相談と距離と噂

澄姫がふと目を覚ますと、見慣れない部屋にいた。
まだ夜明け前の薄暗い部屋を見渡すと、あちこちに人の足が見える。
少し思い頭を何とか働かせて記憶も探るも、朱雀の歓迎会を催している最中で途切れていた。

「…飲み、すぎたかしら…」

小さく小さく呟いて、体を起こす。
喉が渇いたので井戸まで行こうと思い静かに扉を開けると、縁側に座っている朱雀と目が合った。

「あ、おはようございます…」

「おはよう」

小さく挨拶を交わして、訪れる沈黙。
少しだけ目を泳がせた朱雀を不思議に思い、自分の胸元に目をやると、横になっていたせいか少し肌蹴ていた。
さっと直し、静かに彼の隣に腰掛ける。

「ごめんなさい、歓迎会だったのになんだか飲みすぎちゃって…疲れていたでしょうに部屋も占拠して…」

「あ、気にしないでください。楽しかったですから」

昨夜を思い出し、嬉しそうに微笑む朱雀に澄姫もホッと息を吐く。
日中とは違い、涼しい風が吹き抜ける縁側で、朱雀が急に息を呑んだ。

「あの、変だと思うかもしれないですけど…」

「その前に、その敬語やめないかしら?なんだか他人行儀だわ」

「あ、…うん、ごめん、女の人に対しては癖みたいになってて…」

「うふふ、徐々に慣れてくれればいいわ。それで、何か相談?」

そう優しく彼女が問いかけると、朱雀はひとつ深呼吸をして、意を決して話し始めた。

「俺、女の人苦手で…というか、お、男が好きで…」

予想もしていなかった彼の告白に、澄姫は一瞬固まる。しかし、過去に色々あったであろう彼の心情を察して、そう、とだけ返した。

「こ、こいういうのってなかなか男同士では言えなくて、その…良かったら澄姫に相談相手になって欲しいんだ…」

切羽詰ったような彼からの申し出に、澄姫は一瞬だけどうしようかと思案するも、すぐに首を振ってその考えを吹き飛ばした。

「私でよければ、何でも相談して頂戴」

風に靡く髪を押さえながら、そう言って優しく微笑むと、ぎこちなかった朱雀の微笑みは柔らかいものへと変わった。

「ありがとう、君が優しい人でよかった」

そう言って彼女の手をそっと握り締めた朱雀。きっと今まで相談する相手もおらず1人で悩んでいたのだろうと思うと、澄姫の胸がきゅっと締め付けられた。

「困った時はお互い様よ。さ、見付かる前に私は戻るわ。朱雀も、もう少し横になったら?」

「うん、そうするよ」

じゃあ、と挨拶を交わし、彼女は颯爽と跳躍して姿を消した。
人の気配がなくなった縁側に朱雀は1人佇んで、そっと笑う。

「あぁ、本当に“よかった”よ」



−−−−−−−−−−−−−−−
その日を境に、澄姫と朱雀がよく一緒にいる姿が学園のあちこちで見かけられるようになった。
見目麗しい彼女と仙蔵が一緒にいる時も目立ったが、同じような美貌の朱雀といてもよく目立つ。
加えて何故か仙蔵よりも距離感の近い感じがする朱雀と彼女が並ぶと、まるで年頃の女性が楽しく遊んでいるように見える。
しかし、朱雀はれっきとした男性。
そのうち学園にある噂が流れ始めた。

“澄姫が長次から朱雀に乗り換えた”と言う噂。

勿論事実無根だが、どこからか流れ始めたその噂は水面下でじわりじわりと学園中に広がり、小さな波紋を起こしていた。




「…滝、大丈夫?」

「事実無根だからな、気にしていない」

踏み鋤を抱えた喜八郎が、同室の滝夜叉丸を覗き込む。

「姉上は誠実な方だ。何かの誤解か野次馬の僻みだろう」

「うん、僕もそう思う」

4年い組の平滝夜叉丸と綾部喜八郎が、揃って頷く。
学園内に広がる噂に尾鰭がつき、ほんの少しだが澄姫を悪く言う人間が出てきたのだ。
大切な姉への罵詈雑言を聞いて心を痛める滝夜叉丸と、そんな友人を気遣う喜八郎。

最近喜八郎は大好きな穴掘りもそこそこに、滝夜叉丸に寄り添う。
それは時に同学年だが年上のタカ丸であったり、いつもは犬猿の仲の三木ヱ門だったり、編入したての守一郎でさえ、気を遣って傍に居ることが増えた。

「一度、姉上に相談してみようか…」

滝夜叉丸の小さな呟きを聞いて、喜八郎はいつもの無表情でぽつりと零した。

「それより、あの青龍院って人にもう少し距離を置くように話してみたら?変な噂が立っていることも含めて」

彼の一言に、滝夜叉丸は成程、と頷く。

「そうだな、そのほうがいいか…」

誰に対しても結局面倒見のいい友人のその姿に、喜八郎はすっと肩を下げた。
これが後にとんでもないことになると、彼はまだ知らない。

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