疑心暗鬼を生ず

翌日、委員会の活動後に4年生から滝夜叉丸と朱雀のことを聞いた作法委員会委員長立花仙蔵と用具委員会委員長食満留三郎は鍛錬と嘘を吐いて会計委員会委員長の潮江文次郎と共に裏山に集まった。
普段は顔を合わせれば喧嘩しかしない文次郎と留三郎も、今回ばかりは大人しくしている。

「全く、とんでもないことをしてくれたものだ」

仙蔵が呟いたその言葉に、留三郎が拳を気に叩き付けた。

「小平太並みの力で後輩に暴力振るうなんて、なんてことしやがるんだ!!下手すりゃ大怪我じゃすまねぇってのに!!」

「あの男、目的は一体なんだ?」

はらはらと舞い落ちてくる葉を払いながら、仙蔵がそう呟いて考えをめぐらせる。

「先生たちが調べても一切怪しいところはなかった…しかし滝夜叉丸の件で、あいつを信用するべきでないことだけがはっきりと判明した。この際生まれや出身はどうでもいいが、あの男の本性を暴く必要があるな」

仙蔵の言葉に、文次郎が頷く。

「腹にイチモツ抱えてやがったからな、慎重にいかねぇと」

「で、どうする?全員集まって会議でもするか?」

留三郎の一言に、仙蔵が大きな溜息を吐いた。

「…いや、小平太と澄姫が心配だ…個別に話を通そう」

「会議中に突然切れられても困るしな」

留三郎の心配そうな呟きに、2人は黙って目を逸らした。



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仙蔵の提案通り、接触が多くても不自然ではない者に話を伝えることとなった。
留三郎は同室の伊作に、文次郎は共に鍛錬をしている小平太と長次に、そして、仙蔵から澄姫に。
朱雀にマークされている彼女に話を通すことは困難かと思われたが、偶然なくなりかけていた女装用の紅を買いに行きたいという名目でうまいこと彼女を連れ出すことができた。

最初は半信半疑だった彼らだが、田村三木ヱ門という証人がいることと、事の重大さに話し終わるころには表情も固く、拳を握り締めていた。
特に滝夜叉丸の所属する体育委員会委員長の小平太と実の姉である澄姫の取り乱しぶりは酷いもので、小平太に至っては目の色を変えて即座に駆け出した。
文次郎と長次が大慌てで止めたものの、まるで獣のように唸って抵抗する小平太の姿は長年共に学んだ級友としても空恐ろしさを感じるほどであった。

「落ち着け小平太!!」

「っこれが落ち着いていられるか!!」

落ち着かせようと肩を掴んだ文次郎の腕を普段以上の力で引き剥がし、怒鳴る。
怒り狂った獣、と呼ぶに相応しい彼の咆哮に被せるように、長次が珍しく声を張り上げる。

「小平太、止めろと言っているわけではない」

寡黙な同室の滅多に聞かない大きな声に、小平太の体はびくりと強張る。

「…ただがむしゃらに行けばいいというものではない。私たちが気付いたことを奴に気付かれると、ますます危害を加える恐れがある」

「長次の言う通りだ。俺たちは内密に行動しなければならん。滝夜叉丸のことを思うならば尚更、絶対に失敗できん」

長次と文次郎の説得を聞き、力んでいた小平太の体からすっと力が抜ける。
先程聞いた話では、確かに自分たちが気を張らないと滝夜叉丸はおろか彼が必死に守っている姉にまで危害が及ぶ可能性がある。

「…すまん、その通りだな。しかし許せん、どうする?」

一度大きな深呼吸をして、小平太は長次と文次郎に謝罪した。しかし決して消えない大きな怒りはどうしたものかと長次に問いかけると、長次は文次郎を見た。

「…恐らく、だが…既に仙蔵が何か手を打とうとしているのではないか?」

「…ご明察。詳しいことは夜にまた、だとよ」

長次の視線を受けて、文次郎が肩を竦めて呟いた。

「あいつも何だかんだ後輩に甘いからな」

脳裏に浮かんだ同室が決して後輩を無碍に出来ない男だと言うことを思い出して、文次郎は小さく笑った。



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その日の深夜、珍しく一切の気配を断った6年生の6人はくノ一長屋の一角、澄姫の部屋を訪れていた。
彼らを迎え入れた彼女の顔色はひどく悪く、いつもの覇気など微塵も感じられない。
部屋のあちこちに思い思いに腰を下ろし、誰も一言も発しない。
しかし部屋には、風を切る音。
万が一のことを考え、仙蔵が提案したのだ。

『明日から諜報を開始する』

『必要な情報は【滝夜叉丸に暴力を振るう理由】【学園に来た本当の目的】【奴の本性】以上三つだ』

文次郎の矢羽音に続き、仙蔵がそう伝えると、全員が一度頷く。

『注意点として【奴に絶対気付かれないこと】これが絶対条件だ』

続く留三郎の矢羽音に、誰かがこくりと息を呑んだ。

『そしてこれが最も重要だ。今後一切滝夜叉丸と澄姫を単独であの男に接触させるな』

文次郎の矢羽音に、小平太が頷く。

『滝夜叉丸は明日から授業中は4年生、放課後は体育委員会が保護する。澄姫は長次たちと、生物委員会の竹谷に事情を話して5年生が協力してくれることになった』

小平太のその矢羽音に、澄姫は驚いて顔を上げる。

『5年生も?』

『火薬委員会委員長代理の久々知が斉藤から相談を受けて、そこから5年生に回った。全員非常に協力的でな、不自然にならない程度にお前の代わりを鉢屋が務めてくれるらしいぞ』

仙蔵の矢羽音を理解した澄姫は、両手で顔を覆う。

『悟られないように…辛いけど普段通り、今まで通りの態度で頑張ろう』

そんな彼女を気遣うような伊作の矢羽音に、彼女は瞳を潤ませる。
自分のために、馬鹿みたいな力で暴力を振るわれても黙って耐えた弟。
心の底から姉の幸せを願っているからこそ、そんな辛い決断を1人で下したのだろう。
誰にも頼らず、誰にも縋らず、助けも求めず。
考えただけで、彼女の心は酷く締め付けられる。

−滝夜叉丸は、どれ程辛かっただろう−

自尊心の高い彼がこの決断を下すことは、きっと身を切られるより辛かったろう。
彼の優しさにつけ込んだあの青龍院朱雀という男に、殺意が募る。

「(滝…姉上が、必ず助けてあげるからね)」

気配と共に殺気が漏れないよう必死で堪え、彼女は心の中で静かに闘志を燃やした。


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