素性不明の編入生

まだまだ残暑厳しい日差しを受けながら、忍術学園の校庭では全校集会が開かれていた。
生徒達の正面に立つ学園長の隣には、深緑色の装束を着た人物がだるそうに立っている。
一見して美女のようだが、彼はれっきとした男性。
先日園田村から帰還した際、忍術学園に編入したいと現れた『青龍院朱雀』と名乗った人物である。
彼は学園長に直訴した後庵へと通され、熱心な姿勢も相まって編入を許された、と澄姫は聞いている。

聞いている、というのは、彼の身辺調査を先生達が行ったからである。
1年生からの入学や、低学年からの編入はそこまで珍しいものではないが、流石に最上級生への編入というのは前代未聞だったらしく、ましてプロの忍者に実力が劣らないといわれている6年生たちなので、どこかの城の忍軍が能力向上のために素性を偽り編入させようとしているのでは、という疑問が上がり身辺調査に至ったのである。(ちなみにタカ丸くんは例外中の例外)
結果は、白。
いくら突いても叩いても、彼の身辺からは何も出なかった。
城勤めや、実家、出身なども、何も。
先生の報告をこっそりと聞いてきた鍛錬組からその話を聞いて、彼女は首を傾げた。

彼女がぐるぐると考えをめぐらせている間も、全校集会は進んでいく。
いい加減聞き飽きた学園長先生若かりし頃の武勇伝が終わり、編入生紹介となり彼がすっと一歩を踏み出した。
突然体に感じた威圧感に、何事かと驚いて澄姫は顔を上げる。

『殺気剥き出しだな…』

隣から聞こえた仙蔵の小さな矢羽音に、澄姫は小さく頷いた。
彼の体から滲む、まるで強敵と向き合っているような威圧感に、彼女の手が小さく震え出す。
本能が危険だと、敵わないと警鐘を鳴らすその威圧感を受け、彼女は彼が6年生に編入を許された理由だけしっかりと悟った。

『なるほど、実力は相当って訳…』

そんな彼女の返答に、仙蔵はフンと鼻を鳴らした。

『実力があろうが殺気を隠さないのか隠せないのか…何にせよ暫く様子を見る必要はありそうだな』

2人は矢羽音でそう会話をし、正面の男をじっと見つめる。

「初めまして、6年に編入することになりました青龍院朱雀と申します。物心つく前に戦孤児となり生まれもなにもかもわかりませんが、育ての親に忍術を叩き込まれて育ちました。育ての親が先日任務で命を落とし、風の噂で聞いたこの学園に編入を決めてやってきました。どうぞよろしくお願いします」

堂々とそう言って丁寧に頭を下げるその様子に、全員が息を呑む。
先生達も微かに動揺しているのが見て取れたので、恐らく彼の事情をしっかりと聞いたのは今が初めてなのだろう。

澄姫は今しがた仙蔵と矢羽音で会話したばかりだが、その内容を内心反省した。
それは仙蔵も同じだったようで、形のいい唇をきゅっと結んでいる。
殺気を向けられたからといって疑ってかかってしまった己を恥じ、正面に立つ彼への印象を改める。

『戦孤児…なら生まれもわからないことは多いわね。しかも育ての親が忍びだなんて、ひょっとしたら実力は既にプロ級なのかしら?』

『ふむ…天涯孤独の身となれば衣食住の補償が出来るこの学園はうってつけだしな、向上心のある奴かもしれん』

そんなことを矢羽音で交わしながら、解散と告げられた全校生徒は珍しい編入生に少々浮き足立ちながらも各々教室へと戻って行った。



−−−−−−−−−−−−−−−−
通常通り午前の座学を終え、昼食を取るために食堂に向かった澄姫と仙蔵と文次郎は、いつもよりも数段騒がしい食堂に驚いた。
騒ぎの中心は何かと視線を彷徨わせると、案外早くそれは見付かった。

食堂の一角に青龍院朱雀がおり、その正面に6年は組の食満留三郎と善法寺伊作が座っている。
更に周囲には人懐っこい1年は組のよい子達がわいわいと群がっており、矢継ぎ早に色々と質問を投げかけているようだった。
困り顔で、それでも1人1人にしっかりと回答してやっている青龍院朱雀の姿に面倒見が良さそうな印象を受けた澄姫だが、流石に可哀想になり助け舟を出してやることにした。

「あらあら、貴方達。そんなにいっぺんに質問したら彼が困ってしまうわよ?」

鈴を転がすような笑みを含んだ声が響き、1年生たちが一斉に顔を上げてにぱっと微笑む。

「あー!!澄姫先輩だー!!」

「「「こんにちはー!!」」」

「はい、こんにちは。ほら、ご飯はもう済んだの?」

彼女のその言葉に一番に反応した福富しんべヱが慌てて自分の席へと戻り、つられるように友人たちもわらわらと散っていった。
ようやっと落ち着いた彼の周りに、澄姫の分もランチを持った仙蔵と文次郎が腰を下ろす。

「話題の中心は大変だな」

涼やかに笑った仙蔵がそう言うと、青龍院朱雀は苦笑いを浮かべて頷いた。

「一気に質問攻めされて驚いたよ」

「後輩に懐かれている伊作と留三郎がいたから余計だろう」

そう言って軽く笑い合う青龍院朱雀と仙蔵。美形同士馬が合うのかもしれない、などと考えていた澄姫だったが、文次郎に呼ばれて視線を向けた。

「おい、ここでいいか?」

「あら、ありがとう文次郎」

視線の先では文次郎が伊作の隣に腰掛けており、その隣に彼女の分のランチが置かれていた。
お礼を告げて澄姫も腰掛けると、今まで楽しそうに仙蔵と話していた青龍院朱雀が朝の集会の時のように殺気を滲ませて彼女を見つめていた。
朝と違い一点集中で向けられた威圧感に、澄姫は思わず箸を取り落とす。
ごくりと喉を鳴らし、カタカタと震え出す手を彼女が押さえると、隣に座った文次郎が平然と煮物をつつきながらおい、と声を荒げた。

「滅多矢鱈に殺気を飛ばすな、獣に襲われるぞ」

その一言で、青龍院朱雀はびくりと肩を揺らす。
震えていた彼女が視線を上げると、青龍院朱雀の背後にはいつの間にか小平太が立っており、その手には箸が握られ、その箸の先端は彼の首に突きつけられていた。周囲に座る留三郎と仙蔵、伊作までもが懐に手を入れており、まるで敵と対峙したような状態になっている。

「ご、ごめん。俺殺気を隠すのが本当に下手で…」

あっという間に一変した空気に、澄姫はついつい大きな溜息を洩らした。
それにより小平太も、突きつけていた箸を引っ込める。

「…俺、ちょっと色々あって女が苦手で…」

ぽつりと零された彼の言葉に、何かを察したように数人の肩が揺れる。
この時代、孤児ともなれば生き抜くために色々ある。
世の中善人だけで構成されているわけではないとある程度知っている者からすれば、彼の“色々あって”は察するに余りあるものだった。

「そう、ごめんなさい。でも同じ学年だもの、無理にとは言わないけれど仲良くしてくれれば嬉しいわ」

性別はどうしようもないけれど、そう呟いて控えめに微笑んだ澄姫に、青龍院朱雀もぎこちない微笑を向けた。

「そういえば自己紹介がまだだったわね、私は平澄姫、くノ一教室唯一の6年生だから授業は6年い組で一緒に受けているの。実技は一緒になると思うから、よろしくね」

「そ、うなんだ…よろしく。あ、俺のことは皆朱雀って呼んで」

そう言った朱雀は、澄姫に向けるぎこちない笑みとは違う屈託ない笑顔を彼女の隣でもくもくと昼食を食べている文次郎に向けた。
その差に澄姫は一抹の疎外感を感じたものの、最初よりは和らいだ彼の雰囲気に安堵し、昼食を取り始めた。

「6年生は、ここにいる皆で全員?」

しっかり味がしみこんだ煮物を租借している彼女に、突然投げかけられた朱雀の質問に、歩み寄る努力を感じた澄姫は急いで口の中の物を飲み込んで首を振った。

「いいえ、まだ1人いるわ」

「そうなんだ、何か用事でも?」

そう言って朱雀は相変わらずがちゃがちゃと必死にご飯を書き込み続ける小平太に顔を向けて小首を傾げた。

「ん?長次か?そういえばいないな!!」

視線がかち合った小平太はやっぱり大量のご飯を何故か伊作にぶっ掛けながら、不思議そうに首を傾げた。
その様子をまたか、と思い眺めていた澄姫は、伊作に手拭を差し出してやりながら朱雀に視線を向ける。

「中在家長次、小平太と同室のろ組よ。今日は昼食返上で本の修繕をしているわ」

「へぇ、大変だね…というか、詳しいね?」

なんのけない朱雀のその一言に、澄姫の頬が少しだけ緩む。
彼女のその表情を見て、朱雀の隣で昼食を食べ終わった仙蔵がふっと鼻で笑ってこっそりと呟いた。

「長次と澄姫は将来を誓い合った仲だからな」

その言葉に、眉を顰めた朱雀が小さく『三禁』と洩らすと、楽しそうに笑っていた仙蔵が更に楽しそうに『文次郎みたいなことを言うな』と笑った。

[ 58/253 ]

[*prev] [next#]