合流
半刻ほど伊作に手を引かれたまま森を進んだ頃だろうか、どこかで聞いた幼い声が近くから聞こえてきた。
「伊作…」
「うん」
ようやっと泣き止んだ澄姫が目配せをして、周囲の気配を探る。
「あの子たちと…」
「手練が2人…行こう!!」
しっかりと地面を蹴って手近な木に飛び移った伊作に頷いて、澄姫もまた木へと飛び移る。
いくつかの枝を蹴ってたどり着いたそこには案の定可愛い後輩たちが小さいながらも必死に走っており、その後ろでは土井先生が追手らしき忍びを追い払っているところであった。
伊作は1年生達の目の前へと降り立ち、澄姫は土井先生の元へとそのまま飛び、胸元から数本の苦無を取り出し追手の足元へ向けて打った。
「澄姫か!?」
「はい!!及ばずながら加勢いたします!!」
土井先生の立っていた枝の近くに着地し、苦無を構えそう言うと、人数的に不利だと思ったのか、追手は煙玉を使い姿をくらました。
完全に気配がなくなったことを確認し、土井先生と澄姫は息も絶え絶えな1年生たちのところへ降りる。
「まったく…待ってろと言ったのに、お前達今までどこに…」
呆れたような、心配そうな土井先生がそこまで言うと、顔から出るもの全部出したしんべヱが勢いよく土井先生へとしがみついた。
それを微笑ましく見ていた伊作と澄姫は、同じく選抜チームのはずのきり丸に何があったのかを問いかける。
「や、僕たち山田先生と一緒に物売りに化けたんですけど、燃料が思いのほかよく売れて、売り切れたから団子売り始めたんですけど、お腹空かせたしんべヱが売り物の団子全部食って太っちゃって、待機してたら乱太郎たちと合流して、土井先生が選抜チームと連絡とってくるっつーからオーマガトキ陣地に潜入してやろうってことになったら崖から落ちて、変な一般の夫丸を見つけて…」
「そ、そう…」
矢継ぎ早に語られた驚きの騒動に、流石1年は組…と澄姫は変な汗を流しながら、とりあえず一度選抜チームと合流しようという土井先生の言葉に頷き、中継地点である小屋へと向かった。
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澄姫たちが小屋に着くと、そこには1年は組の庄左ヱ門を筆頭に虎若、三治郎、兵太夫、伊助、雷蔵、三郎、日向先生、山田先生、それに
「利吉さん!!」
「あら、仙蔵じゃない」
山田先生の息子であるフリーの忍者、利吉さんと立花仙蔵の姿があった。
「お前たち無事だったか」
「随分遅かったな、澄姫」
教え子達に優しく声を掛ける山田先生。
その傍ら友人である伊作と澄姫に労わりの言葉どころか“遅かったな”などと抜かす仙蔵に、2人は苦笑するしかなかった。
きゃいきゃいと再会を喜び合う1年生を宥めながら、これまであったこと、わかったことを報告しあう上級生や先生。
「私たちが学園を出発した後、そんなことがあったのですか…」
「あぁ、そしてそんな危険なオーマガトキ城に喜三太が捕らえられていることもわかった」
「それは急がないと…」
澄姫、日向先生、伊作が真剣な顔で話し合っているところに、きり丸がひょっこりと顔を出して不思議そうに口を開いた。
「でも妙なんですよこの戦。両軍やる気が無くってなーんかほんわかっていうか…」
歴戦のアルバイターでいくつもの合戦場であらゆる戦を見てきたきり丸が呟いたその言葉に、澄姫と伊作が顔を見合わせる。
それを見ていた山田先生が顎に手を当てながらふむ、と唸った。
「なるほど…こりゃオーマガトキは最初から戦をやる気がなかったようだな」
ハッとする上級生をよそに、1年は組のよい子達は揃って首を傾げている。
そんなよい子達の後ろから、土井先生がそっと「はじめからよーく考えてごらん」と笑顔でアドバイスしていた。
わかんない、わかんない、と呟きながらどんどん目が離れていくよい子達を苦笑いで見ていたが、庄左ヱ門の呟いた言葉で唐突にきり丸が大きな声でわかった!!と叫んだ。
「そうか!!戦が始まるぞ、オーマガトキが負けるぞって噂を撒けば村々は慌てて制札をもらうためにタソガレドキに銭や兵糧を差し出す!!」
その言葉に続くように、金吾も立ち上がって叫ぶ。
「なるほど!!そのタソガレドキとオーマガトキが実はグルだったとしたら…」
「タソガレドキはどっさり受け取った金品のうちからいくらかをオーマガトキに渡すに違いない!!」
兵太夫が金吾と指を指し合い、頷き合う。
思った以上に頭の回転が速い1年は組のよい子達に感心していた澄姫と伊作の横で、山田先生がにっこり笑顔で「大変よく出来ました」と頷いた。
そしてよい子達の背後では
「大ッ変、良く出来ましたァァァ!!!」
「そんなに?」
「泣くほど?」
感極まって泣きながらも、しっかりと褒める土井先生を、三治郎と乱太郎が苦笑いで見つめていた。
「ふむ…ということは園田村が危険だな…急いで向かおう」
「何故園田村が危険なんですか?」
山田先生の一言に首を傾げた庄左ヱ門が問いかける。
「オーマガトキとタソガレドキの戦のからくりを知ってしまった我々と、園田村の乙名である手潟潔斎さんは関わりあってしまったからな。諜報に力を入れていないオーマガトキは大丈夫だが、タソガレドキの諜報力を侮ってはいかん…利吉」
山田先生に呼ばれた利吉は、頷いて仙蔵からいくつかの火器を受け取った。
「わかっています。私と立花君で陽動を仕掛け、その後喜三太の救出へ向かいます」
それに頷き、山田先生は日向先生を呼んだ。
「日向先生は三治郎と金吾と共に忍術学園へ援軍要請に向かってください。乱太郎は先駆け園田村に向かって手潟さんに今の話を伝えなさい。護衛には伊作と澄姫が付け」
「「「はい!!」」」
「残りは囮となって外に居るタソガレドキ忍軍の注意を引くぞ」
山田先生の最後の一言で、澄姫の体がびくりと揺れた。
彼女は慌てて利吉さんに駆け寄り、袖をついついと引いた。
「ん?澄姫ちゃん、どうかしたの?なんだか震えてるけど…」
「り、利吉さん、外のタソガレドキ忍軍…」
「あれ、気付いてなかった?囲まれてるよ?」
「いえ、気付いてはいましたけど…あの、あの…」
青褪めた顔で利吉の袖を引きながら、澄姫は涙目で彼に問いかける。
「あの…包帯ぐるぐる巻きの組頭、いますか…?」
そう言って必死に縋ってくる澄姫に少し頬を染めながら、利吉は視線を逸らして外の気配を再度伺った。
「…………い、や…いないみたいだよ、大丈夫」
その言葉にあからさまに安堵の息を吐き、ありがとうございます、と一礼して、伊作のもとに戻った澄姫。
そんな彼女の背中をぼうっと見つめていた利吉に、仙蔵がこそこそと囁いた。
「利吉さん、残念ながら澄姫は夏休み中に中在家長次と実家へ行き、両親と挨拶を済ませましたよ」
「だっ、そっ、別に、そんなんじゃ…」
そんなんじゃ、といいつつも酷くうろたえる息子の姿を視界の隅で捕らえた山田先生は、額に手を当てて「奥手なんだから…」とこっそり溜息を吐いた。
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