夜道を駆けろ

小屋の扉を蹴り開けて、利吉と仙蔵が閃光弾を投げつけた。
眩い光に包まれた小屋から、乱太郎と伊作、澄姫が飛び出す。
続いて日向先生と三治郎、金吾が学園へ向けて走り出し、最後に山田先生と土井先生が残りの生徒を引き連れて駆け出した。
目が慣れ襲い掛かってきたタソガレドキ軍忍隊の攻撃を弾き、先頭の三郎としんがりの雷蔵で1年生をしっかりと挟んで、園田村へ向けて走る。


韋駄天と呼ばれるほど足の速い乱太郎が暗い森を駆け抜け、必死に走るその後ろを、木の上から伊作と澄姫が周囲に警戒しながら追いかける。

「わっ!!」

しかしまだ暗闇に慣れない1年生の乱太郎は、月明かりすら届かない森の中、木の根に躓いて派手に転んだ。

「乱太郎!!」

同じ委員会の可愛い後輩が転んだその姿に、伊作が木から飛び降り慌てて駆け寄る。
足首を押さえつつも気丈に立ち上がろうとする乱太郎を宥め座らせて、挫いたらしい足首を自身の頭巾でしっかりと固定してやる伊作。
その姿を警戒しながらも見ていた澄姫は、あまりにも簡単に小屋を抜け出せたことに小さな違和感を感じていた。

「これで、よし」

「…動かないですけど?」

「そうしたんだって。さ、急ごう」

そう笑って乱太郎の手を引き立ち上がらせた伊作は、彼の手を引き走り出そうとした。

「危ない!!」

しかし、突如として体当たりを食らわせてきた澄姫に突き飛ばされ、2人は揃って大木に強かに顔面をぶつけた。

「あだだ…」

鼻っ面を押さえながら文句を言おうと素早く起き上がった伊作は、キン、という甲高い金属音にサッと顔色を変えて後ろに叫んだ。

「乱太郎、先に行け!!」

そして素早く懐から苦無を取り出して、構える。

「澄姫先輩!!伊作先輩!!」

先に行け、と言われた乱太郎が体を起こすと、そこにはよく医務室に遊びに来る雑渡昆奈門が苦無を振るい澄姫に襲い掛かっていた。

「やぁ、伊作君。ごめんね、これも仕事でねぇ」

申し訳なさそうにそう言いながらも、包帯から覗く右目はにたりと楽しそうに歪められる。

「んっ、くぅ…!!」

ガンガンと激しい金属音を上げて、物凄い力で苦無いを叩き付けてくる昆奈門に澄姫はあっという間に防戦一方にされ、苦しそうに呻く。
体格も一回り以上違う大男に渾身の力で攻撃されては、いくら優秀といえども彼女には辛い。

「澄姫先輩危ない!!」

どんどん押されていく先輩に、乱太郎は居ても立ってもいられなくなり、足元に落ちていた石を拾い上げ昆奈門に向かって思いっきり投げつけた。
しかし石は昆奈門には当たらず、何故か吸い寄せられるように伊作の頭に命中した。

「ぐほっ!!ッ先に行けったらぁ!!」

「わっ、ごっ、ごめんなさぁい!!」

伊作に涙目でそう怒鳴られ、乱太郎は慌てて踵を返して駆け出した。
その後姿をホッとして見送った伊作の耳を、澄姫の甲高い悲鳴が劈いた。

「きゃー!!!」

驚いてそちらに目をやると、ニヤニヤ笑った昆奈門が苦無をくるりと器用に回し、目にも止まらぬ速さで澄姫に突きを繰り出していた。
もしやどこか刺されたか、そう思った伊作が慌てて彼女に近付き急いでその腕を引いた。
が、彼の腕は勢いよく澄姫によって叩き落とされてしまう。

「バカ!!腕引かないで!!」

そう怒鳴った彼女をよくよく見て、伊作は熱くなった鼻頭を慌てて押さえた。

「ごっ、ごめん!!」

「ふふふ、絶景絶景」

頬を染めて顔を背ける伊作とは対照的に、昆奈門はにやにやといやらしい目つきで満足そうに頷きながら澄姫を見ていた。

「何が絶景ですか!!毎回毎回本当にいい加減にしてくださいよ!!」

目くじらを立てて昆奈門に怒鳴る澄姫の装束は、先程の攻撃によりあちらこちらが裂けてしまっており、いたるところから素肌が覗いていた。
上半身は布切れと化してしまった装束が辛うじて胸に掛かっているだけの状態になり、下半身に至っては袴がまるでホットパンツのような丈に切り裂かれてしまった。
いくらくノ一のたまごとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい澄姫は胸元を片腕で覆い、なんとか苦無を構え続ける。

「…うん、いいね」

しかしその恥じらいや、片腕に圧迫されたことによりなお顕著になった谷間やらの眩しい光景に、昆奈門は真剣に頷いていた。

「破廉恥!!」

「おっと」

結局押さえたにも拘らずぼたぼたと垂れてしまった鼻血をそのままに、伊作が手裏剣を打ちつける。
それを軽々とかわして、昆奈門は今度は彼に襲い掛かってきた。

「っわ!!っく!!」

「いや、ごめんごめん、澄姫ちゃんって良い身体してるからつい…」

「ついじゃないですよ!!まるっきり変態じゃないですか!!」

「男は皆変態さ」

「違いますよ止めてくださいそういうこと言うの!!」

昆奈門から繰り出される攻撃を苦無で何とかいなしながら、伊作は彼の破廉恥な行動を窘める。

「嫁入り前の女の子になんて恥をかかせるんですか!!」

「大丈夫大丈夫、もしもの場合は責任ちゃんと取るから」

「そういう問題じゃ、ない、です、よっ!!!」

「えー、でも伊作君だって男の子なら見たいでしょ?」

「そんなこと無いです!!!」

なんの言い合いか、と突っ込みを入れたい澄姫をよそに、激しい金属音とは正反対の会話がなされている。
昆奈門の問い掛けに赤くなりながらもキッパリ否定した伊作を彼女が内心見直していると、突然昆奈門が澄姫に向かって足元の石を三つ投げつけてきた。

「澄姫!!!」

伊作の叫びを聞きながらも、彼女は冷静に苦無で石を弾いた。
大丈夫よ、と返事をしようと思った彼女が伊作を見ると、彼は顔を真っ赤に染めて澄姫を凝視していた。

「ほら、やっぱり伊作君も見たいんじゃない。年頃なんだからしょうがないって。我慢は体に良くないよ?」

ニタァ…と右目を歪めて、昆奈門はそう言い伊作の肩をぽんと叩き、そのまま体を捻り彼の腹を思い切り蹴り飛ばした。

「伊作!!」

背後にあった木の幹に勢いよく叩きつけられた伊作に澄姫は駆け寄った。ごほごほと咳き込む彼に大丈夫か問いかけようとしたところ、ぐっと両肩を掴まれて引き剥がされる。
先程からおかしい伊作の行動に首を傾げていると、後ろから昆奈門がむふふ、と変な笑い声を上げながら一枚の手拭を投げて寄こした。

「澄姫ちゃん、ごちそうさまでした」

「は?」

「それ、あげるから」

「へ?」

「じゃあね」

全く意味のわからない言葉を残して、昆奈門はそのまま闇に溶けた。
頭上に疑問符がたくさん浮かんでいる澄姫に、だくだくと先程よりも大量の鼻血を垂らしながら、伊作が何とか彼女の名を呼び、呟いた。

「澄姫、澄姫、あのね、ごめんね、あの、見えてるデス…」

まるで蚊の鳴くような声だったが、何とか呟いた伊作の言葉で彼女は自身の胸元を見て、声にならない悲鳴を上げた。




「最低!!最低!!最低!!!」

貰った手拭を胸に巻きつけながら、澄姫は涙声で悔しそうに喚いていた。
先程投げつけられた石を弾いた衝撃で、彼女のたわわな胸は結局晒されてしまい、結果目を奪われた伊作が昆奈門に蹴飛ばされた。

「ごめ、ごめんね、ごめんね澄姫…」

そう呟きつつも未だに鼻血が止まらない伊作をじっとりと睨み、溜息を吐く。

「大丈ブッ!!?」

そんな気まずい空気を醸し出す2人に合流した囮チームの山田先生が大丈夫かと声を掛ける途中で噴き出し、土井先生と雷蔵があられもない澄姫の姿に鼻血を噴いて、三郎は丁寧にお辞儀をしていた。


[ 50/253 ]

[*prev] [next#]