信じる者、疑う者

時間一杯まで昼休憩を楽しんだ6年生たちは、午後からの野外授業のために揃って第一運動場に集合していた。
いつの間にかひょっこりと現れた長次が朱雀と自己紹介を交わしたところで先生がやってきて、編入初日ということもあり朱雀の実力を測るために模擬戦をするということになった。
組み合わせはくじで決められ、“は”と書かれた札を引いた澄姫は既にくじを引き終わった集団に向かった。
そこでは既に対戦が決定した留三郎と文次郎が白熱しており、何やら意味のわからない言い争いを始めていた。

「澄姫、なんだった?」

「私は“は”よ、伊作は?」

「よかった、僕は“ろ”だよ。留三郎と文次郎が“い”だって」

伊作と澄姫がそう話していると、長次と小平太と仙蔵と朱雀もくじを引き終わったようでやってきた。

「仙蔵、な、なんて書いてある?」

伊作がおっかなびっくりそう問いかけると、仙蔵はにんまりと笑って札を見せた。
彼の手の札にははっきりと“ろ”と書いてある。

「うわぁぁぁ!!」

「ははは、期待に応えられてよかった。そう喜ぶな伊作」

「喜んでないよ悲観してるの!!よりによって仙蔵とかぁ…まぁ小平太とじゃなくて良かったかな…うん…」

ぶつぶつと呟き自分を納得させている伊作をよそに、小平太がうきうきと澄姫に駆け寄って札を見せてきた。

「澄姫、澄姫はなんだ?私とか?」

「残念ね、私は“は”…って、ちょっと待って…」

暴君との遭遇を避けられて安堵した彼女の微笑が、みるみる引き攣っていく。
小平太の札には“に”と書かれており、確かに彼女の対戦相手ではない。
恐る恐る長次のほうへ視線を向けると、かち合った視線の先には困り顔の彼。

「ちょ、長次…」

「…“は”……」

小さな彼の回答を聞き、彼女の顔が真っ青になる。
それは恋仲である彼との対戦が決まったこと…もあるが、なんとも不幸なことに小平太の相手をするのが

「俺…“に”って、書いてある…」

編入生である彼になってしまったと言うことのほうが大きい。

微妙な空気が漂い始めたところで、先生の『始めるぞー』という間延びした声がやけに響いた。


−−−−−−−−−−−
第一戦、“い”対決。
い組潮江文次郎対は組食満留三郎。
既に見飽きたといっていい程の彼らの勝負は結局時間内に決着がつかず、ギャンギャンと言い争いながらも引き分けとなった。
第二戦、“ろ”対決。
い組立花仙蔵対は組善法寺伊作。
持ち前の頭脳と常に攻めの体勢でいるS素質を備えた仙蔵の前に、伊作は不運も相まってなす術もなく爆風に消えた。
第三戦、“は”対決。
ろ組中在家長次対くノ一教室平澄姫。
ぎこちなさ全開で対峙する2人に先生が『将来の夫婦喧嘩の予行演習だと思え』と野次を飛ばし、お互い中遠距離戦法を得意とするためなかなか決着がつかなかったが、長次の愛ある押さえ込みに抵抗できなくなった澄姫が降伏という形で決着。最後までイチャイチャした戦いだと先生は唸った。

そして最終戦の“に”対決。
ろ組七松小平太対編入生青龍院朱雀。

“もしも”の時に備え全員がいつでも小平太を止められるよう配置された中での開戦。園田村で負傷しているとはいえ、小平太の異常なまでの治癒能力で骨は既にくっついており、生活に支障がないほどまでに回復してしまっているので、手加減は余り見込めない。
戦々恐々と見守られる中始まった戦いは、考えていたことと逆の状況へと進んでいった。

「す、ごい…」

誰の呟きか、ぽつりと零された。
その呟きの通り、編入生青龍院朱雀は見事な動きで、なんと小平太を苦戦させていた。
素早い身のこなしに加えて、見た目に反しかなり重い一撃。
流石の小平太もたたらを踏んで防戦一方になってしまっている。

「小平太が小平太と戦ってるみたい…」

6年生の中でも観察眼に特に優れた伊作がそう呟いて、全員が納得した。
確かに朱雀の身体能力は小平太とよく似ている。
そして彼の戦略は、文次郎と似通ったものだった。
戦略的頭脳を兼ね備えた小平太、とでも言い表せばいいのだろうか。そんな厄介な人物相手では、流石の暴君もてこずるというものである。
結果的に時間切れで引き分け、ということになったが、あのまま行けば確実に朱雀が勝っていたと誰もが確信していた。

息を切らせた2人が手合わせを終え戻ってくると、朱雀はあっという間に文次郎と留三郎にもみくちゃにされ『俺と戦え』とせがまれていた。
珍しく息を切らせた小平太も、相当楽しかったようでキラキラした目で朱雀を見て『あいつはすごい』『楽しかった』と上機嫌である。

6年生のこの模擬戦の噂はあっという間に学園中に広がり、青龍院朱雀は学園で一目置かれる存在となった。



−−−−−−−−−−−−−
午後の野外授業で正式に6年は組に編入が決まった朱雀は、委員会活動が行われる時間に学級委員長委員会の面々によって校内を案内されていた。
編入したてだと広い学園内で迷ってしまうため、特に活動がない学級委員長委員会が案内を申し付けられた。
1年生の彦四郎と庄左ヱ門が両腕を掴み色々と話をしながら案内をしている後ろを、少し離れて5年生の勘右衛門と三郎が着いて歩く。

「三郎、どうしたの?」

しかしながらどこか様子のおかしい変装名人、鉢屋三郎に勘右衛門が心配そうに声を掛ける。

「なんでもない、大丈夫」

普段どおり気だるそうな笑みでそう答えるも、勘右衛門の耳に小さく矢羽音が聞こえた。

『あいつ、気に入らない。裏がある。何かを隠してる』

特に仲がいい5年生だけで決めた矢羽音で、そう告げられた。
まだ知り合って短く、それでも今のところ不審な点も見当たらない朱雀にやけに突っかかるような三郎の言葉だが、勘右衛門は素直に応じた。

『わかった、気を付けろって皆にも言おう』

勘右衛門からのその返事に、三郎は少しだけ驚いた顔をした。

『根拠を聞かないのか?』

『人一倍警戒心が強くて観察眼に定評のある三郎が“気に入らない”んだもん、それだけで十分な根拠じゃない?』

ちらりと視線を合わせた勘右衛門がにひ、と悪戯っぽく笑うと、三郎もまた友人から寄せられている固い信頼に、恥ずかしそうにくしゃりと笑った。

「さすが勘右衛門だな」

「でしょ?」

そう言葉を交わし、2人は先を行く人物に接触すべく歩みを速めた。

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