束の間の休息

しゅるしゅると衣擦れの音を小さく響かせ、群青色の上着を落とした澄姫は身に着けていた深赤色の忍装束の無残な姿に再度溜息を吐いた。
凄惨、という他に表現のしようがないほどそれはびりびりに破かれており、しかし彼女の肌には傷が見当たらない。

「さすが、だわ…」

額に青筋を浮かべつつも、溜息交じりにそう呟いて、ただの布切れと化してしまった自分の忍装束を忌々しげに脱ぎ去った。
さらしまでもが木っ端微塵に破かれていたので、代わりに手持ちの手拭をたわわな胸に巻きつけ邪魔にならないように押さえ、黒い内掛けを身に着ける。
上着を羽織ったところで、彼女の口角が少しだけ上がる。

「いやだ、伊作って小柄だと思っていたのに…」

雷蔵から借りていた群青の上着よりまた少し大きいと感じる上着に、澄姫はくすくすと小さな笑みを零した。
袴の腰帯をしっかりと締め、ぼろぼろの布きれは帰ったら処分しようと風呂敷に包み、反対の手に雷蔵の上着を持ち、着替えを終えた彼女は軽く髪を整え居間へと向かった。


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彼女が着替えている間に話は終わったようで、皆は縁側でひとときの休息を取っていた。

「雷蔵、上着ありがとう。洗ってなくてごめんなさいね」

「あ、気にしないでください」

澄姫が申し訳なさそうに差し出した群青色の上着を雷蔵はにこにこと人好きのする笑みで受け取り、袖を通した。

「それって善法寺先輩の装束ですか?」

雷蔵の隣に座っておにぎりを齧っていた三郎が、見慣れているが見慣れない彼女の深緑色の装束を指差しそう問いかけた。

「えぇ、予備の予備だからって貸してくれたの」

「へぇ…なんか、いいですね」

「『よかったですね』じゃなくて?」

その呟きに小首を傾げた雷蔵の肩にポン、と手を添えて、彼はわかってないな、と首を振った。

「澄姫先輩って結構きっちりした綺麗系って感じだろ?」

「え?まぁ…印象としてはそうかな?」

「でも見てみろ雷蔵、今の澄姫先輩を。私達と同じ形、更にそこまで変わらない大きさの装束なのに、袖の長さとか脇周りとか余ってるだろ?」

「それは体格的に…」

「そう、そこだよ!!」

突然声のボリュームとテンションが上がった三郎に驚き、雷蔵はびくりと肩を揺らす。

「いつもきっちり装束を着ている澄姫先輩が、大きい装束をゆったり着てる!!ぶかっとしたそのシルエットで、いつもきっちり綺麗系の先輩が可愛い系になってる!!」

「か、可愛い系…」

「そうだ!!私達より少し身長が低いだけの澄姫先輩だが、体格はここまで違うんだ!!肩幅とかくびれとか!!くびれとかぶしっ!!」

意味不明な力説を始めた三郎の顔面に、笑顔の澄姫がノーモーションで拳をめり込ませた。
勢いよく後ろ向きに倒れた友人を、雷蔵は受け止めもせず見ていた。
否、見ていることしかできなかった。

「いやだ、三郎ったら。眠くて妙なこと口走ったのね」

綺麗な笑顔なのに目が笑っていない彼女の言葉に、雷蔵は黙って頷いた。

縁側で眠る1年生と、眠っているように見える三郎を見つけた山田先生が苦笑いで仮眠を促しにくるまで、雷蔵はまるで子犬のように小さく震えていた。


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