まさかの泣かせ方

ジワジワと蝉が鳴く校庭の木陰で、深緑が6つ固まっていた。

「くのいちを泣かせって…一番厄介な課題だな…」

「確かに、僕達には特に厄介だよね…」

文次郎と伊作がぼそりと呟く。それに首を傾げるのは小平太。

「なんでだ?女の子泣かすなんて簡単だろ?」

「ばっか小平太、普通の女の子ならともかくくのいちだぞ!!」

そうあっけらかんと言う彼の頭を軽く叩き、留三郎が怒鳴る。
それに頷いた仙蔵が、顎に手を当てて珍しく真剣に考え込む。

「留三郎の言う通りだ、しかも、最上級生である我々がくのいちでも下級生を泣かせるなど言語道断。唯のいじめだ…しかしその消去法でいくと、相手が必然的に…」

そこまで言うと、文次郎と留三郎が肩をびくりと揺らした。

「プロのくのいちは流石に不可能だし、山本シナ先生も難しい、下級生のくのたまは可哀想…となると、やっぱり相手は澄姫になっちゃうけど…長次…」

額の汗を拭いながら伊作が申し訳なさそうに長次を見る。
彼は相変わらず仏頂面で黙っていたが、暫くしてぼそぼそと口を開いた。

「…澄姫を…悲しませるなら…協力はしない…が、嬉し泣きなら…いいと思う…」

蝉の声に掻き消されそうな呟きだったが、それをしっかりと聞き取った5人の深緑は一斉に彼を指差して、大きな声で「それだ!!」と叫んだ。
誰一人として喜ばせて泣かせるという発想をしていなかったのかという言葉を、長次は黙って飲み込んだ。


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「澄姫ー!!澄姫ー!!」

「あら、小平太、何?私を泣かせに来たの?」

「おう!!だからバレーしよう!!」

「いやよ」

「んー…あ、じゃあセック「小平太アウトォォ!!」あイテ」

違う意味で『啼かせ』ようとした小平太の後頭部に留三郎が木桶を投げつけ、襟首を引っ掴んで走り去って行った。

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「ごめんね澄姫、えーいってなんでこんなとこに落としっぶしょん!!へっびしゅん!!う゛あ゛ー!!」

「…伊作、大丈夫?」

「…バチが、当たった…」

何をトチ狂ったのか保健委員会特製もっぱんを持って暴挙に出ようとした伊作だが、それを投げる寸前に何故か落とし穴に落ち自爆した。

「…伊作、お前話聞いてたか?」

「う゛あ゛あ゛ー!!!」

呆れながら引っ張りあげる留三郎と、顔から出るもの全部出した伊作を背に、長次が澄姫の背を押してその場を去った。

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「やる」

「あら、ありがとう。珍しいわね、文次郎が私に贈り物なんて」

「誕生日が近いと聞いたからな、それだけだ…」

「そう……それ誰情報?」

「仙蔵だが?」

「…私の誕生日、半年先か前よ」

「せんぞぉぉぉぉ!!!」

珍しい人からの贈り物なんて感動して泣いちゃうかも作戦(文次郎考案)、同室のまさかの裏切りにより失敗。

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「…留三郎」

「なんだ?泣きそうになったか?」

「…別の意味では泣きそうね」

「別の意味ってなんだよ」

喜三太と平太を膝の上に乗せ、同じようにしんべヱを膝に乗せた留三郎を絶対零度の瞳で見つめる澄姫。

「1年生は可愛いわよ、可愛いけどね」

「な!!可愛いよな!!こいつらに囲まれてると和むっつーか落ち付くっつーか、なんか泣きたくなるよな!!」

「貴方ってなんていうか、こう、…犯罪者よね」

「オブラート仕事して!!」

「このペド野郎が」

「俺が泣きそう!!!」

感性の違いにより多大な誤解を生んでしまった留三郎の「1年生に癒されて純粋な心を取り戻したら泣いちゃうかも作戦」は、考案した本人の心を深く傷つけた上、失敗。

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「…そして、彼女が生まれた時から共に育ったその山犬は、最期に彼女の手を優しくひと舐めして…ゆっくりと目を閉じた…」

「うっ…なんて優しい子なの…」

「生きている者には必ず寿命がある。お前の栗や桃だって…ん?な、何でこんなところになめくじが…はっ!!」

「「あー、立花先輩だぁ!!」」

「やっ、山村喜三太!!福富しんべヱ!!お前達なんでこんな…よせ、止めろ!!来るな!!走るな!!」

「「わぁっ!!」」

生物委員会委員長である澄姫には堪える『生物の最期』を話して泣かせようとした仙蔵だったが、運悪く厳禁2人に遭遇し、仲良くコケた2人からお約束通りナメクジと鼻水を浴びせられた。

「せ、仙蔵…大丈夫?」

「………っ…」

「せ、仙蔵?泣いてるの?大丈夫?今拭いてあげるからね…?」

「「立花先輩ごめんなさぁい…」」

涙を浮かべて謝る喜三太としんべヱの頭を俯いたまま撫でてやりながらも、仙蔵は唇を噛んで涙を堪えた。

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「「「「「長次、後は任せた」」」」」
そう言って小平太は笑い、伊作は鼻をかみ、文次郎と留三郎と仙蔵は膝を抱えた。そんな彼らに小さく頷き、長次は澄姫の元へ向かう。



木陰に囲まれた飼育小屋の前に、彼女はいた。
可愛がっている山犬を撫で、木陰で涼んでいる。

「…澄姫」

「あら長次、どうしたの?」

柔らかく微笑む彼女は山犬たちに小屋に戻るよう指示し、彼に駆け寄った。

「何か用かしら?それとも長次も私を泣かせに来たの?」

悪戯っぽく笑う彼女の言葉に、長次は頷く。それに驚いたのは澄姫で、しかし次の瞬間不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「言っておきますけど、冗談でも嘘でも別れ話なんてしたら許さないわよ」

そう低く呟く彼女に、彼はふるふると首を振る。
そして、小さな声で呟いた。

「…どうしても、夏休みが…欲しい」

どこか真剣にそう呟いた長次
彼がここまではっきりと要望を口にするのはとても珍しいことで、澄姫は不思議そうに首を傾げる。

「…実家に…用がある…」

「実家に?」

鸚鵡返しのような澄姫の言葉にも、長次はしっかりと頷く。
それを見て彼女は少し不安になった。
この歳で、実家に用事がある、というのは…特にくのいち教室では珍しくない。
火急の用や訃報なども勿論あるが、一番多いのはやはり縁談で、そしてそれは女に限られたことではない。
ひょっとして、長次に…?
そう考えて瞳を曇らせた澄姫を見て、長次はゆっくりと首を振る。彼女の考えなどお見通しということなのだろうか。
長次はゆっくりとその大きな手を彼女の両肩に置いた。

「…もう、夏だ…そろそろ…挨拶に、行こうかと…」

「挨拶…?あ、あぁ、卒業が近いからということかしら?」

しかし彼女の言葉に、長次は首を振る。
益々意味がわからなくなって、澄姫は首を捻るばかり。
そんな澄姫の瞳を見つめ、長次は珍しくはっきりと告げた。


「お前の実家に、挨拶だ」


ざわざわと心地良い風が木の葉を揺らす。
震える手を口元に当てた澄姫が、揺らめく瞳そのままに小さく「それって…」と呟いた。

「澄姫、お互い6年生、もう卒業だ。しかし就職場所は、まだ決まっていない。だからこそ、早い内がいいと思う」

「必ず、幸せにするとは誓えないが」



「私と、共に生きてくれ」


仄かに頬を染めながらも真剣に告げられたその言葉を聞いて、澄姫の瞳からぼろりと一粒の涙が落ちた。
彼女が声も出せないままがくがく頷くたび、涙は堰を切ったようにぼろぼろととめどなく零れ落ちる。
しかしふと脳の一部分が冷静に回転して、吹っ飛んでいた嫌な予感がひとつ浮かぶ。

「ちょ、う、じ…それ、って…私を、泣か…す、ための、嘘?」

しゃくり上げながら恐る恐る窺う澄姫。
しかし肩に置かれた手で、しっかりと胸に抱き寄せられた彼女の耳に、ばくばくととても早く鼓動を刻む長次の心音が飛び込んだ。
言葉も、行動も、その心音さえも愛おしく、澄姫は長次の胸に顔を埋めたまま、再度嗚咽を零す。

「ふ、ふつつか、ものですが…一生貴方に、ついて行きます…」

そう言って嬉しそうに涙を流し続ける澄姫を抱き締めて、長次もまた幸せそうに微笑んだ。

その瞬間周囲が急に気配で溢れ、ガサガサと至る所から友人達が顔を出した。

「長次に嫁ができたぞー!!!!」

そう叫んで嬉しそうに駆け出したのは小平太で、伊作は感動なのかもっぱんなのかよくわからないが、とりあえず涙と鼻水をだらだらと零しながらよかったね、よかったねと拍手している。

課題の成功と共にその報告をした長次と澄姫の手を学園長はぎゅっと握り、まるで祖父のように喜んだ。
そして忍術学園の美女と野獣カップルがめでたく結ばれたという大ニュースは、あっという間に学園中に広まり、暫くお祭り騒ぎだった。


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