従えば天国、逆らえば地獄

「5年生が5人と6年生が1人…いけるんじゃないかな?」

「でも忍術学園一ギンギンに忍者してると言われる潮江先輩だよ?」

校庭の隅で輪になった群青と深赤が、こそこそと顔を突き合わせている。
夏休みを奪取するべく、与えられた課題をどうこなすかを話し合っているが、楽観的な尾浜勘右衛門が発した言葉に、不破雷蔵が不安そうに呟いた。

「倒せと言われてるわけじゃないんだもの、大丈夫よ」

それを聞いていた澄姫が、サラサラの髪をかき上げて笑う。
すると彼女に同意するように、鉢屋三郎と竹谷八左ヱ門も頷いた。

「確かに澄姫先輩の言う通りだ」

「だな。倒せといわれりゃ無理だけど、捕まえるだけなら望みはある」

6人は頷いて、輪の中心で拳を付き合わせる。

「「「「「「夏休み、奪い取る!!」」」」」」

そう意気込んで、作戦参謀の久々知兵助考案の「潮江文次郎捕獲計画」に乗り出した。


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「「と、言うことで、協力してください」」

会計室でバチバチと算盤を弾く文次郎にそう言って頭を下げるのは、5年い組の尾浜勘右衛門と久々知兵助。
夏休みを欲しがっているのは何も5年生だけではない。他の学年…勿論6年生だって夏休みは欲しいに決まっている。そう考えた兵助は勘右衛門と共に正直に文次郎に直訴し、協力してもらえないかと持ちかけた。
頭を下げる彼らを横目で見て、文次郎は溜息を吐く。

「…お前らの気持ちはわかった。しかし出来ん相談だ」

帳簿をぱたりと閉じ、文次郎は会計委員会名物10kg算盤をじゃかりと鳴らし、肩に担いで立ち上がる。

「どうしてですか!?」

そう食い下がる勘右衛門を、文次郎は睨みつけた。

「バカタレィ!!忍たるもの鍛錬を怠るな!!俺を捕らえることも立派な鍛錬だ!!」

そう怒鳴りつけて、彼はドスドスと会計室を後にした。

「…勘右衛門、作戦その2に移行するぞ」

「…だね、素直に協力してくれれば自分の首を絞めることもないのに」

静まり返った会計室に、兵助と勘右衛門の声が零れた。


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「潮江文次郎会計委員長、ちょっとこれを見ていただけますか?」

そう言って帳簿を抱えた田村三木ヱ門が、慌てた様子で文次郎に駆け寄る。
しかし彼は酷い隈の目をギロリと鋭くして、委員会の後輩である三木ヱ門を睨みつけ、素早く距離を取った。

「潮江先輩…?あの…」

驚いた様子で帳簿を抱えたまま困惑する三木ヱ門に、文次郎はぼそりと

「鉢屋三郎、田村はもう少し小柄だ」

そう呟いて、背後から伸びてきた4本の腕を素早くかわして走り去る。
それを見送った三木ヱ門はだるそうな笑みを浮かべ、あっという間に雷蔵の顔になった。

「もう少しくらい騙せると思ったんだけど、流石だな…」

どこか楽しそうに呟いた三木ヱ門もとい不破雷蔵…もとい、鉢屋三郎の肩を軽く叩いて、八左ヱ門が苦笑する。

「本当にな…いい作戦だと思ったんだけど、やっぱ無理だったか」

「ということは、最終作戦に移行だね」

のほほんと笑う雷蔵の一言に、三郎と八左ヱ門は頷いた。



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ざざざ、と木の葉が擦れる音を立て、裏山を疾走する影が1つ。
その後ろを、6つの影が追走する。

「大人しく捕まってください!!」

「バカタレィ!!自力で捕まえてみんか!!」

「よし、皆散るぞ!!」

雷蔵が叫び、それを怒鳴りながら撒こうとする文次郎。
兵助が指示を出し、追走していた影が散らばる。
前後左右から襲い来る6人から身を翻し逃れる文次郎は、流石ギンギンに忍者していると言うだけある。

「ハチ!!」

「おう!!」

雷蔵に呼ばれた八左ヱ門が、彼と共に文次郎へと手を伸ばす。力自慢の彼らに両腕を掴まれた文次郎は舌打ちするも、すぐさま状態を屈め2人を引き寄せ、雷蔵の鳩尾に蹴りを浴びせる。
強烈な蹴りを貰った雷蔵はたたらを踏み、思わず手を離してしまう。

「雷蔵!!」

「バカタレ!!集中せんか!!」

げほげほと咳き込む友人を心配して意識を向けた八左ヱ門にそう怒鳴り、文次郎は体格の良い彼をいとも容易く投げ飛ばした。
その隙に背後に跳び付いた勘右衛門が羽交い絞めにするも、同じように背負い投げられる。

「三郎!!追い詰めろ!!」

兵助が寸鉄を打ちながら三郎に指示を飛ばし、文次郎の移動範囲を制限する。
太い木に囲まれた少しだけ開けた場所に誘導されてしまった文次郎は獰猛に笑い、連投される標刀を袋槍で弾き飛ばし、一瞬の隙を付いて三郎を殴り飛ばし、左足に向かって飛んできた澄姫の鎖分銅を掴み引き寄せ、釣られてきた彼女の体を組み伏せその白い首に槍先を突きつけた。

「クッソ…!!」

澄姫の首に突きつけられる槍先に身動きがとれなくなった兵助が悔しそうに唸る。
それを鼻で笑った文次郎が、鍛錬が足りん、と袋槍を退けて立ち上がったその時、澄姫がにやりと笑った。

「油断大敵、火がボーボー…ですよ『潮江先輩』」

「なっ…!!!」

級友である彼女から発せられたその低い声に、驚いてその場から飛び退こうとした文次郎に背後から、聞き慣れた鈴を転がすような笑い声。

「ごめんなさいね」

甘い声で謝罪が囁かれた直後、彼の体に雷に打たれたような衝撃が走った。



−−アッー!!!!



そんな声にならない悲鳴を上げて、文次郎は地面に倒れ込む。
その背後から姿を現したのは、“雷蔵”の顔を右手にぶら下げ高々と片脚を掲げた澄姫だった。
振り上げていた美脚で悶える文次郎をやんわりと踏みつけ、腕を組むその姿はまさに女王様という表現が相応しい。

「容赦ねぇ…!!!」

「同じ男として、辛いです…!!!」

鳩尾を押さえた雷蔵を支えながらひょこひょこと戻ってきた八左ヱ門が涙を滲ませ呟き、兵助が同意するように頷き目を覆う。
蹴り上げられた股間を押さえて蹲ったままの文次郎が、何とか顔を上げて澄姫を睨みつける。しかし彼の目にいつもの迫力はなく、涙も浮かんでいた。

「うふふ…いつもギンギンでシュンビンな文次郎が無様なものね」

「いや、ギンギンっつーかビンビンっつーかキンキンっつーか」

「三郎、お前Mなの?」

「違ぇよ!!!とも言い切れないのがちょっと悲しい…」

組み伏せられた時に付いた葉っぱを払い落とし、澄姫の顔からいつもの雷蔵の顔へと戻しながらそう茶々を入れる三郎に、勘右衛門が妙な疑問をぶつけ、聞きたくないカミングアウトに雷蔵が苦笑する。

「クソ…鉢屋と、入れ替わって…やがったか…」

「そうよ、よくも遠慮なく殴ってくれたわね」

「なん、て、こと、しや…がる…!!」

「あら、卑怯だとでも言いたいの?どんな手を使っても目的を達成するのが忍者だって貴方いつも言ってるじゃない」

何とか前屈みながらも体を起こした文次郎にぐっと顔を近付けて、澄姫は挑発的に笑う。

「使いモンに、ならなくなったら、どーすんだ…ッ!!!」

結局何も言い返せなかった文次郎は、唸りながら悔し紛れのようにそう吐き捨てた。



「それは大変、じゃあ確かめてあげましょうか?」

ケタケタとそう笑う澄姫が文次郎の文次郎に手を伸ばしたら、彼は大慌てでゴロゴロと転がって木の洞に嵌った。


そんな彼を縄で縛り、意気揚々と学園長の庵へと届けた彼らの頑張りは後に一言一句洩らさず正確に学園中へと広まり、1人の男が学園中の者に優しくされた。



→何はともあれ、5年生の課題見事合格!!


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