嗚呼、夏休み!!

突き刺す夏の日差し、喧しい蝉の声。
それぞれ課題を合格した忍術学園の生徒は皆、今日から夏休みである。

「…それでは、気を付けて帰る様にな」

「「「はぁーい!!」」」

校門で生徒を見送る先生。
嬉しそうに駆け出す私服姿のまだ幼い後輩達。

そんな彼らをぼんやりと見ながら、滝夜叉丸は姉を待っていた。
先日彼は、夏休み奪取と共に大好きな姉が将来を共にする人を実家に連れて行くと聞かされた。
そして、その相手は彼が所属する体育委員会の破壊委員長、七松小平太の同室で、友人。
自分の先輩で、頼り甲斐があって、強くて、強面で、でもとっても優しくて、器用で、賢くて、非の打ち所のない、大事な姉を攫っていく嫌な男。

「中在家先輩が、義兄上か…」

小さくそう呟いて、溜息を零す。

嫌いではない、むしろ尊敬しているし、好きだと思う。
しかし、どこか心の奥底に黒いものがくすぶる。

滝夜叉丸は俯いて、足元に転がる小石を蹴飛ばした。
小石は力なくころころと転がって、かつん、と何かに当たって止まった。

「不服か?滝夜叉丸」

聞き慣れたその声に、驚いて顔を上げる。
そこには私服姿の暴君、七松小平太が立っていた。

「七松先輩…」

「不服なのか?」

不敵に笑いながらそう繰り返す小平太に、滝夜叉丸は何も答えられない。
ただ俯いて、いつもの自信満々な表情とはまったく違う泣きそうな思い詰めた顔で、ぐっと唇を噛み締める。
そんな滝夜叉丸の頭に、ボンと大きな掌が乗せられ、乱雑にぐりぐりと撫でられた。

「わっわっ、なな、七松先輩!?」

今にも首がボキリといきそうな豪快な撫で方に思わず顔を上げると、満面の笑みの小平太が自信満々に大きな声でこう言った。

「長次はいい奴だぞ!!」

誰よりも、いい奴だ。そう自慢げに、嬉しそうに笑う小平太。

「でもな、滝夜叉丸が澄姫取られるのイヤだって言うなら、私が澄姫を取り返してやる!!」

「…!!」

「でも、私の知ってる滝夜叉丸はそんなこと言わない奴だ!!」

「七松…先輩…」

わしわしと、先程より少しだけ優しい手つきで、小平太は滝夜叉丸の頭を撫で続ける。

「私…私は、姉上…が、幸せならば…!!」

ぎゅっと拳を握って、溢れそうな涙を堪えて、滝夜叉丸は小さく呟いた。

「でも…でも、私は、もし兄が出来るならば、七松先輩が良かったです…」

ひっく、と小さく一度だけ零した滝夜叉丸に、小平太は嬉しそうに笑う。

「ありがとな滝夜叉丸!!でもそれはお前の望みだ、委員会で慣れているから私の方が良いと思うだけなんだ。もっと長次と話せ。長次の良さがわかるから」

そう優しく諭す小平太に、滝夜叉丸は素直に頷いて、ぐいと袖で涙を拭った。

「でももし、もしもどうしても長次が嫌だったら、そのときは私に言え」

「はい」

「その時は、私が長次をやっつけてやる!!」

「はいっ!!」

先程までとは一変して、楽しそうにそう笑いあう小平太と滝夜叉丸の耳に、自分達を呼ぶ声が聞こえた。

「やっときた!!おーい、遅いぞ長次!!澄姫も!!」

「…すま…ない……」

「滝も、暑い中随分待たせちゃったかしら?帰り道で心太でも食べていきましょ」

「はい、姉上!!」

そう言って仲良く並んで歩き出した姉弟を見て、長次は小平太に小さな声で問いかけた。

「…滝夜叉丸は…微妙な心境…なんだろうか…」

珍しく不安げな長次の様子に、小平太は快活に笑って首を振った。

「大丈夫だ!!長次は良い奴だからって言っておいた!!」

「…そうか…あり、がとう…」

「細かいことは気にするな!!じゃあまた新学期にな!!」

小さな声でお礼を述べる長次の背中をバンバンと叩き、いけいけどんどーんと叫んで小平太は駆け出した。
あっという間に追い抜かれた平姉弟が、その大きな背中を見送る。

「滝、私の相手、小平太なら良いと思ったでしょう?」

そんな姉からの問い掛けに、小さく頷いた滝夜叉丸の顔はしかし晴れやかだった。

「ええ、まぁ、少しは…でも、結局違うんです。姉上がお嫁に行くのが、寂しいだけだったんです」

「…大人になったわね、滝夜叉丸」

優しく微笑む姉は、優しく頭を撫でる。

「でも滝、もし私が小平太と夫婦になったら、貴方の義兄は小平太よ」

「は?いや、そりゃそうですよ」

「小平太なら恐らく…いえ、確実に、毎日貴方を修行やら鍛錬に連れまわすでしょうね。プロの忍者になったとしても、奴の体力は有り余るだろうから」

遠い目でそういわれた滝夜叉丸は、それを想像して顔面蒼白になる。
そして、後ろを静かについてくる長次に駆け寄り、その大きな手をぐっと握り締め、潤んだ瞳でお礼を述べた。

「中在家先輩!!私の義兄になっていただいて、本当に、本当に、本っ当ーにありがとうございます!!!」

これからその挨拶に伺うんだが…と小さな声で呟いた長次の頭には、たくさんの疑問符が浮かんでいた。






−夏休み奪還大作戦 終幕−

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