真打

「新木心愛さん。中在家と平に、謝りなさい」

その言葉に、口元を押さえていた心愛は唖然として半助を見た。
意味が分からない、そんな顔をしている彼女に、半助はもう一度、謝りなさいと告げた。

「土井、先生…?だって、わ、わたし、が…」

−−暴力振るわれてるの、見てたでしょ?
大きく目を見開いて、信じられないとでも言うように、心愛は呟く。

「それは君が斧を持って彼女を襲ったからだろう。確かに澄姫もやりすぎだとは思うが…そもそも、君はどうして彼女を襲ったりしたんだ。相手はたまごとはいえ6年生なんだぞ?」

「だって、それ、は…」

「居場所を奪われたと、そう言っていたが、学園は今の状態が普通だ。むしろ、君が最初に彼女から居場所を奪ったんじゃないのかい?」

「わ、わたしが…?」

「それに、いくら知らなかったとはいえ、いきなり凶器を持って襲い掛かったり、相手の物を壊すなんて、人として、決してやってはいけないことだ」

ぴしゃりとそう言われ、心愛は着物を握り締めて俯く。

「でも…でも、だって!!」




「はっ、またそれかよ」

聞こえた辛辣な言葉に顔を上げれば、同じ容姿をした2人が呆れたように心愛を見ていた。

「雷蔵くん?三郎くん?」

「心愛さん、悪いことをしたならきちんと謝らないとダメだよ」

心愛の呼び掛けに返事もせず、雷蔵がぴっと人差し指を立ててそう諭す。
その隣で、三郎はダルそうに大きな溜息を吐いた。

「雷蔵、無駄無駄。そいつさっきから言い逃れしかしてない。罪悪感なんて微塵も感じちゃいないぞ」

「そんな…酷い!!雷蔵くんと三郎くんは一体どっちの味方なのよ!!」

そんな心愛のヒステリックな叫び声に、勘右衛門と兵助が顔を見合わせる。

「どっちの味方って…」

「今そんな話はしていないし」

だよねぇ、とお互いに首を傾げる天然5年い組コンビ。

「まあ、俺はどっちかってーと澄姫先輩の味方かな」

頭の後ろで手を組みながらちゃっかりそう答える八左ヱ門のぼさぼさの髪を、三郎が忠犬、なんて笑いながらぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「敵とか味方じゃなくて、悪いことをしたなら謝らないとね」

「い、伊作くんまで私が悪いって言うの!!?」

「いや、明らかにお前が悪いだろ?」

「ははは!!こいつ性格も頭も悪いな!!」

「ガキじゃあるめぇし」

優しく窘める伊作に心愛が噛み付くと、留三郎が呆れたように指摘する。
それをみて小平太が笑顔で暴言を吐き、文次郎がそれに同意し肩を竦める。
わなわなと震えながらも、心愛はさっきから黙っている仙蔵に縋る。

「せ、仙蔵くんはそんなこと思ってないよね!?心愛の味方だよね!?」

必死な彼女の言葉に、仙蔵はにっこりと微笑んだ。






「誰が下等生物の味方などするか馬鹿が。耳が腐るからもう喋るなこの醜女」




その言葉に文次郎が両手で顔を覆い隠し、他の者は一斉に顔を背けた。
半助が苦笑いしながら言い過ぎだと宥めるも、落ちた言葉は戻らない。


「………によ、なによ、なによなによなによ!!!皆で心愛をばかにして!!今に天罰が下るわ!!そうよ、心愛には神様がついてるのよ!!あんたたちなんて皆天罰食らって死んじゃえばいいんだわ!!!」

まるで乱心した様にそう叫ぶ心愛に、訝しげな表情の半助だったが、唐突に項の毛が逆立つような感覚に襲われ、彼女から素早く距離を取った。
次いで他の者もその不気味な気配を感じ取り、周囲を見回す。
飼育小屋の獣たちは先程澄姫の殺気を感じ取った時よりも酷く怯えており、虫たちはまるで何かから逃げるように蠢いた。

それぞれが武器を構え、感覚を研ぎ澄まして気配を探る。
長次もまた縄標を構え、澄姫と背中を合わせて周囲を見渡した。




「っあン!!」



緊張していたところ、突然上がった澄姫の色っぽい声に、長次が驚いて振り向く。



「想像以上のナイスおっぱい!!」



そこには、澄姫の豊満な胸を両手でわし掴む、白い服を着た男がいた。

「こっの…!!!」

「ふは…!!!」

「「何者だ!!」」

澄姫のビンタ、長次の縄標、文次郎と伊作の苦無を軽々と避け、白い服の男は半助の前にあっという間に移動した。

「な…!!!」

まがりなりにも教師である半助でさえ追えないその男の移動速度。
厄介な時に厄介な曲者か、と顔を顰めた彼が懐に手を忍ばせるが、生憎其処にはいつもの出席簿とチョークケースしかなかった。
内心冷や汗をかいた半助だったが、白い服の男は攻撃を仕掛けるでもなく、にこにこと笑って半助に頭を下げた。

「えーっと『土井半助』さん、この度は申し訳ございませんでした」

「は…?」

揃って目を点にする彼らをよそに、白い服の男はまた目にも留まらぬ速度で心愛に近付き、彼女の髪の毛を掴んだ。

「きゃあ!!!」

突然の痛みに悲鳴を上げる心愛を一瞥し、白い服の男は澄姫と長次に向き合い、同じように頭を下げた。

「お2人にも、コレが多大なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません」

さっぱり状況が理解できない澄姫が、思わずあの、と声を掛けると、白い服の男はとても嬉しそうに心愛を引き摺ったまま彼女に近付いた。
が、笑顔の長次が警戒して間に割り込む。

「あ、貴方は?彼女とどういう…?」

「あぁ、これは申し遅れました。私はコレの…まぁ責任者と言うか持ち主と言うか…いやいや、しかしお美しい!!先程は思わず辛抱堪らなくなり失礼を…」

失礼を、と言いつつも手をワキワキと厭らしく動かすその男に、澄姫は慌てて長次の背中に隠れる。

「いっ、離してよ!!何してんのよ!!相手が違うでしょ!!?」

髪を掴まれたままギャーギャーと喚く心愛に、男は溜息をついてから、にんまりと笑った。


「あぁ、忘れてた。お前にも分かるように説明してやるよ」

その態度は今までのものと180度違い、心愛はごくりと唾を飲んだ。


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