてこう言った。



「…青龍院朱雀の、排除を命ずる」





その一言に、上級生たちは皆息を呑んだ。


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