食事

私の名前は新木心愛、16歳。
ある日、いつものように朝起きて、学校に行って…って筈だったのに、何故か真っ白なところにいた。目の前には白い服を着たひと。

そして、その白い服を着た人は私に、何でも願いを叶えてあげるよ、なんてにっこり笑って言った。
状況はわからなかったけど、でも願いを叶えてくれるなんて言われたら夢でも何でもいいかな、なんて思った。

そして私は自分の『イケメンに囲まれてちやほやされて王子様を見つけたい』という願望を、叶えてもらえることに。


なる、はずだったのに。


白い空間から放り出されて、昔の日本っぽいところの『忍術学園』っていう場所で、私は確かにかっこいい男の子に囲まれた。
ちやほやされた。
けど、平澄姫という女の所為で、全てが台無しになった。

でも、それよりも…

「さて、『王子様』とやらは見つかったのかな?」

にっこりと、どこか空恐ろしい笑みで私に問いかけた、あの白い服の男の人。
優しそうな笑顔で、白い服を着てて、何でも願いを叶えてくれるなんて言っていた、あの男。
私はてっきり、神様だと思っていたのに。

「や…助けて…おねがい…助けて…王子様なんて、もう…」

べちゃり、と舌なめずりしたあの男は、悪魔だった。

「王子様なんて、もういらないから!!」

私がそう言った直後、あの悪魔は、私に微笑んで頭を下げた。

「はい、じゃあ契約成立。ご馳走様」

その瞬間、足元に大きな穴が開いて、私はそこへ引き摺り込まれた。


−−−−−−−−−−−−−−−−
気付いたら、最初にいたあの白い空間。
目の前には、優しく笑うあの悪魔。

「お目覚めかい?」

「ひぃっ!!!」

反射的に飛び退いて、周囲を見渡す。

「さ、じゃあ早速」

そう言って目の前に伸ばされた手を、私は無我夢中で払いのける。

「いやっ!!いやだっ!!!なんで!?どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの!!?」

ばたばたと暴れる私に呆れたような眼差しを向けて、悪魔は嗤う。
そして、つい…と指先で空中に円を描いた。
その中がぽわりと光って、さっきまで私がいた忍術学園が映る。

「せ、仙蔵くん!!文次郎くん!!」

どこか呆れた顔の、私の王子様になるはずだった仙蔵くんと、酷い隈が目立つ不精な顔立ちの文次郎くんが映った。
私は必死に助けを求めて彼らの名前を大声で呼んで手を伸ばす。

「無駄無駄、触れられないし、気付かないよ」

そう言われると同時に、私の手は光の円を突き抜けた。

「そんな…」

じわりと涙が浮かぶ。
歪んだ視界に映る、楽しそうに笑う小平太くんと留三郎くんと、伊作くん。
まるでスライドショーみたいに、5年生の皆や4年生の皆…小さい子も、先生たちも、笑顔。
ぼろぼろと零れる涙の中、最後に映し出されたのは

「長次、くん…」

あの女と幸せそうにキスをする、中在家長次くん。
彼は見たこともないとても優しそうな、穏やかな、素敵な笑顔で。

がくりと膝をついて、私は項垂れる。
そんな私の耳元で、悪魔は優しく囁く。

「君さ、小さい頃から甘やかされて育って、我侭放題だったでしょ?小学校の時、女の子に意地悪しなかった?中学校の時、男の子の純粋な気持ちを弄ばなかった?高校に入って、友達の彼氏、盗らなかった?そういう子ってね、恨まれるって知ってる?」

「わ…たしが…?」

「そう、君。そういう子達はね、私たちにとって、とーってもいい臭いがするんだよ。鉄臭い、生臭い、まるで死臭みたいな、恨みや妬みのいい臭い」

うっとりと哂う悪魔の指先が、光の円につん、と触れる。
すると、薄暗い部屋で体を起こすあの女が映った。

「君がいなくなった事に、この世界も、君の世界も、パパもママも、誰も違和感を感じてないよ。一晩寝たら、君のことなんて皆忘れちゃうんだ」

「そん、な…」

「それにしても、彼女は美しいねぇ。こんなに誰もを魅了する容姿なのに、唯一人を想っている。そして同性にも慕われ、好かれて。中途半端な容姿の癖に色んな男を狙い、同性に妬まれ嫌われる君とはまるで違う。比べるのすら失礼だね」

馬鹿にされるようにそう言われて、私は歯を食いしばり光の円を睨む。
さっきは突き抜けた腕が、今度は映像に触ることが出来た。
バンバンと怒りに任せ、拳を叩きつける。

「あんたさえいなければ!!あんたさえいなければ!!代わりなさいよ!!私の代わりにあんたが」

恐ろしい力で掴まれた肩に、言葉が止まる。
真っ白い手で私の肩を掴んだ悪魔が嗤う。

「そういう絶望がね、最高なんだよ」

「ひぎっ」

とても抗えない力で後ろに引き倒された私は、そこで








「ふぅ、やっぱ美味い」

ぺろりと唇を舐めた私は、一息ついて指を鳴らした。
今まで真っ白にしていた空間を、一気に生活感溢れるリビングに変える。
お気に入りのソファにどかりと腰を下ろして、サイドテーブルに置いてあるリモコンでTVのスイッチを入れ、ぱちぱちとチャンネルを変えていく。
のどかな田園風景、渋滞している都心、武装している若者、剣を振るう少年、様々な映像…というよりは、世界が映されている。

「さぁてと、次は何食うかなぁ」

ぱち、とチャンネルをあの魅惑の少女、平澄姫の存在する世界に合わせて、あくびを噛み殺す。
少女の美しい声を聞きながら、私はゆっくりと目を閉じた。


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