紫色の誓い

ばちばちと響く算盤の音に混じって、かすかに鐘の音が聞こえた。
その音に、会計委員会委員長である潮江文次郎はかたりと筆を置く。

「本日はこれで終了だ」

「「「え!?」」」

珍しいことに、鬼の一声で終了を告げられた委員会の下級生たちは各々驚きの声を上げた。

「なんだ…不満か?」

不機嫌そうにそう睨まれた団蔵はぶんぶんと首を振り、急いで帳簿を片付けて会計室を飛び出した。
彼に続くように飛び出していった下級生を睨むように見送り、フンと鼻を鳴らした文次郎は部屋の隅で黙っている三木ヱ門に視線を向けた。

「…説明してもらおう」

低く呟いて三木ヱ門を見ると、彼は両拳をぐっと握り締めて唇を噛み締めていた。
異様な後輩のその様子に、文次郎は彼の隣にどかりと腰を下ろす。

「…昨日俺に朱雀を連れて行かせた理由は、そんなに腹立たしいものか?」

「…自分でも、まだ信じられません」

ぐっと眉間に皺を寄せて、三木ヱ門は昨晩滝夜叉丸から聞き出した内容を文次郎に告げた。
最初は黙って聞いていた文次郎だったが、そのあまりにひどい内容にぶるぶると拳を戦慄かせた。

「…いつからかまではわかりませんでしたが、滝夜叉丸の奴、体中凄い痣で…」

「…黙って、耐えてたのか…」

昨晩見た友人の痛々しい姿を思い出し、三木ヱ門はぐしゃりと前髪を掴む。
そんな後輩の姿を見て、文次郎は腕を組んで溜息を吐いた。

「…このことを他に知っている奴は?」

「まだ、潮江先輩にしか話していません」

「そうか、なら早急に4年生全員に話を回せ。浜にもだ」

文次郎から発せられたその言葉に、三木ヱ門は驚いた。しかし気にせず彼は続け様に指示を出していく。

「4年生は所属する委員会の委員長にこのことを報告しろ。それから滝夜叉丸を今後一切単独で行動させるな。朱雀は俺たち6年が行動を見張り滝夜叉丸との接触を防ぐ。間違っても朱雀に気付かれるなよ、いいな」

有無を言わせない文次郎の心強いその言葉に、三木ヱ門の表情が明るくなる。
こくりと頷き、彼は大慌てで会計室を飛び出して行った。
その背を見送って、文次郎は忌々しげに吐き捨てた。

「とんだゲス野郎を歓迎しちまったもんだ…クソが…」

編入して来た彼と楽しく過ごした日々を思い返し、文次郎は会計室の壁にごつんと額を叩き付けた。



−−−−−−−−−−−−
その日の夜、滝夜叉丸を除いた4年生4人が闇に紛れて長屋から離れた用具倉庫の裏に集まった。
突然の召集に少々困惑気味のタカ丸や守一郎だったが、三木ヱ門から聞かされた衝撃的な話に言葉をつまらせた。
同室の喜八郎に至っては、担いでいた大切な踏子ちゃんを取り落とすほど動揺し、次の瞬間にはとても晴れやかな笑顔になった。

「…キレた」

「わっわっ!!気持ちはわかるけどちょっと待って喜八郎くん!!」

今にも朱雀を探しに行きそうな喜八郎をタカ丸が後ろから拘束し、慌てて止める。
三木ヱ門と守一郎も喜八郎を宥めながら、自分たちがこれからまずするべきことを話し始めた。

「落ち着け喜八郎、青龍院先輩は実力的に七松先輩と並ぶ。私たちだけでは返り討ちに遭うのがオチだ。まずは各委員会の先輩に話をして、しっかり外堀を固めよう」

「とにかくその青龍院?って人には絶対ばれないよう気をつけないと。滝夜叉丸くんとそのお姉さんに危害が加わる可能性があるし…」

「火薬委員会には6年生がいないから、僕は久々知くんから5年生に話をしてもらうよう頼んでみるよ」

三木ヱ門、守一郎、タカ丸がそう言って頷き合う。
じたじたと拘束を振り解こうとしていた喜八郎も、ようやっと落ち着いて動きを止めた。

「滝、お姉ちゃんの噂で傷付いてた…」

呟かれた喜八郎の言葉に、3人は顔を見合わせる。
確かに、ここのところ滝夜叉丸は姉へのあらぬ誤解で心を痛めていた。そこに加えて、その姉を人質のように取られ暴力を振るわれていた。

「どうして、そんなひどいこと…」

タカ丸の呟きに、守一郎も同意する。
どんよりと暗くなってしまった空気を散らすかのように、三木ヱ門がだからこそ、と強く拳を握り締めた。

「私たちの力では、悔しいけれど情報収集さえままならない。あの男の本性を暴くのは先輩たちにお任せして、私たちは滝夜叉丸を守ろう」

そう呟いて、拳を突き出した。
それに合わせるように、守一郎も拳を突き出す。

「後輩に暴力を振るうなんて、先輩のすることじゃないしな」

この言葉に頷いたタカ丸も、拳を突き出して合わせる。

「僕も一生懸命頑張るよ、出来ることは少ないかもしれないけどね」

付き合わされた三つの拳に、喜八郎の拳がねじ込まれる。

「滝と滝のお姉ちゃんに酷いことするなんて、いい度胸だよ。死ぬより後悔させてやる」

ゴツン、と骨のぶつかる音を響かせて、4人は友人を守ること、そしてすっかり騙されてしまった人の良さそうな編入生の化けの皮を剥ぐことを誓い合った。


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