追跡

すっかり日が落ち、宵闇が辺りを包む。
村で焚かれている炎がちらちらと遠目に揺れる暗闇の中、澄姫は自分に向かってくる気配を2つ感じ取った。
目を凝らし周囲を伺うと、ざかりと頭上の葉が揺れ、彼女の隣にひとつの影が降りてきた。

「仙蔵、あっちに不穏な気配を…あれ?」

鋭い目をしてそう呟いて降りてきた影は、彼女の姿を確認するなりぱちくりと瞬きをして、普段のようなまんまるおめめになった。

「お前澄姫か?仙蔵かと思った…」

「小平太、不穏な気配って?」

「あぁ、装束が違うのか!!ぶかぶかでなんか可愛いな!!」

「小平太、気配…」

「なんで私達と同じの着てるんだ?」

「こへ…」

「ははは!!でも袖と腰余りまくってるな!!可愛い可愛い!!」

「…」

全く話を聞いてくれるそぶりがない暴君七松小平太に、澄姫は額を押さえる。
不穏な気配はまだそう近くはない。恐らくタソガレドキ忍軍だろうが、近くないからこそ、彼女では場所が特定できない。
獣のようなこの男なら話は違うだろうが、先程から勝手に喋り続け借り物である装束の袖をぐいぐいと引っ張って笑っている。

「ふんふん、この匂いはいさっくんのか!!でもいつものより薄いな!!」

「…予備の予備ですって。昨夜曲者と対峙した時に私の装束が破損したから、彼に借りてるの」

「そうなのか!!小柄ないさっくんのでこれなら私や長次の着たらどうなるんだろうな!!後で着てくれな!!」

「はいはい、わかったから。不穏な気配って今どの辺りかわかる?」

とりあえず話を聞いてくれるように彼の欲求を満たしてやると、小平太はぎろりと視線を鋭くし、周囲の森を見渡した。
そしてある一方を指差し、あっちだ、と小さく呟いた。

「結構迫ってきてる。相当速いぞ…」

まるで狩りをする獣のように口元を楽しげに歪ませて、小平太は澄姫の細腰を抱えて木から音もなく飛び降りた。
着地の瞬間、彼がひゅひゅっと矢羽音で短い合図を飛ばす。

「すぐ長次たちがこっちにくる、いくぞ澄姫!!」

「ええ!!」

そう頷き、成長期真っ盛りの草を掻き分けて、2人は気配のほうへと駆け出した。
まるで平地を進むような速さで駆け抜ける小平太に後れを取らないように澄姫が懸命に走っていると、背後から慣れ親しんだ4つの気配が近付いてきた。
その内の2つは恐ろしい速さであっという間に彼女を追い抜き、前を走る小平太と一言二言何かを交わすと、左右に散った。

「大丈夫か澄姫」

「平気よ、それより近いわ」

「ああ、相当の手練のようだな」

澄姫の左に並び、仙蔵が涼しげに笑う。彼女の右隣に並んだ長次が縄標を構えながら頷いた。
そんな3人の少し前で、唐突に小平太が足を止める。
完全に気配を消し去り、何かを伺う彼の姿に、ピンと緊張の糸が張り詰める。
小さく掌を動かし、小平太は若干離れた文次郎に合図を送った。
その合図を確認した長次が小平太の隣に並び、文次郎は持っていた龕灯の蓋を取り去る。
微かな明かりに照らされた木々の間に、黒い影。
身を翻すその影に向かって、長次が縄標を投げる。

「…外した!!」

悔しげな文次郎の声で、小平太と留三郎が瞬時に駆け出す。
その後を長次が追い、仙蔵と澄姫が続く。
しかし暗闇の中の追いかけっこは、すぐさま終わりを迎えた。
先程まで枝を飛び移っていた黒い影はあっという間に消え、文次郎が木々を照らして探すも、その姿も気配も見つけることが出来ない。

「気配が消えた…?」

「文次郎、これは図られたぞ!!」

「しまった!!逃止の術か!!」

困惑する文次郎に駆け寄った小平太がそう告げると、文次郎は憎憎しげに吐き捨てた。

「…奴は、村に…」

長次のその言葉で、6人は慌てて踵を返し園田村へと急いだ。



−−−−−−−−−−−−
6人が園田村へ到着すると、最奥…保健委員会の救護所があるお堂周辺がなにやら騒がしい。
舌打ちした文次郎と小平太がすぐさま駆け出し、長次がそれに続く。
出遅れたといわんばかりに駆け出そうとした留三郎の肩を、仙蔵と澄姫が掴み引き止める。

「向こうはあれでいい」

「仙蔵…」

「私達は引き続き森の警戒よ」

「せんぞ…ぅが2人目!?」

「お前は脳味噌まで武闘派か」

左右から肩を掴む仙蔵と澄姫を目を剥いて見つめる留三郎。
頬を引き攣らせながらもしっかりと罵倒する仙蔵と、呆れた顔の澄姫。

「え!?あ!!お前澄姫か!?」

「遅いわよ…ずっと一緒にいたじゃない…」

「いや、あ…てっきり仙蔵だと…装束どうした?」

「説明するのも面倒になってくるわね…諸事情により破損したから伊作の予備の予備を借りてるのよ」

「そうか…いや、森の中だと体格差ってわかんねーもんだな、髪の長さだけで判断してた」

その言葉に澄姫は額を押さえて唸る。この装束を伊作に借りてからというもの、体格差体格差と何度言われたことか。
いい加減苛々してきた澄姫は、隣の仙蔵に徐に問いかけた。

「ねえ仙蔵、6年生の中で一番背が高いのは長次よね?」

「ん?あぁ、そうだ」

意図のはっきりしない彼女の問い掛けに首を傾げながらも、仙蔵は頷く。

「彼の次は?」

「身長順で言えば、長次、文次郎と留三郎が同じ、小平太、伊作、私だ」

「そう、じゃあ仙蔵、ちょっと上着貸して頂戴」

彼女のその一言と不機嫌そうな表情で、仙蔵は全てを悟った。
そして愉快そうにくつくつと笑いながら、望まれるまま上着を脱いで渡してやった。
意味がわからない、と1人首を傾げていた留三郎だが、突然目の前で上着を脱ぎ出した澄姫を見るなり大慌てで止める。

「ちょちょちょ何やってんだいきなり!!」

しかし彼の制止もお構いなし、どこ吹く風とばかりにちゃっちゃか仙蔵の上着を羽織った彼女は、思っていた理想と違う現実を突きつけられてぴたりと動きを止めた。

「…澄姫?」

ぴしり、とまるで時が止まったかのように微動だにしない彼女に、留三郎が不審そうに声を掛けた。
その隣では仙蔵が声を殺し肩を震わせ笑っている。

「ぶっくく…澄姫、お前私の得意武器を忘れたのか?」

「……宝禄、火矢…」

「そうだ、宝禄火矢とはどうするものだった?」

「……遠、投…」

「つまり?」

「…か、肩幅…」

「そういうことだ。身長的には私が一番低いかもしれんが、体格的には長次、小平太、文次郎と留三郎が同じ、私、伊作の順だ。つまりお前が今まで着ていたその伊作の装束が、6年の中で一番小柄なものということだ」

至極楽しげにそう言い放った仙蔵の痛恨の一言に、澄姫は項垂れる。
そんな彼女の頭を、大きな掌がポンポンと優しく叩いた。

「あー…何を気にしてんのかわかんねーけど、男と女じゃ体型が違うからさ。それに別に馬鹿にしたんじゃねぇぞ?ほら、お前の装束いつもすっきりしてるから、ぶかぶかの装束着てるの新鮮っつーか、何か小さい子が無理して大人の格好してるみたいで可愛か、った…」

優しい笑顔でフォローを始めた留三郎だったが、妙な方向に向かい始めてしまった自分の発言に慌てて口を押さえる。
しかし時既に遅し。
しっかりと彼の発言を聞いてしまった仙蔵と澄姫は、物凄い速さで留三郎から距離を取る。

「今の聞いた?仙蔵」

「あぁ、しっかりと聞いてしまった…」

「「やっぱりペド…」」

顔を見合わせて、まるで恐ろしいものでも見るように怯えたふりでわざとらしくひそひそと言葉を交わす2人。

「ちげぇーよ!!!」

留三郎の怒鳴り声が夜の森に響いた。


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