開戦

色々とひと悶着あった夜が明け、先生達と6年生は村の正面にある防御用の楯から様子を伺っていた。
遠目に見えるは、タソガレドキ軍の旗。
風に乗って火縄の匂いも漂っている。
そして、突然耳を劈いたけたたましい砲撃音。

「砲弾が飛んでくるぞ!!全員退避!!」

山田先生の一言で、まるで蜘蛛の子を散らすように下級生達がわぁわぁと慌ててあちこちを走り回る。
傍に居た上級生が手の届く範囲の下級生を引っ張り、大慌てで綾部喜八郎作の塹壕へと放り投げ入れた。

次々と打ち込まれる砲弾が草地でバウンドし、防御用の楯をへし折って村へと降り注ぐ。
もし当たったら決して怪我では済まない。

次々と聞こえてくる砲撃音に体を強張らせている下級生たちを庇い、周囲に気を配りながらもじっと砲撃が止むのを待った。

数えて十ほどだろうか、ようやく止んだ砲撃音。
文次郎に押さえつけられていた三木ヱ門が顔を上げ、そうっと塹壕から顔を出す。
あちこちの壁にめり込んだ砲弾に驚きながらも、確信を持って呟いた。

「砲身が熱を持った…暫くは撃ってきません!!」

火器に詳しい彼の言葉に、佐武鉄砲隊の照星さんが虎若に何か指示を出していた。

塹壕の中でホッと一息ついた澄姫の耳に飛び込んできた、彼女が委員長を務める生物委員会の後輩である伊賀崎孫兵の悲鳴と、文次郎のあぶない、という声。
まさか可愛い後輩に何か、と慌てて塹壕から顔を出した彼女の目の前に迫るのは、砲弾。

「え」

「澄姫先輩!!」
 
ぽつりと短い声しか出せなかった彼女と、その光景を目の当たりにしてしまった竹谷八左ヱ門の悲鳴。

壁に打ち込まれた砲弾のうちのひとつが重力に従って落ち、ころころと地面を転がり、その先の塹壕にころりと落下した。
その下には3年生の伊賀崎孫兵。気付いた彼が驚き悲鳴を上げ、同じ塹壕にいた文次郎がそれに気付き掌底で砲弾を打ち上げた。

まるでスローモーションのように映るその砲弾は、綺麗な放物線を描いて間違いなく彼女に向かっていた。

「くそっ!!」

短く叫んだ文次郎が塹壕を飛び出そうとしたが、明らかに間に合いそうもない。
避けろ、と叫ぼうとしたその瞬間。

「あ」

大きな影が、固まってしまっていた彼女の腰をぐっと抱えて後ろへと引き寄せた。

「…トス」

そんな小さな呟きと共に、砲弾は彼女の目の前で再度空へと上がった。

「トスされたらお約束のー…」

眩しい太陽光を遮った砲弾に向かってそう叫び飛び上がった影が、勢いよくえびぞりになる。

「アタァー…」

ック、と続くと思いきや、とても痛々しいゴキリ、という音が響いた。

「痛ー!!!」

悲鳴を上げながら飛び出した塹壕へと戻っていった小平太を呆然と見送り、澄姫は長次に抱えられたまま塹壕の中で立ち尽くしていた。
小平太がアタックに失敗した砲弾はまたころころと転がり、更に奥の塹壕へと落ち、ごちん、と二つめの痛々しい音が響いた。

「わー!!わー!!雷蔵が怪我をしたァー!!!」

そう叫びながら塹壕から飛び出したのは三郎で、片腕で半泣きの雷蔵を引っ張って大慌てで救護所へと走っていった。
しんと静まり返った塹壕周辺。
ようやく我に返った澄姫がお礼を言おうと長次に向き直ると、強い力で腰を引かれなす術なく塹壕に座り込んだ。

「ちょ、長次、あの、ありがとう」

そう告げるも、長次は彼女の腹に顔を埋めたまま何も喋らない。
先程の不甲斐無い自分の姿を思い出し、呆れられたのかと慌てて彼の顔を覗き込むと、長次は見たこともない憔悴しきった表情で俯いていた。

「あ、あの、ごめんなさい、私…」

「……心臓が…」

小さな小さな声でぽつりと零された長次の言葉に、澄姫は咄嗟に口を噤んで耳をすませた。

「…心臓が、止まるかと思った…」

眉根を寄せ、額には汗を浮かべ、切れ長の瞳を伏せる長次。
いつだって無表情で動じない彼は、そんな顔をして彼女の腹に顔を埋めた。

「…後輩が大事なのも、わかる…だが、」

そう言って顔を上げた長次の瞳には珍しくありありと心配の色が浮かんでおり、澄姫の胸を甘く突き刺す。

「澄姫に、何かあった時…一番におかしくなるのは誰か、わかっているか?」

そう呟いて俯いてしまった長次の頭を、澄姫はぎゅっと抱き締めた。

「えぇ、えぇ、わかっているわ、ごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」

じんわりと胸に広がる愛しさが彼に伝わるように、しっかりと抱き締めた。



「あー…お取り込み中スミマセン。中在家先輩、立花先輩が呼んでマス…」

突然頭上から聞こえた声に、2人はびくりと肩を揺らして顔を上げた。
そこには大変申し訳なさそうな顔をして、頬を掻きながら視線を泳がせている竹谷八左ヱ門の姿があった。
うっすらと頬を染めた長次がひとつ頷き、澄姫を離して、地面に片手をついて塹壕から飛び出していった。

そんな彼の背を見送った八左ヱ門は残された澄姫の手を引いて塹壕から引っ張り出してやり、ぱっぱっと背についた砂を払ってやった。
怪我がなくてよかったです、そう声を掛けようとしたが、目の前の人物の顔を見て言葉を飲み込んだ。
引き上げられた澄姫は長次が去った方角を見つめ、頬を染めて、口元に手を添えて潤んだ瞳を伏せていた。

「…よかったっスね」

「…うん」

彼女の頬の赤みは、八左ヱ門にまで伝染してしまった。


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