惨劇の廊下

その翌日から、彼らの諜報は開始した。
普段通りに接触しつつ、交代で彼を見張り不審な動きがあれば即座に声を掛ける。
最初はなんとも思っていなかった朱雀も、数日すると目に見えて苛々し始めた。
相談と言う名目で四六時中行動を共にしていた澄姫も、生物委員会の仕事があると彼の誘いを断るようになり、手が空いている時を狙えば、図ったように長次や仙蔵が現れ彼女を連れて行ってしまう。
やっと誘いに乗ったかと思えば、機嫌でも悪いのかどこか刺々しい態度で早々に去ってしまう。
ストレスの捌け口にしていた滝夜叉丸は、珍しいことに4年生の誰かと共にいることが増え、放課後は体育委員会の委員長である小平太が速攻で誘いに現れ毎日のようにマラソンへと出てしまう。

「…ちぇ」

小さく舌打ちを洩らした朱雀を隠れて見ていた仙蔵が、ほくそ笑みながら行動を共にしていた文次郎に矢羽音で合図を飛ばした。

『恐らく限界だ、そろそろ動くぞ』

それが何を意図するのか理解した文次郎は、監視を仙蔵に任せ医務室へと跳んだ。


−−−−−−−−−−
それからわずか三日後。仙蔵の言った通り、朱雀は限界を迎えた。
まるで刃物のようにぴりぴりと神経質になり、話しかけて来た同級生や後輩に冷たい態度をとったり、果ては怒鳴り散らしたりし始めたのだ。

気配を消して監視していた留三郎と伊作が、そんな朱雀の姿を苦々しく見つめていた、その時。

「…ぁ……」

3年生の三反田数馬が、大きな籠にたくさんの薬草を入れてふらふらとおぼつかない足取りで歩いてきた。
なんとなく嫌な予感がした留三郎と伊作は、いつでも飛び出せるように身構えてその様子を見守った。

「おっとっと…わったった…っとわ!!」

あっちへふらふら、こっちへふらふらと何とか歩いていた数馬が、薬草に視界を阻まれて朱雀にぶつかってしまった。
床に薬草をばら撒いて尻餅をついた数馬は、ぶつかった相手が6年生だと言うことを認識すると大慌てで立ち上がり頭を下げた。

「あ、ご、ごめんなさい!!前がよく見えなくて…!!」

失礼しました、と何度も何度も謝る彼の姿を見たら、逆にぶつかられた方が申し訳なくなってしまう…そんな光景だった。
にも拘らず、朱雀は足元に散らばる薬草をぐしゃりと踏みつけて数馬を睨んだ。

「いってぇ…それに、くせぇ」

ぐりぐりと、彼が踏みつけるたび廊下が緑に染まり、薬草独特の匂いが漂う。
忍術学園で体験したこともない、先輩からのそんな仕打ちに、数馬は固まった。

「あ…、すみ、ません…」

わずか数秒、硬直していた数馬はハッと我に返り、再度謝罪の言葉を口にした。
しかしそれは朱雀の苛々を逆に加速させてしまったようで、大きな舌打ちが廊下に響く。

「それしか言えねぇのかよ」

そう呟いて、朱雀は薬草を拾う数馬の背中に向かって手を振り上げた。

「っ数馬!!」

じっと様子を伺っていた伊作が、あまりの暴挙に我慢できず飛び出した。
気付くのが遅れた数馬の肩を掴み、走る勢いそのままにひっ攫う。
そして伊作のすぐ後に飛び出した留三郎が、朱雀の振り下ろされた腕を蹴り飛ばす。

じんと痺れの走った腕を押さえ、驚いた様子の朱雀を睨みつけ、伊作に一馬を連れて医務室へ行けと指示を飛ばした。
数馬の腕を引いて起こし、薬草をそのままに医務室へとすっ飛んでいった伊作を横目で見送り、留三郎は朱雀を射殺さん勢いで睨んだ。

「てめぇ、今何しようとしやがった!!」

「な、何っ…て…」

流石に動揺している朱雀だが、鉄双節昆を取り出した留三郎を見て目の色が変わった。

「あいつはまだ3年生だぞ!!てめぇの馬鹿力で暴力ふるって大怪我したらどうすんだ!!」

「……るさい…うるさい、うるさいうるさいうるさい!!」

留三郎の言葉に狂ったように怒鳴り返し、朱雀は懐から苦無を取り出し物凄い速さで彼に飛び掛った。
突然のことに驚く留三郎が何とか苦無を受け止めるも、その圧倒的な力に一歩後ずさる。
速く重いその攻撃で、得意な間合いも築くことが出来ない留三郎に、朱雀は歪な笑みを浮かべる。

「弱い奴が楯突くなよ!!黙って従えぇぇえ!!!」

「なっ…!!」

あまりの自己中心的な言い分に、思わず絶句する留三郎。
その一瞬の隙をつかれ、彼の体は壁に叩きつけられた。
とてつもない勢いで一瞬呼吸が出来なくなる留三郎を、まるで嘲笑うかのように朱雀が苦無を構えた。
まさか、と血の気が引くが、既に時遅し。

「伊作に手厚く看病してもらってね」



寒気すら感じる微笑を最後に、留三郎の意識はぶっつりと途切れた。






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「な…んだ、これ…」

騒ぎを聞きつけて駆けつけた勘右衛門の呟きが、廊下に落ちる。
廊下は潰れた薬草塗れ、床と壁には盛大な傷。
しかし、それすらも霞んでしまうほどの、夥しい血痕。
一番酷く血に塗れた壁には

「っけ、食満先輩!!!」

ぐったりと、壁に凭れ掛かるように力なく項垂れている、血に塗れた留三郎の姿。
大慌てで駆け寄って肩を掴むと、がくんと留三郎の体は大きく傾く。
ずるずると壁に沿って床に倒れこんだ彼の体の至るところから、溢れ出る大量の血液。

「だっ…誰、か……誰かぁぁぁ!!!」

廊下を汚していく真っ赤な血を見て、勘右衛門は喉が裂けそうなほど大きな声で助けを呼んだ。
何事かとざわめきが大きくなっていく廊下。
そのすぐ傍の階段に佇んでいた朱雀が、小さく哂った。


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