暴かれた本性

木下先生から言伝を聞き、学園長の庵に呼ばれた久々知兵助は、目の前に出されたお茶をじっと見ていた。
そっと視線をあげると、いつもとはどこか違う雰囲気の学園長。
ゆったりとお茶を啜るその姿は一見穏やかなものだが、ぴんと張り詰めた空気は兵助に威圧感を与え続けていた。

「……あの…」

「安心せい」

不安げに口を開いた兵助の問い掛けを聞くよりも早く、学園長はそう言って片眉を上げた。
その姿を見て、兵助は意を決して口を開く。

「流石です」

「なぁに、4年生とも6年生とも関わりがあるのはやはり5年生、その中でも適任はお主だと、そう思っただけじゃよ」

にやり、と学園長は不敵に微笑む。
その笑みに、兵助の肩から力が抜けて、彼は自分が知っていること全てを学園長に話すことに決めた。

「事の始まりは数日前…4年ろ組の田村から話を聞いた4年は組の斉藤から委員会の終わりに相談を受けました。編入生である青龍院朱雀が、4年い組の平滝夜叉丸に暴力を振るっている、と…私はそれを聞き、あることを思い出し、同室の尾浜勘衛門、そして5年ろ組の不破雷蔵、鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門に話しました」

「あることを思い出した?」

「はい、青龍院朱雀…彼が編入した当時、学園の案内をした学級委員長委員会の鉢屋三郎が、彼のことを『気に入らない、裏がある』と言っていたと尾浜勘右衛門から聞いていたもので…それで、話してみると、不破雷蔵も図書委員会の終わりに6年ろ組の中在家長次先輩から話を聞いていたことがわかりました。
滝夜叉丸から直接話を聞いた田村によると、彼は…鬱憤晴らしのように、滝夜叉丸に暴力を振るっていたようです。しかも、誰かに言えば姉である平澄姫先輩に…暴行を働くと、そう言って逆らえないようにしていたらしく…滝夜叉丸は抵抗できないまま…それで、相談を受けた5年生と6年生で、それ以降彼と滝夜叉丸が2人にならないように、滝夜叉丸は4年生と体育委員会が、澄姫先輩は中在家先輩を中心に6年生と我々が擁護していました。しかし…」

そこで兵助はぐっと息を呑み、間を置いた。

「…滝夜叉丸にも澄姫先輩にも近寄れなくなった彼は見る間に鬱憤が溜まっていき、後輩を殴ろうとしたところに、監視していた食満先輩と善法寺先輩が飛び出し、食満先輩は大怪我をされました。勘右衛門から聞いたところによると、泣きじゃくった1年は組の猪名寺乱太郎がたまたま近くを通りかかった勘右衛門に助けを求めたようです」

そこまで聞いて、学園長の眉がぎゅっと吊りあがる。

「そしてその日の夜、慌てた様子の善法寺先輩が5年長屋にやってきまして、話を聞くと、澄姫先輩が痺れを切らして彼のところに単身乗り込んだと言うので…心配になり、5年生と6年生で学園中を探し回りました。そして、校舎からも長屋からも離れた池の傍で、彼に…暴行されかけているぼろぼろの澄姫先輩を、見つけました…私は善法寺先輩と共に澄姫先輩を医務室へ運んだので、その後の事を直接見てはいないのですが、雷蔵から聞いた話では、彼はへらへらと悪びれもなく笑い、あまつさえ『彼女のほうから誘惑してきた』と…『自分が悪いという証拠はあるのか』と…そう言ったそうです。あとは…その翌日、の、朝…1年は組全員が何者かに襲撃を受けぼろぼろの状態で…見付かった時、4年生が…青龍院朱雀の仕業だと言っていたことぐらいしか…」

兵助は一気に話し、目を閉じ悔しそうに袴の膝部分をぎゅっと握った。
力みすぎて白くなりかけている彼の手に、ぷにっとした何かが触れる。
はっとして目を開けると、そこには心配そうな顔をしたヘムヘムがいて、彼の手にそっと前足を添えていた。

「…あり、がとう…ヘムヘム…」

「ヘムぅ…」

悲しそうに、辛そうに、一声鳴いたヘムヘムの頭をそっと撫でてやり、兵助は改めて学園長に向き直った。
そして、がばりと頭を畳に擦りつけながら、大きな声で叫ぶように告げた。

「差し出がましいと思います!!勝手だと理解しています!!しかし、これ以上、見過ごせません!!学園長先生!!青龍院朱雀の編入許可を、取り消してください!!」

兵助のその悲痛な叫び声に合わせるように、突然天井から何かが降ってきた。

「私からも、お願いします!!」

「これ以上、学園に通う生徒たちを危険には晒せませんぞ」

驚いた兵助が思わず顔を上げると、彼の両隣には土井半助と山田伝蔵が同じように学園長に頭を下げていた。
すると、ずっと俯いていた学園長が、突然ぽんと膝を打った。

「…致し方ない。実害がある以上、在籍は許可できん…だが、一度本人に問い質し、事実確認をしてからじゃ」

その言葉に、3人は胸を撫で下ろす。
明日改めて学園長本人が話を聞くことに決まり、兵助は目の前の冷めたお茶をぐいと一気に飲み干した。
そして友人たちに報告するべく嬉々として教室へと戻り、自習中であった5年ろ組の3人にも声を掛け、人目を避けて火薬倉庫まで行き今しがたの事を嬉しそうに話した。

話を聞いた勘右衛門、雷蔵、三郎、八左ヱ門も、よかったと安堵の息を吐いて喜んでくれた。

だからか、彼らは気が付かなかった。


仄暗い瞳を鋭く細めた朱雀が、火薬倉庫の影から睨んでいたことに。


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