フリーの忍者はお年頃

6つの萌黄色と1つの深赤色がぐるりと輪を描き校庭の隅に座り込んでボソボソと何かを話している。
その表情は皆虚ろで、暗い。

「学園長先生も無茶を仰るよ…」

ぼそりと、艶やかな髪を揺らして萌黄色の1つ、浦風藤内が呟いた。
それに小さく頷いて、藤色の髪の三反田数馬も地面を見つめる。

「プロの忍者である利吉さんに色仕掛けって…普段から色々迷子と言われる俺たち3年生をこれ以上迷走させるつもりか…」

右手に縄を2本掴み、左手で顔を覆って富松作兵衛がそう吐き捨てた。
暗雲犇く萌黄の塊の中、鮮やかな赤い蛇を首に巻きつけた伊賀崎孫兵がぼうっとしている深赤を見て心配そうにその細腕に触れる。

「澄姫先輩、大丈夫ですか?お疲れなんですか?」

不安そうに揺れる瞳と、彼女の頬に擦り寄るひんやりとした存在に力なく笑い、澄姫は項垂れる。
さてあの一枚も二枚も三枚も四枚も自分たちより上手のフリー忍者にどうやって色仕掛けなんてしようかと真剣に頭を悩ませる萌黄たち。
寄り添って、知恵を絞りあう。

「やっぱ女装…か?」

「に、なるんじゃないかなぁ?」

「でもどう考えても色気が足りないだろ。4年生ならともかく、俺たちじゃ」

作兵衛、数馬、三之助は溜息混じりにそう言って澄姫を見る。
その視線にぐ、と細眉を寄せて、彼女もまた大きな溜息を吐いた。

「…わかってるわよ。やるわよやりますよ!!」

半泣きで半ばやけくその様にそう喚く澄姫の姿を見て、藤内が申し訳なく頭を下げた。

「すみません、恋仲のいらっしゃる澄姫先輩にこんな事をお願いするのは僕たちも心苦しいんです…でも…」

「夏休みが欲しいです!!」

まるでひまわりのように元気よく、あらぬ方向を向いてそう言った左門の頭を作兵衛が掴んでぐりりと回す。

「…左門、澄姫先輩はこっちだ…」

呆れたその呟きに、5人は仲良く額を押さえた。



−−−−−−−−−−−−−−
一方その頃、忍術学園正門に渦中の人物が現れた。

「こんにちは、小松田君」

「あ、利吉さんいらっしゃーい」

朗らかな笑顔で入門標を差し出して、事務員の小松田秀作が彼を出迎える。
それに苦笑いで記名を済ませ、利吉は颯爽と職員室の父親、伝蔵の元へと向かった。



「父上、失礼します」

一言声を掛け、自分と同じ苗字の札が下がった部屋の扉を開ける。

「おぉ、利吉。なんだどうした?」

珍しそうに、しかし嬉しそうに入室を促す伝蔵に、利吉も笑顔で頭を下げ、薦められた座布団に腰を下ろす。

「いえ、学園長から文を頂きまして」

「文?」

「えぇ、何でも3年生が用事があるので顔を出してやれと…」

「はぁ…まったく。夏休みを取らせたいんだか取り上げたいんだか…」

伝蔵の苦笑いを含んだその言葉に、利吉は不思議そうに首を傾げる。
ともかくくだらない理由で多忙な息子の貴重な時間を奪うわけにはいかないので、伝蔵は簡単に理由を説明して、引き攣り笑いを浮かべる息子の肩をぽんと叩き、適当にあしらっていいから、と慰めにもならない言葉を掛けた。

親子揃って溜息をつき、父の部屋を後にし3年長屋に向かう途中、利吉の腕に突然何かが触れる。
気配に気付いていた彼が苦笑いで視線を下げると、そこには萌黄色が2つしがみついていた。

「浦風藤内君、三反田数馬君、私に何か用かい?」

出来るだけ優しく声を掛けてやると、しがみついたまま2人は顔を上げた。
その表情は今にも泣き出しそうで、利吉は凛々しい眉を下げる。

「「利吉さん、ごめんなさい!!澄姫先輩お願いします!!」」

「え…どわぁ!!」

しかし泣き出しそうだった2人に突然突き飛ばされて、流石に体勢を崩した利吉は、長屋の一室から伸びてきた腕に襟を掴まれて、倒れるようにその部屋へと引きずり込まれた。
咄嗟に床に腕をつき、くるりと見事に体を翻した彼の背後で、勢いよくぴしゃりと扉が閉められる。
急に薄暗くなった部屋に驚き振り返ると、そこには扉を背に俯く澄姫の姿があった。

「君は確か滝夜叉丸くんの…いきなり何を…」

忍術学園くのいち教室の中で、特に優秀と名高い少女。
実力は勿論のこと、その艶やか麗しい容姿と年齢にそぐわない色香で将来有望だと囁かれる彼女は、他のくのたまと違いあまり自分に関わってこない。
そんな彼女が、何故いきなり自分を…そういえば、3年生は自分を突き飛ばした時に「お願いします」と彼女に対して言っていたような…
そこまで考えて、利吉の脳裏にひとつの結論が浮かび上がった。

(成程、では折角だからお手並み拝見といこうか)

悟られないようにそっとほくそ笑んだ利吉は、3年生の夏休み奪取のためとはいえプロである自分に色を仕掛けてくる噂の有望株を面白そうに見た。

「突然申し訳ありません、私は平澄姫と申します」

薄暗い部屋で静かにそう告げ、ゆっくりと利吉に歩み寄る少女はうっすらと頬を染め、仄かに潤んだ瞳を彷徨わせる。

「あぁ、4年生の平滝夜叉丸くんのお姉さんなんだよね、噂は聞いているよ」

将来有望らしいじゃないか、と蟲惑的に微笑みながらも、利吉はじりじりと距離を詰める彼女から後ずさってやる。

「嬉しいです…私のこと、ご存知なんですね…」

とん、と彼の背が壁に付いたのを見て、澄姫もまた魅惑的な笑みを浮かべてぎゅっと利吉の胸に遠慮がちに抱きつく。
そしてうっとりと彼を上目遣いに見つめ、顎の下でそっと指先を合わせる。
その動作の所為でぎゅっと強調された眩しい胸の谷間に、思わず視線が泳ぐ。
いかんいかんと心頭滅却を心がけ、平然を装い利吉は彼女の腰に腕を回す。
その細さに驚きながらも、その整った顔には笑みを貼り付け続ける。

「勿論。こんなに美しい女性を、見ない筈がないだろう?」

「まぁ…私のこと、見てくださっていたのですか…?」

熱の篭る蕩けきった瞳で彼を見つめ、ゆっくりとその頬へと指を滑らせる。
彼女の全身から香り立つ壮絶な色香に当てられそうになり、利吉は内心唸る。
確かに噂に違わぬ優秀なくのたま。凄まじい色香は15歳にして既に相当なもので、プロの忍者でも惑わせるものだろう。実力も伴うならば、体を差し出すまでもなく諜報活動を行える。くのいちとして彼女ほど優秀な者を利吉は知らない。
しかし、だからこそ。
優秀だと持て囃されるが故に、忍の三病である【敵を侮る】ことになりやすい。
まして彼女はあの自信家で有名な滝夜叉丸の姉。
近々卒業しプロとして活躍し出すことになる彼女には、可哀想だが早い段階で敵を、男を【侮る】とどうなるのか、知らしめておくべきだろう。
実戦で穢される前に、命を奪われる前に。

そんな妙な親心(?)で、利吉は澄姫の腰をぐっと引き寄せて耳元で囁く。

「あぁ、見ていたよ…いつだって、ね」

うっすらと笑い、素早く彼女と体勢を入れ替える。
あっという間に壁と利吉の体の間に閉じ込められた澄姫は、今までのうっとりとした表情から一変、焦った表情を浮かべ身を捩る。
憔悴の滲んだ瞳で見上げる彼女に、利吉はにやりと欲を曝け出して笑った。

「今日はもっと奥深くまで、見せてくれるのかな?」

その言葉にびくりと肩を揺らした澄姫の白い首筋に、彼はゆっくりと唇を寄せた。途端に強く香る甘い匂いに、脳髄が痺れる。

「ちょっ…利吉さ、待ってください!!これは…あの…!!」

行動に移した彼の体を大慌てで押し退け、澄姫はそう伝えようとするが、艶かしく動く熱い舌に思わず甘い悲鳴を上げた。
そんな声に触発されるように利吉は彼女の袷を割り開き、黒いインナーの襟口に指を掛けてゆっくりと下げる。
徐々に露になっていくその大きな膨らみを何とか隠そうともがく澄姫の耳に、そっと息を吹きかけて彼は甘く囁く。

「ダメだよ、全部、見せて」

蕩けそうな声で短く鳴いた澄姫の脚ががくがくと震え、倒れまいと反射的に利吉にしがみつく。そんな彼女の脚の間に膝を割り入れ、壁に押し付けた。
苦しそうな表情で自分に縋る澄姫に、利吉は高揚感を感じていることにふと気が付いた。
親切心か親心で忠告をするだけのつもりだったのに、いつの間にか彼女の色香に当てられていたようで、思わず苦笑する。
我に返った利吉だが、この眼前で据え膳状態の澄姫をさぁどうしようかと思案した時、廊下からこの部屋に近付いて来る騒がしい声と気配にハッとした。

「なんだ…?」

小さく呟いて、利吉は澄姫から体を離す。
支えがなくなった彼女の体はずるずると壁を伝い、床にへたり込んだ。
それと同時に、扉が物凄い音を立てて開き、薄暗い部屋に眩しい光が差し込む。

「あ!!澄姫いた!!長次!!澄姫ここで利吉さんに犯されてたぞ!!」

「人聞きの悪い冗談は止めろ!!」

相変わらず元気に、しかしとんでもない誤解を織り交ぜ叫ぶ小平太に利吉は怒鳴る。しかしまったく意に介さず彼は体に6つの萌黄を引っ付けたまま大きな声で友人を呼んだ。
直後物凄い速さで駆け付けた長次は、利吉に妙な笑顔で会釈をし、へたり込む澄姫を抱えて、小平太にすれ違い様何かを囁いて去っていた。
初めて見る長次の表情に驚きつつも、利吉は気を取り直して6人の3年生に笑顔で「課題は成功だよ。夏休み、貰えるといいね」と言って爽やかに踵を返し、学園を後に…しようとしたが、その腕をがっしりと小平太が掴んだ。

「…七松君?」

「利吉さん!!私とバレーとマラソンやってくれるんですってね!!」

「何ィィィィ!!?」

「さっき長次が言ってました!!ありがとうございます!!」

「私はそんなこと一言も…ってよせ!!腕を離せ!!」

「早速いけいけどんどーん!!!」

元気よく片腕を突き上げ利吉を掴んだ小平太が走り去る。振り落とされた6人は顔を見合わせて茫然とした。

「えーっと、つまり…」

「利吉さん、澄姫先輩の色仕掛けにかかってくれたんだ!!」

「でも…運悪く…」

「俺らが止め切れなかった七松先輩に見付かって」

「中在家先輩を呼ばれて…」

「勘違いした中在家先輩が七松先輩を唆して報復した、と」

藤内、左門、数馬、三之助、作兵衛、孫兵が微かに同情を込めて順に呟く。
しかし、次の瞬間ぐっと拳を突き上げて喜んだ。

「「「「「でもこれで、夏休みが貰える!!」」」」」

「…でも澄姫先輩大丈夫かな?酷いことされなきゃいいけど…」

元気よくはしゃぐ5人の横で、孫兵がジュンコの小さな頭を撫でながら心配そうに呟いた。


→何はともあれ、3年生の課題見事合格!!


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