来訪者

一度目の砲撃により数人の怪我人が出たものの、1年は組の鉄砲大好き少年佐武虎若の活躍もあり、二度目の砲撃では兆弾を阻止し砲弾が村へ降り注ぐことはなかった。
そして彼の父親率いる佐武鉄砲隊の見事な手腕によりタソガレドキ鉄砲隊は退却を強いられ、苦肉の策で逆茂木に火を放つも、これまた1年は組のからくりコンビ夢前三治郎と笹山兵太夫考案の推進式火矢トラップの前になす術もなく撃沈。
当初の計画とは違う撃退法になってしまったらしく2人は文次郎に何やら怒鳴られていたが、結果としては大成功である。

降伏したタソガレドキ軍を一箇所に集め、防具や武器を取り上げ、6年生と5年生が中心となり監視していたが、保健委員長代理に任命された乱太郎の心優しき一言で彼らは救護所へと移送、多くの忍たまたちに手当てをされて表情も穏やかに園田村を去って行った。

「終わった、のかしらね」

人手が足りず救護班として借り出された澄姫が小さく呟くと、隣で同じく手当てをし終わった八左ヱ門が長い溜息を吐きながらも頷いた。

「終わりました、ね」

疲労困憊、とでも言いたそうな八左ヱ門にくすくすと笑った。
そうこうしているうちに村の入り口が騒がしくなり、井桁模様たちがわらわらと集まっているのが見えた。

「澄姫ちゃん」

耳に心地良い低音が背後から聞こえ、彼女が振り返ると、そこには喜三太救出に向かった利吉が立っていた。

「利吉さん!!ということは…」

「うん、喜三太も一緒だよ」

その一言を聞いて、井桁模様大集合の理由を悟った澄姫はホッと胸を撫で下ろす。
喜三太も一緒、と笑った彼の面倒見の良さならば、恐らく救出に向かった生徒全員を引き連れて園田村まで来てくれたのだろう。

「利吉さん、ありがとうございました」

彼女はそう言って丁寧に頭を下げると、にっこりと笑った。
それにつられるように利吉もまたにこりと笑う。しかし、直後きりりと表情を引き締めて、彼女の耳元に口を寄せた。

「ところでその装束…もしかして護衛の時に何か?」

「あ、はい。タソガレドキ忍軍の組頭に襲撃を受けまして…」

「組頭…恐るべき実力者だと聞いているが、怪我は?」

「大丈夫です。まるで遊ばれるように怪我ひとつ負わされませんでした」

若干沈んだ澄姫の声色に、利吉は顔を顰めながらも頷いた。

「そうか…でも無事でよかった」

そう告げて、彼は上体を起こす。その表情は既に穏やかなものへと変わっており、彼女にそっと手を差し伸べた。

「そろそろ学園に戻るらしいから、行こう。それ持つよ」

まるで周囲に花が咲くような雰囲気の笑顔でそう言って、手際よく片付けられていた救急箱を奪い取るように持ち、利吉は澄姫の手を引いて立たせる。

「すみません、ありがとうございます」

「いいって。それより、何かその装束新鮮だね、可愛いよ」

澄姫の見慣れない深緑の装束をちろりとみて、利吉はお得意のキラースマイルを放った。

「もう、からかわないでください」

しかし社交辞令と受け取った彼女に、あっさりとかわされてしまった。
乾いた笑いを零すしかない利吉の心境はさておいて、2人は村の入り口周辺に集まり帰還の準備をしている学園の生徒達のもとへと歩いていった。


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何やら大きな荷物と怪我人を載せた荷台を5、6年生の体力自慢が引きつつ、その周りをわいわいと色とりどりの装束が囲む。
先頭には意気揚々と夏休みの宿題の成果を掲げた山村喜三太がは組の友人達と仲良く楽しそうに歩いている。それを見守る土井先生の目頭には涙が浮かんでおり、何かとライバル心を燃やしている1年い組の担任安藤先生はどこか悔しそうに顔を顰めていた。

途中で利吉と別れ、懐かしささえ感じる忍術学園の正門が見えてきたところで、突然事務員の小松田さんが物凄い速さで走り出した。

数人の生徒が興味津々で彼の後を追いかけ、荷物を持った生徒や負傷している生徒は意識を向けながらもゆっくりと学園に帰還した。
すると、正門で小松田さんが入門表を胸に抱えて見慣れない人物と談笑しているのが目に飛び込んだ。
多くの生徒に見られているのに少しも動じていないようなその人物は、生徒に混じっていた学園長を見つけると颯爽と歩み寄った。
少々の警戒を滲ませる先生達にもお構いなしに、人物は突然学園長の前に傅き芝居が掛かったような仕草で恭しく頭を垂れた。

「初めまして、学園長先生。私は青龍院朱雀と申します。この度忍術学園に入学したく思い、馳せ参じました」

一息でそう言い切った“青龍院朱雀”と名乗った人物にあっけにとられる生徒たち。
どことなく違和感を感じるその喋り方や仕草が気になったものの、入学志願と言われれば話を聞かざるを得ないので、学園長はほんの少しだけ眉を顰めて、数人の先生と共に庵へ来るようにと言って正門をくぐって姿を消した。

黙ってその様子を見ていた上級生や、無邪気に編入生かな?なんて喋っているトラブルメイカーな1年は組のよい子たちを横目でちらりと見て、青龍院朱雀と名乗った人物は数人の黒い装束に囲まれて、ゆっくりと学園長の庵へと向かって歩き出した。

先程まで晴天だった空にはいつの間にか黒い雲が広がり、まるでこれから起こる“何か”を暗示しているようだった。


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