理解不能な真実

半助と伝蔵が医務室へ戻ると、そこは先程とは打って変わって騒がしくなっていた。
何事かと思い扉を開けると、きり丸に引き続きまた数人目を覚ましたようだった。

「あ、山田先生!!土井先生!!」

「お前たち、起きて大丈夫なのか?」

2人に気付いたきり丸が嬉しそうにそう言うと、わらわらと4つの井桁が群がってきた。それに驚きつつも嬉しそうに笑う山田先生が心配そうに声を掛けると、奥から新野先生の声が聞こえた。

「団蔵くんと金吾くんはもう元気ですよ。委員会で鍛えられているんでしょうかねぇ?しんべヱくんと兵太夫くんも、幸い軽い怪我で済んでいますから大丈夫です」

新野先生のその言葉を聞いて安心した伝蔵は、足元に群がる4つの井桁をしっかりと抱き締めた。

「そうか、よかった…さぁお前たち、一体何があったのか教えてくれるな?」

優しく問いかける伝蔵に、4つの井桁は顔を見合わせて力強く頷いた。

「あの…ぼく、昨日の夜におトイレに起きて…そしたらお外で物音が聞こえて、怖かったけど見に行ったんです。そしたら、6年生に編入してきた先輩が澄姫先輩と喧嘩してて、すごい速さでどこかいっちゃって…それでぼく、怖くなって部屋に戻って乱太郎ときり丸を起こしてお話したんです。そしたら、乱太郎も…」

懸命に話ながらも、しんべヱのつぶらな瞳からぽろぽろと涙が溢れ出す。

「…見てたんです。一昨日放課後に乱太郎ときり丸とかくれんぼしてた時、乱太郎が隠れてたところの近くの廊下を3年は組の三反田数馬先輩が大きい薬草籠を抱えて歩いてて、編入してきた先輩にぶつかっちゃって、そしたらその先輩すごく怒って、三反田先輩を叩こうとしたらしいんです。そしたら善法寺先輩と食満先輩が現れて、善法寺先輩が三反田先輩を連れてって…食満先輩が編入してきた先輩と喧嘩になっちゃって、苦無で、食満先輩ぼろぼろにされちゃうところ…それで、それで…怖かったけど、いけないことだから、ぼくたちお話を聞こうと思って…」

そこでしんべヱは一旦言葉を区切り、ぎゅっと小さな手を握り締めた。
すると、今まで黙って大人しくしていたきり丸が口を開いた。

「おれと乱太郎としんべヱで話しようと思ったら、突然しんべヱが叩かれて、おれ夢中で殴りかかったけど、届かなくて…同じように殴られて気を失ったんです」

「き、きり丸が叩かれて動かなくなっちゃって、ぼ、ぼく、ぼくも夢中で体当たりしたけど、蹴飛ばされて、それから…覚えてない…」

ひっくひっくとしゃくり上げながらも、必死に語るしんべヱ。
小刻みに震える肩を団蔵がそっと摩ってやりながら、続いて話し出した。

「ぼくたちは、その時朝ごはん食べてて…そしたら、その先輩が乱太郎たちとどこか行くのが見えたんです。庄左ヱ門に言ったら、噂もあるし心配だからこっそり付いていこうってことになって…それで、みんなで付いていったら、きり丸が倒れてて、しんべヱも叩かれてて、乱太郎が泣きながら怒鳴ってて…叩かれそうになったから、金吾と虎若と一緒に飛び出して…でも、ぼくたち、頑張ったけど……6年生には、やっぱり敵わなくて…」

「団蔵と虎若と金吾が頑張ってくれているうちに、庄左ヱ門が乱太郎を、ぼくたちはきり丸としんべヱを連れて逃げようとしたんです。そしたら、その先輩…『助けになんか来るから、全員痛い思いするんだ』って言って、3人を投げ飛ばして、それで、それ、で…」

悔しそうに俯く団蔵に変わり話し始めた兵太夫が、そこまで語ってぶるぶると震え出した。

「そうか、わかった。もういい。…痛かっただろう、怖かっただろう…お前たち、友達のためによく頑張ったな、偉いぞ」

恐怖を思い出しながらも、懸命に語ってくれた兵太夫を伝蔵はしっかりと抱き締め褒めてやった。
すると、じっと黙っていた金吾が、俯きがちに呟いた。

「あの、関係あるかはわからないんですが、ぼく、ちょっと気になってて…」

それに首を傾げた半助が、金吾に視線を合わせるようにしゃがみ、続きを促す。

「ここのところ、4年い組の滝夜叉丸先輩が元気なくって…なんだか七松先輩もぴりぴりしてて…委員会の活動じゃない日も、ランニングに出かけることが多かったんです。それに、毎回七松先輩滝夜叉丸先輩を教室まで迎えに行ってて…なんだか変な感じがしてたんですけど…」

「七松が…?」

「げほっ…それは、俺が、話し…ます」

反芻するように半助が呟くと、医務室の奥から咳き込む音と共に、食満留三郎の小さな声が聞こえた。
驚いて視線を向けると、ふすまで仕切られていた奥の部屋から包帯だらけの留三郎が辛そうに顔を覗かせていた。

「食満くん!!だめですよ、君はまだ寝ていないと!!」

「すみ、ませ…大事な、話なん、です…」

新野先生に窘められながらも真剣な表情でじっと見つめてくる留三郎に、伝蔵は半助にちらりと目配せをして、留三郎のところへ向かった。
しっかりとふすまを閉めた向こう側では、話し声が漏れないように半助が気を利かせて何かを喋っている。
それを確認し、改めて伝蔵は留三郎を見て驚いた。
彼はまるで戦の最前線にでも出たかのような大怪我で、包帯のあちこちに血が滲んでいる。
更に彼の隣に寝かされている澄姫も、同じように体中に巻いた包帯からじわりと血が滲み、整った顔は左半分が赤黒く腫れている。

部屋中に漂う血の匂いに、伝蔵は視線を鋭くして留三郎に問い掛けた。

「これ、は…一体何が起こっているんだ…」

「げほっ…全ての元凶は、あの青龍院朱雀という男です…数日前、会計委員会の田村三木ヱ門が…平滝夜叉丸の体にある、夥しい量の痣を…見つけました」

「痣?」

「は、い…。文次郎が田村から詳しい話を聞いたのですが、どうやら滝夜叉丸は青龍院朱雀から…酷い暴力を、受けていたようです…」

留三郎から聞かされた内容に、伝蔵は思わず絶句する。
まさか、この学園の…編入生とはいえ、最上級生が後輩に対して暴力を振るうなど…しかし、留三郎の瞳を見ると、嘘を言っている様には到底思えない。

「それで、相談を受けた我々6年と5年で、滝夜叉丸の擁護と…青龍院朱雀の監視を、していて…げほ、げほっ…」

そこまで話し、激しく咳き込み始めた留三郎。そんな彼を静かに寝かせて、伝蔵は小さな声で彼に囁いた。

「よくわかった。こんな体でよく情報をもたらしてくれたな、さすがだ。後は他の上級生に話を聞くから、お前は怪我を治すことだけに専念しなさい」

その言葉に、留三郎は一度頷き、大きく息を吐くと、ゆっくり目を閉じた。
あれだけ話しただけでも、今の彼の体には相当負担がかかってしまったようで、あっという間に寝息が聞こえ始めた。
それを見届けてから、伝蔵は静かにふすまを開けて身を滑り出させる。

そして、先程と同じように半助に目配せをして、新野先生のお墨付きを頂いた団蔵、金吾、兵太夫、しんべヱに部屋に戻るように言い聞かせた。
最初は4人とも渋っていたが、奥で寝ている留三郎と澄姫の怪我が思った以上に酷い事を告げると、途端にしゅんとして大人しく部屋に戻っていった。
そして、目が覚めながらもまだ体を起こすことが出来ないきり丸と三治郎と庄左ヱ門に、小さな声で大人しく怪我を治すように言い、最後に…未だ目覚めない乱太郎と虎若と伊助の顔を覗き込み、そっと3人の頭を撫でて医務室を後にした。

「…とんでもない人物を、学園に迎えてしまったようですね」

「なんだ、聞いとったのか」

そっと医務室の扉を閉めた伝蔵の背中に、半助が小さく小さく呟いた。
振り向けば、いつも穏やかな半助が瞳を憎悪にぎらつかせていた。

「事を急くなよ、半助」

「わかって、います」

そう宥めながら、伝蔵の瞳にもまた同じような感情がありありと浮かんでいた。
そして2人は、無言で学園長の庵へと向かった。


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