襲撃
放課後、八左ヱ門は上機嫌だった。
珍しく一匹も勝手にお散歩に出かけなかったので、今日は久々に飼育小屋の修理と掃除が出来る、そう浮かれていた。
用具委員会から工具を借りて戻ると、飼育小屋の前で澄姫と1年生が楽しそうに話していた。
「随分嬉しそうッスね、澄姫先輩」
「うふふ、まぁね」
「あ、竹谷せんぱーい!!」
「竹谷先輩も、これ、これ、見てくださいよ!!」
キラキラした瞳で、虎若と一平にそう言われて、八左ヱ門は“これ”と一年生たちが懸命に指し示しているものに目をやった。
「おほー!!澄姫先輩、偉く綺麗な玉虫色の簪ッスね?」
その言葉に、1年生が4人揃って可愛らしい含み笑いをした。
「この綺麗な簪、澄姫先輩の宝物なんですってぇ…」
「ある人から貰った、とっても大事なものらしいです!!」
「「ある人って、竹谷先輩ですかぁ?」」
孫次郎、一平に続いた三治郎と虎若の言葉に、八左ヱ門は膝から崩れ落ちた。
「お前ら、何でそーなった…」
「え?違うんですか?」
「じゃあ伊賀崎先輩?」
「僕はジュンコ一筋さ。今日も綺麗だよジュンコォォぉおお!!」
「相変わらず孫兵はブレないわね」
崩れ落ちたまま項垂れる八左ヱ門に不思議そうに問いかける三治郎と、疑惑を萌黄に向ける虎若。
いつものように愛蛇を首に巻きつけ何故か感極まって絶叫した孫兵を、生暖かい目で見つめる澄姫。
その様子を笑って見ていた一平と孫次郎が、自慢げに口を開いた。
「虎若も三治郎もよく考えなよ」
「澄姫せんぱぁい、その簪、中在家先輩からの贈り物ですよねぇ…」
「うふふ、一平と孫次郎は賢いわね。当たりよ。どう?似合うかしら?」
「澄姫先輩、よくお似合いですよ!!恋する乙女ですね!!」
「ありがとう、虎若はいい子ねぇ」
「おほー、それで機嫌がいいんスね!!」
うっすら頬を染めて、後輩たちに恋仲から貰った簪を自慢する澄姫。
いつもの不遜な態度はなりを潜め、どこにでもいる少女のようにあどけない笑みを湛えている。
きゃっきゃっと楽しそうな生物委員会の面々だったが、突然澄姫が1年生4人を背に隠し、林を睨んだ。
ジュンコと戯れていた孫兵も、その不穏な気配に八左ヱ門に駆け寄る。
「澄姫先輩、これは…」
「ええ、ド素人丸出しの殺気ね…」
澄姫と八左ヱ門が1年生と孫兵を庇うように立ち、周囲を警戒する。
「どうしましょう、澄姫先輩…この臭い、あの女のものです」
八左ヱ門がぼそりとそう言うと、澄姫は少し思案した後孫兵の名を呼んだ。
「孫兵、誰でもいいからとにかく先生を呼んできて頂戴」
彼女の言葉にこくりと頷いた孫兵は、校舎に向かって走り出した。
その場に残った澄姫と八左ヱ門は、慣れない殺気に怯える一年生を背後に隠して殺気の出所を睨んだ。
がさり、と不自然に葉が揺れ、1人の女が澄姫たちの前に姿を現す。
その手には、恐らく薪割り用である斧が握られていた。
仄暗い目をしたその女…新木心愛に、一番怖がりな孫次郎の喉からひっと短い悲鳴が上がる。
予想していた人物の登場と、予想していなかった殺傷能力の高い凶器に、思わず澄姫は舌打ちをした。
先輩…と呼ぶ幼い怯えた声に、どうしたものかと思案する。
あの女一人、たとえ凶器を所持していようとも負ける気はしない。
しかし問題は可愛い後輩。ハチはまあ平気だろうが、さすがに最下級生に自分の戦い方は些か刺激が強い気がする。
かといって逃げようにも、ハチもさすがに4人は抱え切れない。
かといって2人ずつ抱えて逃げて、結果この女を野放しにしたら、広い忍術学園と言えどもいつどこで下級生と遭遇してしまうともわからない。
「あんたのせいよ…あんたのせいよ…」
ぶつぶつとそう呟きじわりじわりと距離をつめてくる心愛に、とうとう孫次郎が泣き出してしまった。
慌てて孫次郎を抱き上げた八左ヱ門は最良の手を思案しているであろう澄姫の顔をちらりと見て、見なければよかったと心底後悔した。
彼女の表情は、実に凶悪な笑顔だった。
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