お姉ちゃんと一緒

青空が広がる校庭の片隅に、矢鱈目を引くキラキラと輝く集団。

「忍術学園一優秀な姉上とこの私が力を合わせれば、夏休みは貰ったも同然ですね!!」

「そうね、期待しているわよ滝」

「お任せください!!この滝夜叉丸、姉上の期待に応えて見せます!!」

艶やかな髪を靡かせて高笑いする平姉弟。
その隣では恍惚の表情の斉藤タカ丸が両手をワキワキと動かし、笑う2人を見ていた。

「滝くんと滝くんのお姉ちゃんの髪すごい…触りたい…!!」

そんなうずうずしたタカ丸の後ろでは、田村三木ヱ門が拳を握り燃えていた。

「夏休みは佐武村に行って照星さんに稽古をつけてもらうんだ…!!」

ごごごご、と気迫で炎の幻覚までをも作り出し、彼は夏休み争奪を誓う。
団結力は無いものの、各々が課題に向けてやる気を出している(?)後ろで、灰色の髪を揺らして踏鋤を動かす蛸壺製造機…もとい綾部喜八郎は相変わらず何事にも興味が無かった。

「はい、集合。夏休み奪取に向けて作戦練るわよ」

そんな超個性的でフリーダムな4年生を呼び集め、澄姫は彼らに与えられた課題をこなすために作戦会議を始めるのであった。


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「…まぁ、こうなりますよね」

額に青筋を浮かべた三木ヱ門が、項垂れながら呟く。
彼は今淡い青色の小袖を身に纏い、その可愛らしい顔に薄らと化粧を施していた。

「仕方ないって。忍術学園で伝子さんを褒め称えられるって人物が(案の定)誰一人としていなかったんだもん、町に行くしかないよ」

その彼の滑らかな髪を自室で結いながら、まだ制服姿のタカ丸が楽しそうに笑う。
くるりと器用に櫛を回し簪を差し入れて、三木ヱ門の肩を軽く叩き完成を告げる。そんな彼の顔は満面の笑みで、上機嫌なことが窺えた。

「…タカ丸さん、楽しそうですね」

「そりゃあ、役得だもん。4年生は皆髪が綺麗だからね、とっても楽しいよ」

今にも鼻歌を歌いだすのでは、というくらい上機嫌に頷くタカ丸の様子に、三木ヱ門も微笑んだ。
そんなほのぼのとした空気が漂い始めた部屋の扉が音もなく開き、澄姫が顔を覗かせる。

「三木、終わったかしら?」

そう言って小首を傾げる彼女は渋緑色の小袖を纏い、白魚のような手には翡翠色の簪を持っていた。

「あ、待ってましたぁ!!今終わったからね、こっち座って!!」

「あ、タカ丸、簪はこれ使ってもらえるかしら?」

目をキラキラと輝かせ鏡の前へと澄姫を誘うタカ丸に彼女が簪を渡した時、げんなりした滝夜叉丸が喜八郎を連れて部屋を訪れた。
疲れ果てた滝夜叉丸の顔を見ていぶかしんだ3人が、続いて彼の後ろに立つ喜八郎の顔を見て、一斉に固まる。

「…姉上に直してもらうと言って…聞かなくて…」

萌黄色の小袖を身に纏った滝夜叉丸がそう言って額を押さえる。
それもその筈、喜八郎は薄紅色の小袖をだらしなく纏い、その整った顔にはべったりと白粉や紅が歪に塗りたくられていた。

「喜八郎くん…」

「嫌、なんだな…」

珍しく眉間に皺を寄せる喜八郎のその表情に、タカ丸と三木ヱ門は苦笑した。

「仕方ない子ねぇ…おいで、喜八郎。タカ丸は滝を先にやってあげて頂戴」

同じような苦笑いで喜八郎に手招きし、派手に塗られた化粧を拭ってやる。
仏頂面ながらもされるがままに大人しくしている彼の様子に、澄姫は優しく微笑んで乱れた着付けを直してやった。



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「うおっ!!」

「ギャッ!!」

「わぁぁ!!」

小さな歓声よりも、そんな悲鳴が轟く忍術学園の正門へと続く道。
藍色の着物を纏った化け物…否、伝子さんの後に、大変見目麗しい集団が続く。

「さぁ、夏休みのために町へ行くわよぉ」

「「「ハイ、オカアサマ…」」」

あらぬ方を見たまま、滝夜叉丸、三木ヱ門、タカ丸が小さく呟いた。
色々な意味で荘厳な6人の女性(?)集団を遠目から見送った雷蔵と留三郎が青冷めながら

「澄姫先輩は普段通りお美しいですが、4年生も女装させると凄いですね…」

「しかしお母様って…あれまた家族設定か…?」

と呟き、乱太郎が何かを刺激されたように小刻みに震えていた。





色々な意味で人目を引きながら6人は町に着き、適当な茶屋でまったりとお茶を啜りつつお団子を齧っていた。

「それにしても、お母様は相変わらず女子力高いですねぇ…」

感心したように笑う澄姫に、茶屋の店主が発言の色々な部分に驚いて運んでいたお茶を派手にひっくり返した。

「ほほほ、澄姫ったら、相変わらずいい子ねぇ(…お世辞ならよしなさい。夏休みのために協力してやると言ったろう)」

伝子は口ではそう言いつつも、そのあと小さな声で囁いた。

「え、本気で思ってるんですけれど…」

そんな彼女の言葉に、タカ丸と三木ヱ門が仲良くお茶を噴き出す。
幸いにも滝夜叉丸は喜八郎の口元を拭っていて聞いていなかった。

「ちょちょちょ何言ってるん…のよ澄姫ちゃん!!」

「そそそそそうですよ気は確かですか澄姫せ…姉さま!!」

はしたないわよ、伝子にじっとりと睨まれ叱られる彼らは本音がダダ漏れだった事に未だ気付いていない。

「あらぁ、タカ子姉さまも三木子ももっとよく物事の本質を見なさいな。お母様のような立振舞は女性として素晴らしいわ。きっと引く手数多よ」

そう言って優雅にお茶を啜る澄姫の方が引く手数多のような気がするが、確かにいつの間にか、男性なのに、嫌なのに、女性に見える伝子さんは化物の術に関して大変勉強になる。
成程、と頷いた三木ヱ門の隣でいつの間にかタカ丸はメモを取っていた。

「ふむふむ、伝子さんは化物の参考…っと」

「このっ!!!」

しかしまた妙なところをメモし、伝子さんに拳骨をお見舞いされてしまった。



「邪魔するぜぇ」

和気藹々とおやつ時を楽しんでいた6人の耳に、突然そんな声が飛び込む。
茶屋の出入り口に視線を向けると、そこには粗野な男が5人立っており、どかどかと茶屋に入ってきた。
その風貌に茶を飲んでいた客は慌てて立ち去り、困り顔の店主に酒を要求し始めた。
まったく嘆かわしい人種もいたもんだと呆れる伝子だが、気にせずお茶を啜る。
すると、男たちの1人がふとこちらを見て、嫌な笑みを浮かべた。

「兄貴、兄貴、あそこ見てくださいよ!!」

兄貴、と呼ばれた体格のいい男がその声に促されるままに振り向き、ほぉ、と歓声を上げた。

「すげぇ、上玉ばっかじゃねぇか!!おい…」

こそこそと交わされている良くない算段に、伝子は耳を傾ける。
案の定と言うか何と言うか、下種な男共は可愛い教え子を狙っているようで。
伝子は静かに湯飲みを置いて、面倒なことになる前に茶屋を後にしようと机にお金を置いて店主に一声掛け、5人を連れて店を出た。

「さぁ、そろそろ帰りましょうか」

そう言って、伝子はさっさと歩き出す。
しかしその時、背後から上がった悲鳴に彼女は頭を抱えた。

「わぁ」

「タカま…タカ子姉さま!!」

茶屋から出てきた男に乱暴に腕を掴まれたタカ丸に、驚く滝夜叉丸。
ぞろぞろと出てくる男達は皆ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべており、澄姫にはこの後に言われるであろう言葉が安易に想像できた。

「おいおい姉ちゃん達、逃げるこたぁねぇだろ。ちょっと付き合えや」

「やっぱりね…」

そう呆れるも、同い年の後輩は大事な大事な腕を掴まれている。さっさと離してもらわなければ…そう思って澄姫は弟達を背中に押しやり、男に告げる。

「タカ子姉さまの腕をお放しくださいませ」

しかし、男は気にもせずタカ丸の腕をしっかり掴み、あろうことかやわやわと摩り始めた。

「へぇ、あんたタカ子って言うのかい。偉く別嬪だねぇ」

ヘラヘラとだらしなく笑う男のその言葉にタカ丸は短い悲鳴を上げ青褪め、見ていた5人は噴き出した。
確かにタカ丸は他の15歳…例えば潮江文次郎や七松小平太、食満留三郎に比べれば、女装しても許容範囲だと思う。しかしやはりどうしたって成長期の男性、普通の女性や成長途中の4年生たちに比べたら逞しいのだ。

「べ、べっぴん…べっぴん…やったねタカ子姉さま…!!」

何とか笑いを堪えながら、澄姫は親指を突き立てる。
そしてふと気になったので、彼女は笑いを堪えたまま男たちに問いかけた。

「あ、の…つかぬ事をお伺いします、どなたが誰狙いか教えていただけます?」

「俺はこのタカ子ちゃんだ」

「俺ぁその青色の子だよ」

「そこの萌黄の子が可愛いと思う」

タカ子に続き三木子、滝子が指名される。
そして兄貴と呼んだほうの男が、喜八郎を指差して頬を染めた。

「お、俺は薄紅の着物の子」

ひくひくと笑いを堪えつつ黙って聞いていると、兄貴と呼ばれた男が最後に迷いなくまっすぐに指を差した。

「あらやだぁん、私ぃ?」

まさかの指名に喜んだ伝子がそうシナを作ると、兄貴と呼ばれた男は拳をぐっと握り、たまんねぇぜ、と呟いて頬を染めた。

耐え切れなくなった澄姫は遂に噴き出し大笑いする。

「あーははははは!!随分、随分趣味が、い、いいわね!!ひっ、じゃあ、わ、私は先に帰ります、お夕飯の支度しなくちゃ…ぷぷーっ!!」

「あぁ、あんたはいいぜ…醜女だしなぁ…」

大爆笑する澄姫を興味なさげに見る男達に、どうなることだと見守っていた町人達が冷めた視線を投げる。
そんな町人達の間をとことこと喜八郎が突然歩き出し、一軒の家の壁に立てかけてあった乳切木を掴んで滝夜叉丸の隣に戻ってきた。

「「「ぶす?」」」

そして、まるで般若のような形相の滝夜叉丸と三木ヱ門と共に、満面の笑みでそう言った。その恐ろしい気迫に、タカ丸が慌てて男の腕を振り切り伝子さんに駆け寄り顔面蒼白でガチガチと震え出す。

「誰の姉上がぶす?何処を見てぶす?姉上は美しいわ愚か者ぉぉぉ!!」

そう叫んで、袷から取り出した戦輪の輪子を目にも止まらぬ速さで投げつける。
恐ろしい的中率で男達の頬を掠めた戦輪を受け止めた彼の隣では、喜八郎が踏鋤よりもはるかに軽い乳切木をぶんぶんと振り回し、男達を引っ掛けては高く放り投げていく。
その表情はやはり満面の笑みで、彼がキレていることがよくわかる。
そして、怒り狂ったい組が左右に身を翻した間から、何処から取り出したのかサチコ三世を抱えた三木ヱ門が吠えた。

「サぁチコ…ファイヤぁぁぁー!!!!」

爆音と共に飛ばされていく男達を眺め、伝子とタカ丸はまだ爆笑している澄姫の肩をポン、と叩いた。

「“可愛い”弟たちね…」

「愛されてるね、“お姉ちゃん”…」



そんな騒動の後、無事学園に帰った6人だが、滝夜叉丸と三木ヱ門と喜八郎は暫くの間忍術学園中の生徒に『澄姫先輩は綺麗ですよね』と聞いて回っていた。



→何はともあれ、4年生の課題見事合格!!


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