倖刻

警戒心をむき出しにする生徒たちと、半助。
男と向き合う澄姫と長次、茫然とした心愛。

そんな彼らをまるで意に介さない様子で、白い服を翻して男は話し出した。

「まず、最初に、コレをこの『忍術学園』に落としたのは、私です。それで皆様に大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ないと思っておりますが、それも私が生きるため。どうかご容赦ください」

「生きる、ため?」

澄姫の問い掛けに、男は頷く。

「そうです。私は皆様の言う『妖怪』や『死神』に近い存在で、『悪魔』と申します」

「は…?」

誰ともなしに漏れたその言葉に、男はニコリと爽やかに笑い、対して心愛は自身の予想と相反したその男の正体に愕然とした。


「まあ、信じられないかもしれませんがね。で、私たち『悪魔』は餌の栄養…所謂欲望ですね、を満たして、それから魂を喰らうんです」

「その欲望…とは…もしや…」

仙蔵のその呟きに、男はコクリと頷いて肯定を示す。

「お察しの通り、コレの場合は男漁りです。この世界に落としたのは本当に偶然ですが、とんでもない騒ぎを起こしたみたいですね…実は珍しいんですよ、こんなケース」

白い服の男が説明を進めるたびに、心愛の顔はどんどん青褪めていく。
視線を向けられ、びくりと肩を震わせる彼女に失笑を零し、男はその白い服を触りながら気まずそうに続ける。

「今回は本当に運が悪いというか…何故か不運が不運を呼んでこうなったと言うか…私もここまでの不運は初めてですよ」

そう笑う男の言葉に、全員が伊作を見た。

「え!!?これ僕のせい!?」

そう叫ぶ伊作に、誰もが目を逸らした。
その様子を不思議そうに見て、白い服の男は心愛に問いかける。

「さて、『王子様』とやらは見つかったのかな?」

にっこりと、どこか空恐ろしい笑みで心愛に問いかける男。
心愛は緩く首を振りながら、カチカチと歯を鳴らしながら後ずさり呟く。


「や…助けて…おねがい…助けて…王子様なんて、もう…」



べちゃり、と舌なめずりした男に気付かない心愛は、縋る。




「王子様なんて、もういらないから!!」




その言葉が発せられた直後、心愛の足元から不気味な色の光が零れた。
白い服を優雅に翻し、男は心愛に微笑んで頭を下げる。


「はい、じゃあ契約成立。ありがとうございまーす」


その瞬間、心愛の足元に大きな穴が開き、彼女の体はあっという間にそこへ引きずり込まれていった。

これは現実なのかと唖然とする澄姫たちに、男は満面の笑みで告げる。

「お手数お掛けしました。これで全てが元通りなので、安心してくださいね」

上機嫌にそう言って、男はドロリと影に溶けた。










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ぴすん、という山犬が鼻を鳴らす音で、澄姫は肩を揺らした。

「あ、ら?」

驚いて周囲を見渡し、首を傾げる。

「私、飼育小屋で一体何を…委員会?」

不思議そうに首を傾げて、澄姫は隣にぼうっと立っている長次に気付く。

「長次?長次!!どうかしたの?」

その呼び掛けにびくりと肩を揺らして、長次が不思議そうに澄姫を見る。
その彼の手には綺麗な翡翠色の簪が大切そうに握られていた。

「あ…綺麗な、簪…」

「これ、は…」

長次は綺麗に纏められた澄姫の髪にその簪をゆっくりと差し込み、穏やかに微笑み、呟いた。

「共に行った町の本屋の店主が、くれたものだ。亡き奥方の形見で、幸せになれるご利益付だと…大切な女に贈りなさいと、譲っていただいた…」

「長、次…それ、って…」

瞳を潤ませる澄姫の頬にそっと無骨な手を添えて、長次は頷く。

「…これからも、ずっと…傍に、いて欲しい」

頬を染めて恥ずかしそうに俯いてしまった長次に、澄姫は跳び付いて、熱い口付けを交わした。

「嫌がっても、飽きたって言っても、離してあげないから」

「…望む、ところだ…」






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桃色の空気を醸し出す2人のすぐ傍で、文次郎と仙蔵は呆れかえる。

「確実に見えてないな…」

「そのようだな」

その隣で胃を押さえた半助が首を傾げていた。

「しかしいったい何で飼育小屋に…?」

その言葉に、5年生の5人も不思議そうに顔を見合わせる。

「何か、あった気がしたんだが…」

そう言って顎に手を当ててみても、何も思い当らない。
そんな留三郎の肩をポンと叩き、小平太がいつものように笑う。

「まぁ細かいことは気にするな!!」

その一言がやたらと心にすとんと落ち、全員が素直に頷いて、幸せそうな2人を置いて飼育小屋を立ち去って行った。

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