悪戯好きな36歳

青い装束4つが、校庭の片隅でどんよりと縮こまっていた。
その中心には、深赤装束のくのたま、平澄姫。
彼女は珍しく頭を抱えていやいやと駄々をこねていた。

「嫌!!無理!!タソガレドキなんて行きたくない!!」

「我侭言わないでくださいよ!!元はと言えば澄姫先輩が学園長先生のお菓子盗るから悪いんじゃないですか!!」

「だからそれは謝ったでしょ!!だってタソガレドキにはあの忍組頭がいるのよ!?そうだ、保健委員!!川西左近!!貴方保健委員よね!?ちょちょっと忍び込んできてよ!!」

「無理言わないでくださいよ!!それに僕はあまりあの曲者さんと仲良くないです!!」

「大体澄姫先輩が一緒じゃないと意味無いじゃないですか」

「いやぁぁ!!久作と左近と三郎次のいじわる!!しろちゃん何とかして!!」

能勢久作、川西左近、池田三郎次に詰め寄られ、澄姫はいつも優雅に細められる瞳に涙を浮かべて2年生の良心、時友四郎兵衛に縋りついた。
しかし、ぼあっとしている四郎兵衛もまた

「あのね、ぼくね、夏休み、欲しいなぁ」

にぱぁっと笑って、そう言った。
その笑顔に色んな意味で打ちのめされた澄姫は、涙を呑んで4人と共にタソガレドキの領地へと向かった。

「あの忍組頭が忍務でいませんように、あの忍組頭が忍務でいませんように…」

虚ろな瞳で、そう呟きながら。


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同行者がまだ2年生、しかも4人もいるため、上級生のように夜間に忍び込むのは危険と判断し、澄姫はとりあえず穏便に、高坂さんか諸泉さんにタソガレ的な何かを貸していただけないかを正面切って相談することにした。

「何か拍子抜けです」

「おだまり三郎次」

かっこわるい、とぶすくれる三郎次をぴしゃりと叱り、澄姫はタソガレドキ城守衛に話し掛けた。

「あの、恐れ入りますが、高坂陣内左衛門様か諸泉尊奈門様はおられますか?」

見掛けない女の来訪にいぶかしんで槍を突きつけた守衛だが、笠を持ち上げた澄姫の整った顔立ちにでれりと表情を緩める。

「お嬢さん、うちの忍軍と知り合いかね?」

「ええ、以前戦場で暴漢に襲われたところを助けていただいて…そのお礼に参りました。後ろは弟たちですの」

にこりと、まるで花が咲くように笑う澄姫に、守衛の1人が笑顔で頷いて、城の中へ駆けて行った。

「そうかい、お待ちよ、今呼んできてあげるからね」

残った1人がでれでれとだらしなく笑いながら、そう言った。
しばらくその守衛と談笑をしていたら、先程駆けて行った守衛の跡をついてくる黒い装束の男が視界に入り、澄姫は思いっきり顔を顰めた。
黒い装束の男は、その包帯から覗く右目をにんまりと細めて、片手を挙げた。

「やぁ、澄姫ちゃん。会いに来てくれたんだって?」

「違います守衛さん!!私は高坂さんか諸泉さんに…!!」

必死にそう告げる澄姫に、守衛は笑って説明した。

「大丈夫だよ、このお方はそのお2人が所属する忍軍の組頭さ」

あああ、違うそうじゃなくて、と額を押さえる澄姫をニヤニヤと見つめ、組頭…雑渡昆奈門は、彼女の背を押し、2年生たちもついて来るように促した。



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彼女たちが通されたのはどうやらタソガレドキ忍軍の屋敷のようで、広々とした畳の部屋に案内された。
外で会うときとは違い頭巾を外したタソガレドキ忍軍におどおどしている2年生4人に椎良勘介さんがお茶とお菓子を勧め、山本陣内さんは何故か四郎兵衛を膝に乗せていた。
そんなアットホーム感漂う室内で、ゆったりと座って水筒から太いストローで雑炊を啜る昆奈門を半目で睨み続ける澄姫。

「で、今日はどしたの?何か用事かな?」

ずずず、と雑炊を啜る合間に聞こえたその声に澄姫は観念して今回の来訪の理由を話し、頭を下げた。

「そういうことなので、何か…何でも良いので、タソガレドキ忍軍の物を貸していただけませんか?必ずお返しに参りますから…」

恥を忍んでそう頼み込む彼女を見て、昆奈門はにんまり笑う。

「なるほど、上級生ならともかく、下級生…しかもまだ2年生を4人も引き連れて忍び込めないから、正面切って頼みに来た訳ね」

ふぅん、とだらり仰け反って、ちょいちょいっと諸泉さんを呼んだ。

「尊奈門、先月だっけ?あの式典のタソガレ湯飲み、アレあげなよ。いらないし」

「わかりました、持って参ります」

「そんで陣内と陣左と勘介、暗くなる前に忍たまたちを学園に送っておやり」

彼らが頷いたのを見て、澄姫の背中に嫌な汗が流れる。
彼女の嫌な予感を肯定するように、昆奈門はゆっくりと距離を詰めながら右目を三日月のように細めて笑った。

「澄姫ちゃんは、私と少し話してから、送ってあげるからね」


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さすがと言うか、何と言うか、プロの忍集団だけあって、あっという間に2年生を抱えて出て行った彼らを恨めしく思い、出入り口を睨む澄姫。
ぐっと握り締めていた手をいきなり掴まれて、体勢を崩した澄姫は昆奈門の胸に倒れ込んだ。

「相変わらずいい女だねぇ…どう?タソガレドキ忍軍に就職する気になった?」

「なりませんよ!!離っしてっくだっさい!!」

体中をイヤらしく撫で回す昆奈門の手を何とか引き剥がそうと暴れるが、まったく敵わない澄姫。
その着物はどんどんと乱れていく。

「んー、いい眺め」

「た、タダ見なんて許しませんよ!!金取りますよ!!」

「えー、いいよ。見れるならお金くらい払うよ」

「いやー!!変態!!長次ぃー!!!」

「好いた男の名を呼びながら別の男に襲われる…なんかソソるね?」

明らかに襲うつもりも無い、ただ澄姫の反応を楽しんでいる昆奈門は楽しそうに笑う。
実は忍術学園でも、澄姫を見かけると昆奈門はちょっかいをかけに行く。反応が面白いのと、冗談であってもこのわがままボディに触れられるので、一石二鳥らしい。

「ほーらほら、全部脱がしちゃうよー」

「ぎゃー!!いやー!!」

着物を全て剥がされ、下に着ていた忍装束の上着も奪われ、帯も取られた澄姫は袴と黒いインナーだけは奪われまいと必死に掴んでいた。
しかし動けば動くほど彼女の垂涎ものの肢体が露になっていく。

にまにまと至極楽しそうな昆奈門が彼女の最後の砦、インナーに手を伸ば…したところで、飛んできた数本の苦無をかわす為大きく跳躍した。
体勢を整えて苦無の飛んできた方角を睨み、あからさまな溜息を吐く。

そこには顔を真っ赤にした尊奈門が、桐の箱を抱えて構えていた。

「組頭!!あれほどお止めくださいと申しましたのに!!」

「えー、だって目の前にこんなわがままボディがあったらさぁ…」

どすどすと激しい足音で尊奈門は澄姫に近付き、そこらに放られた着物やら帯を彼女に投げつけた。

「お前もさっさとその見苦しい身体を隠せ!!」

そう怒鳴られた言葉にカチーンと来た澄姫は、勢いよく立ち上がり叫んだ。

「見苦しいとはなんですか!!忍術学園一の美貌を誇るこの平澄姫、見られて困る体をしてはおりません!!」

鼻息荒くそう言い返した澄姫が立ち上がったせいで、帯の無い袴はするりと落ちた。
そして晒された光景に、尊奈門は勢いよく鼻血を噴いてひっくり返り、昆奈門は手を合わせて「ご馳走さまです」と拝んだ。


その後泣きじゃくる澄姫を何とか宥め忍術学園に送り届けた昆奈門は、彼女の目が赤いことに気付いた長次に笑顔で追い掛け回され、澄姫は澄姫で学園長にタソガレ湯飲みを半ば八つ当たりのように叩きつけ合格を貰い、心配そうに待っていた2年生に抱き付きこっそり泣いた。


→何はともあれ、2年生の課題見事合格!!


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